亜人の子
「……え?」
目が覚めた。
確かに死んだはずなのに、目を覚ますことが出来た。
知らない天井に柔らかなベッド。
むくりと体を起こすと、目の前には頭の上に耳の生えた獣人の子どもがいた。
焦げ茶色のボサボサの髪にエメラルドグリーンの瞳。
「わ、わ!!起きた!起きました!マオーさま!!」
私と目が合うなりピョコンピョコンと耳を揺らし、尻尾を揺らして部屋を飛び出していく。
今あの子、魔王様って言った?
キョロキョロと辺りを見回すと、黒を基調として金系の装飾品や壁紙で整えられていて、とても豪華な作りになっている。
ここってもしかして魔王城ではなかろうか、という推測が湧き上がった。
「メルフィ起きたのか。調子はどうだ?」
そして部屋へと入ってきた人物を見て、予想が的中したことを確信する。
黒い長髪を後ろで結び、白シャツに黒いズボン。
模様なんてなくてシンプルで、細身の体によく似合っている。
討伐の際に遭遇した魔王は、もっとマントやらブーツやらごちゃごちゃした雰囲気だったのに。
「わ、わわっ?」
獣人の子が驚いて駆け寄ってきた。
駆け寄ってきて、頬をペロリと舐められる。
そこで初めて自分が泣いていたことに気づいた。
「メルフィ、お前の兄はあの娘に連れては行かれたが無事だ。ひとまず安心してよかろう。今は、好きなだけ泣くといい」
なんで涙が溢れたのか分からないけれど、その声と頭に触れた温かな手のひらの感触に止めることなど出来なくなる。
獣人の子が付きっきりでそばに居てくれて、私はしばらく気が済むまで泣き続けた。
小一時間泣き続けて落ち着いた頃に、獣人の子が二パッと笑って紅茶を持ってきてくれる。
素朴ながらも愛嬌のある愛らしい顔に、ギザギザの歯が似合わない。
「気持ちが落ち着くんで、で!どぞ!」
少しぬるかったけれど飲みやすい。
知らない香りだけど、とても美味しかった。
「さっきからずっとありがとう。あなたは?」
「え!へ、あたし、は!その…フェルと言い申す」
言い申す???
よく分からない言い回しにキョトンとすると、目の前でフェルと名乗った獣人の子は雷に打たれたような顔をした。
そのなんとも言い難い形相に、思わず紅茶を吹き出して咳き込む。
「へあ!ご、すすすす、みませんです!だ、大丈夫!?あたし、喋るの苦手なんでごわす!」
背中をゴシゴシと撫でられ、獣人の力強さを思い知らされた。
痛い痛いと思いながら笑いが止まらず、泣いたり笑ったり自分自身でも忙しないと思う。
ひとしきり笑った後、私はその子の頭を撫でてもう一度感謝を伝えた。
「笑っちゃってごめんね。フェル、魔王様のところに行きたいのだけど、案内を頼めるかな?」
「は、はは、はははい!」
1度パタパタと駆け出して、部屋の隅にあったクローゼットから大きめの布を取り出してくる。
それを私の肩にかけ…、包まれた。
「行くですよ!!」
そそっかしいけれど、悪い子じゃないらしい。
そもそも魔王城に人間がいる時点で不安だが、その中でも不安要素の少ないこの子が今は私の付き人と言ったところだろうか。
人間のサイズではありえない廊下の高さと幅、討伐の時にはあまり気にしている余裕などなかったけれどとても大きい。
「フェル、魔王様ってそんなにすぐ会えるものなの?」
先触れを出すわけでもなく、すんなりと部屋を出たけれど大丈夫なんだろうか?
それに見張りの兵が1人もいない静かすぎる廊下は少々不気味だ。
魔王ともなれば見張りなんて必要ないのかもしれないけれど、それにしても静かすぎる。
「マオーさまはお忙しいお人ですので、大丈夫おです」
フェルの独特な言葉遣いが気になる。
苦手とかそんなレベルじゃないような…?
敬語を使われるような立場でもないから、そこは別に気にならないけれども。
忙しいのならば大丈夫では無いと思うのだが、フェルの耳と尻尾がやる気満々に振られていて今更やめておこうとは言いづらい。
とりあえず案内されているから今は従っておこう。
「マオーさま!連れてきましたおです!」
私6人分くらいありそうな巨大な扉。
その横に普通サイズの扉があって、フェルはそこを躊躇いなく開け放つ。
扇状に広がる階段と、その頂点の玉座に座る魔王と目が合ってとりあえず会釈した。
魔王は少し驚いたような顔をして、直ぐにこちらへと向かってくる。
「フェル、ここに人間を連れてきちゃいけない」
「はい!マオーさま!」
「お前にこれを言うのはもう87回目だが…」
「はいっ!マオーさま!頑張るます!」
魔王が額を押さえる。
フェルの目には自信が満ち溢れていて、悪気がある訳ではないらしい。
これは…苦労するだろうなぁ。
「はぁ、とりあえずフェル、お前は1度戻りなさい。俺はメルフィと話すから」
「はいっ!」
パタパタと私に向けて全力で手を振りながら廊下を走り去っていく。
ドテンっと言う音を立てて転んで、笑いながら鼻血を垂らして駆けて行った。
転ぶから走っちゃダメだよ、と声をかける寸前に見事転んで、いい笑顔で去っていく。
「すまん…人間に対して警戒心のないのがアレしか思いつかなかったのだ」
「いいえ。言葉遣いや態度、諸々ダメダメですが、愛想の良さと私に対する気遣いは満点です」
これでも女王付きの侍女だったもんで、その辺はうるさいのですよ。
まぁ本当は愛想の良さはマイナス点なのだけど、私が救われたから良しとしよう。
お客様をおもてなしするのも立派なスキルなので評価点なのだ。
姿勢正しく、礼儀正しく、清潔を保ち、微笑を湛えて無駄口を叩かないこと。
それこそが侍女に課せられる使命だ。
「あの子はいい子なんだ」
「それは、見ていて分かりました」
口では我が子を自慢するような口調なのに、魔王のその顔は優れない。
私の知る魔族の獣人は、顔や手足も毛で覆われているイメージがあった。
とはいえ、強い獣人は人間と遜色ない姿をとることも多かったと聞く。
けれどあの子は強い魔力は感じないし、耳と尻尾を生やして、顔や手足は人間のそれだ。
爪でさえ丸い。
「聞きたいことが沢山あります。まずは状況から聞いてもよろしいでしょうか?」
深紅の瞳と真っ直ぐに目が合った。
獣人→頭から足先まで毛に覆われている。
魔力が強い者は変化することができる。
人間嫌いが多いが、人間の姿になれるのは強い
証拠なので変化する者も多い。
亜人→人間と獣人のハーフやクォーター。
耳や尻尾が生えたままのことが多い。
人間になることも、獣人になることもできない。
ごくごく稀に獣人をも凌ぐ力を持って生まれる。
諸説あるとは思いますが、この小説での獣人と亜人の違いです!




