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天使の顔をした悪魔

その日の夜、兵士たちを歓迎する宴が開かれた。

色々な材料は全て王国が負担してくれるらしい。

こんな辺境の地に王都の人々を満足させられるような品物などあるはずもなく、私たちの村は場所を提供するだけ。

私や兄には花飾りがかけられて、お別れの宴とも言える。


「メルフィ、僕らにしか出来ないことなんじゃないの?」


宴の合間、人が離れる度に兄が質問をしてきた。

けれど私は何も答えない。

こんな宴は前回は無かった。

まぁ、理由としては前回は私たちがすんなりとついて行ったからだろうけれど。


「少しだけ考えさせてくださいませんか?僕も、妹も混乱しているんです」


青ざめて黙り込んだ私を気遣って、お兄ちゃんが提案してくれた時間の先延ばしだ。

考えたところで多分何も変わらないだろうけれど、気持ちは嬉しい。

ここで逃げ出すことが不可能ならば、お城でお小遣いのような給金を貯めてから逃げるしかない。

そちらのほうが建設的だ。


「お兄ちゃん…私、ついて行くよ」


「メルフィが嫌なら、無理についてこなくても大丈夫だよ。僕がメルフィの分までなんとかしてみせる」


私は首を横に振る。

それじゃあダメなんだ。

お兄ちゃんが殺されてしまう。

木製のカップに注がれたぶどうジュースを飲み干して、私は決意を固めた。

今度はあんな女にしてやられるものか!


「ねぇ?メルフィさんでしたわね?少しお話しませんこと?」


立ち上がったその時、姫の方から話しかけてきた。

焚き木を高く積み上げて燃やすアレを、兵士たちはキャンプファイヤーと呼んでいる。

その火に照らされている姫は、暗がりでも美しい。

グッと拳を握りしめて私は頷いて彼女と、兵長と部下の人と続いた。

心配そうな兄を振り返らなかったこと、後ですごく後悔することになるとも知らず。


「ふふ、ここは私たち以外いないわ」


彼女が乗ってきたらしい馬車へと案内され、正面に彼女が座る。

周りは4人の兵士が囲み、姫の横には私を睨みつける兵長が座った。


「単刀直入に聞くんだけどさ、アンタは『青薔薇の聖女』を知ってる?」


突然の砕けた話し方と、聞いたことも無い何かの題名らしきものに首を傾げた。

『青薔薇の聖女』なんて前回でも聞いたことは無い。

困惑する私の顔を見て「なーんだ」と呟く姫。

前回の時でさえ彼女のこんな口調は聞いたことがないし、天使と謳われるその美貌を、ここまで崩しているのを見たこともない。

呆れ果てたような、こちらを馬鹿にしているようなそんな顔。


「本と違うことするからあんたも転生者かと思ったけど、そうじゃないわけね。じゃー、こんなに警戒しなくてよかったじゃん」


転生者??じゃん!?

はしたなく足を組んで、片手で後頭部をわしゃわしゃと掻き乱す。

私の知っている姫とあまりにも違いすぎて、驚きのあまり声が出ない。

あ、足が、めっちゃ見えてますけど、なんて、はしたないことを。

つい過去のくせで、侍女だったら注意しなくてはならないことが頭をよぎる。


「もういいや。どうせあんたはいてもいなくても、そんなに変わらないから。フェドリック」


天使だったその顔にハマる冷たい青色と目が合って、次の瞬間私は宙に浮いていた。


「っ!?かはっ、っ、っ…!!」


兵長に片手で首を掴まれ、持ち上げられたと理解するのに時間を要した。

そのまま兵長は私を馬車の外へと引きずり出し、地面に叩きつけられる。

背中から思い切り叩きつけられ、さらに首を圧迫されて呼吸が出来ない。

ミシッと嫌な音が体の中で聞こえた。

毎日鍛えているであろう大人の男性が、10歳にも満たない少女の細首をへし折るなんて簡単だろう。


「へ、兵長!?」


「何をしておられるんですか!?」


意識が遠のきかけたその時、首の拘束が緩められる。

足りない空気を肺に取り込み、噎せて思わず血が混じった胃の中身を吐き出した。

食欲がなくて飲み物ばかりを飲んでいたのは、不幸中の幸いだったかもしれない…。


「ぎゃぁあ!?」


「へいちょっ……」


ゲホゲホと噎せながら、うつ伏せになっていた体を少し持ち上げる。

クラクラして視界も明暗していて、定まらない。

定まらない視界で広がる光景に、私は夢でも見ているのかと思った。

兵長が見たことの無いギザギザの大刀で、兵士の足を吹っ飛ばしている。

さらに召喚術を展開したかと思えば、真っ黒い犬のような魔獣が現れて4人の兵士に喰らいついた。


「あーあ、きったねー。まぁでも、こんなもんか」


馬車の中から声がして、私は力の入らない体に鞭を打って振り返る。

綺麗なドレスに身を包み、綺麗な顔をしたままのあの女がこちらを見下ろしていた。

騙されたんじゃない。

この女は、初めからこの上なく最低最悪な女だった。


「フェドリック」


「はい、姫。すぐにトドメを」


兵長に肩を蹴られ、仰向けに転がる。

そうして、両手でしっかりと握られた大刀が自分の胸に突き刺さる様をぼんやりと眺めていた。

目の前に鮮血が飛び散り、悲鳴を上げようとしたらしい口からも赤が吹き出す。

もう痛みも感じない。

一つだけ思ったのはこれで苦しみから開放されるんだ、というほんの少しの安堵感と喪失感。


「フェドリック」


耳だけが鮮明に聞こえていた。

滲む視界に映ったのは、自らの左腕を大刀で切り落とす兵長。

そしてさらにその兵長に飛びかかる召喚獣。

自ら召喚した魔獣を叩き切る兵長。

その光景を恍惚とした笑みで見下ろすあの女。

なんでこうなった?

せっかく戻ってこられたのに、どうして?


「……ま、お…ごめ…、さぃ…」


魔王がせっかく希望を与えてくれたのに、私はそれを掴めなかった。

私がいなくなったこの世界で、再びあの惨劇は繰り返されるだろう。

また、お兄ちゃんを守れなかった。









「……………………………………………あはっ」


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