勇者に選ばれた少年の話
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ー時は遡ること5年前ー
もう少しで妹を取り戻せたかもしれない。
自分の力不足で悔しくて悔しくて、死に物狂いで体を鍛えようとして逆に壊した。
医者からは3ヶ月の絶対安静だと言われ、治癒魔法を使ったとしても再び壊したら二度と剣は持てなくなるだろうと言われてしまった。
「休んでいる暇なんかないのに…」
体づくりを止められるなら、知識を身につけよう。
姫にお願いして字を1ヶ月ほど習って、その後は図書館に入り浸った。
魔族の資料や国の歴史、かつての戦争など目につくもの全てを手に取って、辞書を引きつつ齧り付く。
「不甲斐ない兄ちゃんでごめんな、メルフィ」
程なくしてある一冊の本が目に止まる。
それはやけに古すぎるボロボロの本。
王室の図書館ということでもちろん年代物の本は沢山あるのだが、メイベルはその本が気になった。
タイトルはなく、パラパラとページを捲ればどうやら予言が記されている。
「聖女は、ほ、らい、本来? 1人しか生まれない」
ボロボロなので、捲る仕草にも気を使う。
破れるなどという次元の話ではない。
今にも砂となって砕けてしまいそうな紙。
記されている文字も掠れ、どうやら絵が描かれていたらしいのだがそれもなんなのか分からない。
今はただかすれた中に色が使われていたことしか読み取れないほど、絵は薄れてしまっている。
「んー…何かが復活する時、ふ、たりの聖女は…、剣と、魔法?をなんだこれ?…絆となり、世界は守られる」
メイベルが読み取れたのはそれくらいだった。
2人の聖女、剣と魔法、絆で世界を救う。
何かとはなんだろうか?
色々な角度から薄れてしまった絵を眺めてみる。
赤色と黒色がうっすらと読み取れるが、形までは分からない。
「2人の聖女が生まれる年は、良くないものが復活して世界が滅ぼされかける?」
そんな風に1人で首をひねっていると、図書館の扉が開かれる音がする。
目をやればにこやかに微笑み掛けてくるお姫様。
もうそんな時間か…。
いつもこうして調べ物をしていたら、お姫様がやってきて邪魔をしてくる。
「メイベル様、お勉強は捗っていますか?今日は一体なんの本を読んで…」
小さな足取りで優雅に近寄ってきた姫は、メイベルが開いた本を見て目を輝かせた。
口元が思わず緩むような、姫らしくない笑み。
メイベルはその顔に背筋が凍るような悪寒を覚える。
「姫様?」
「これよ、そうだ!この手があったじゃん」
聞きなれない言葉遣いにメイベルは嫌な予感が加速していく。
この人にこの本を見せてはいけなかった、と本能が訴えていた。
慌てて閉じようと手を伸ばすが、先に自分の顔の前に姫の手のひらが当てられる。
その手首にはキラリと光る質素な腕輪。
「メイベル、ちょーっとの間眠っててくれる?ずっと邪魔だなぁって思ってたの」
光が手のひらに収束して、メイベルはようやく体を仰け反らせる。
やっと本性を現したこの女を前に、これ以上この女の側にいてはいけないと悟った。
メルフィの情報を集めるためにもこの城にいようと思ったが、これ以上は無理だと身を翻す。
「逃がさない。彼の者を時の鎖で拘束せよ、許されるその時まで悠久の眠りに誘え」
ガクンと足から力が抜ける。
この城に来て数ヶ月で剣の腕はだいぶ磨いたけれど、魔導士への対処法はまだ学んでいなかった。
そう言えばどこかの本に、口を塞ぐのが有効だと書いてあったな…。
でも姫が連れてきたいけ好かない魔道士も、メルフィも呪文を唱えていた覚えはない。
俺の妹って実は結構凄いのか…?
「あれ?まだ意識あるの。さすが勇者ってとこね」
真上からそんな声が聞こえて、暗くなる視界を必死で耐えていた。
次の瞬間、腹部に強烈な衝撃を受け、ついに俺は意識を手放す。
メルフィ、メルフィ…ごめん。
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「メイベル、時は来たわ。魔王に操られた妹に負けて、5年も貴方は眠り続けた。今こそ勇者の力を振り絞り、悪に堕ちた妹を助ける時です。さぁ目覚めなさい!貴方の力で悪を打ち倒すのです!」
真っ暗な水の底に沈んでいる気分だった。
不快なその声に呼ばれるように意識が浮上して、視界にノイズが走る。
目の前の綺麗な人は誰だっけ?
真っ赤な髪の青年は誰だっけ?
魔王?妹?
「ねぇこれちゃんと起きてるの?」
「魔法を3重にかけてるんだ。まともになるまでちょっとかかるさ」
そんな会話を繰り広げて、男が指を鳴らす。
体を拘束していた何かが外れたらしく、体がガクンと床に向かって倒れ込んだ。
受け身をとろうにも体が言うことを聞かず、顔から倒れ込む寸前で視界は止まる。
強い力で引き上げられ、赤髪の男に担がれた。
「どれくらいで戻りそう?」
「俺にかかれば1週間かな」
「ふーん。そんなかかるんだ」
「新しい記憶を捏造して、それを定着させるのに時間がかかるんだよ。普通は1週間じゃ出来ねぇよ」
体が自分の意思で動かせない。
嫌だ、危険だ、逃げなきゃ、ここから出なくては。
何故そう思うのか思い出せないけれど、僕はここから逃げたいんだ。
逃げて、誰かを探しに行かなくちゃいけなくて…。
「ねぇガルイム」
不意に女の声が低く響いた。
暗がりの廊下にその声が木霊して、男が足を止める。
視界には男の背中しか映っていないが、声色で女が怒っているような気がした。
「私の事、裏切ったら容赦しないから」
「…なんのことだ?」
「ううん。別に釘を刺したくなっただけ。裏切らないならそれでいいから」
そう言って女の足音が進んでいく。
体を支える男の手に僅かに力が籠って、一瞬躊躇ったあとに男は再び女の後ろをついて行った。
この2人が誰だか思い出せない。
会いたかった人がいたことは覚えている。
あぁ、なんだろう、また、すごく眠たい。
早く、早くこの2人から逃げて、あの子に会いに行かなくちゃ………。
前世でも今世でもなかなか不憫な勇者メイベル。




