死にそうな治療
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嵐のようだった。
声が聞こえて顔を見て、背筋が凍るような寒気に襲われて動けなくなった。
感情はごちゃごちゃだったけれど、何より全身を支配したのは恐怖。
ガルイムが、あんな禍々しい魔力を持っていたなんて知らない。
魔王なんかよりよっぽど良くない何かが渦巻いていたように思える。
「はっ、はぁ、でぃ、が…」
震える手で、目の前に落ちているディガーの右手を掴みあげる。
まだそれは温かくて、私を守ろうとしてくれた優しい手だ。
笑う膝を殴りつけてディガーの吹き飛ばされた方へと、何とか走り出す。
ガルイムはいつからあんな、化け物みたいな魔法の使い方をしていたんだろう。
「でぃがー、どこ?」
まだ街中の喧騒は消えない。
あちこちで悲鳴や怒号が聞こえているが、メルフィには届いていなかった。
ディガーを助けることと恐怖だけが心を埋め尽くす。
「何軒分吹き飛んだらこんなことに…」
家の集合体がめちゃくちゃだ。
そもそもガルイムの魔力がおかしい。
だって、ワータイガーは魔族一の筋力を誇る種族だったはずだ。
それを防壁を築くわけじゃなく、妨害するわけでもなく、魔力のみで手首を固定するなんて。
私が防御しようとするなら、強固で薄い防御壁を何枚も形成するだろう。
あんな殴りかかってきている相手を止めるのではなく、タイミングよく拘束するなんてできない。
「ディガー!!」
ようやくその姿を見つけた。
真っ白の虎毛が、血と泥に染まっている。
駆け寄って胸に手を当てれば心音は感じた。
だけど弱い。
「世界に流れる魔力の流れよ、今ここに集結し、彼に癒しを与え給え。治癒!」
普段ならこんな詠唱はしない。
けれどディガーの傷の深さと、私の心の乱れを落ち着かせるために詠唱する。
使える魔力全て使ってでもディガーは助けたい。
もうアイツらに奪われる命があってたまるものか。
数分、治癒を使い続けて、ようやくディガーが血塊を吐き出した。
「がはっ、ごほ、メル…奴は?」
「もういなくなりました。まだ動かないでください」
「くっ、面目ねぇ。俺様がいながら、油断した」
「分かったから話さないで!」
声を出せば出すほど、口端から血が垂れる。
意識を取り戻してくれてひとまずほっとしたけれど、まだまだ中身はボロボロだ。
これ以上血を流すのはまずい。
シルディアがいるなら血まで戻せるだろうけれど、今回はこんなことになるなんて思ってなかったから連れてきていないのだ。
「あいつら、なんの目的でこんな大量虐殺を…」
「話すなって言ってるのに」
キッと睨みつけると、ディガーは乾いた笑いを零して大人しくなる。
ロベディスト洞窟と言えば前世であの女がよく話していた謎の洞窟だ。
入口がどこにあるのか分からない隠し洞窟で、早く対処して置かないと危険かもしれない、と言っていたのを覚えている。
そこにはドラゴンの卵があって、魔王を倒したとしてもドラゴンが復活するかもしれないと彼女は恐れていたのだ。
「本当に危険だと思っていたのかな…」
「あぁん?」
「あ、ごめんなさい。なんでもない」
思い出したくもない過去の話だけど、あの女は話をしている間どんな顔をしていた?
聖女の仮面を被っていたあの女、その仮面の下の顔は笑っていた気がする。
期待を込めて目を輝かせていた。
あの表情を、民を心配する姫様の顔だと疑いもしない、当時の私本当に馬鹿としか言いようがない。
「オイ、もういいぞ、手先の感覚も戻った」
思考に耽っていると、突然ディガーが体を起こす。
安静にしてて欲しいから慌てて止めようとして、目を見張った。
ワータイガー、これが魔族の回復力。
血が足りないのは確実なのに、千切られた手の指先を開閉して乱暴に口周りの血を拭い去った。
「お前さん、怪我人の回復に当たれ。それが本来の仕事なんだろう?魔族共の指示は任せろ」
「分かりました。ディガー、その、人間の方々も…」
「あぁ分かってるよ。人間共も、あの壊れた兵士共も全員捕まえるなり保護するなりしてやる」
こういう時、ディガーは本当に頼りになる。
どうして前世では、覚えていないほど印象がないんだろう?
ディガーならフェンリルに負けないくらい、命尽きるまで戦いそうなのに。
そんな余計なことを考えていられたのはほんの少しの間だけだった。
「黒魔女!こっちもだ!」
「はい!」
「ほら、水飲め!無理しすぎるなよ!」
「ありがとうございます。ディガーこそ、まだ本調子じゃないことを忘れないでください!」
町人たちの保護、そして狂った兵士たちの捕獲は日が落ちて、月が傾くまで続いた。
私は酷い怪我をした人々を癒しながら合間に兵士たちを診て、やはり洗脳魔法をかけられていたらしい。
こっちの精神がおかしくなりそうなほど忙しく働いて、この時だけはケンタウロスたちも文句を言わずに手伝ってくれた。
最初は人間なんて!と怒っていたけれど、洗脳されている事実を伝えると積極的に捕獲してくれている。
「よし、多分こいつで最後だ」
「ありがとうございます」
ケイトリーが連れてきた兵士は鎖で固定され、気絶させられているようだ。
その背中にはサキュバスの1人が乗っている。
どうやらケンタウロスの足で兵士を捉え、サキュバスの魅了魔法で気絶させていたらしい。
ここまで安全に捕獲してくれるとは思っていなかったから、素直に感謝して驚いている。
「ケンタウロスの皆さんも、サキュバスの皆さんもご協力感謝します。あとは私が引き受けるので、皆さんひとまず地下でおやすみください」
サキュバスのお姉さんはペコッと頭を下げて、私が治療に使っていた建物を出ていく。
何故かケイトリーはそのまま私をじっと見つめた。
「なんでしょう?」
「お前、何が本当なんだ?」
「…」
ケイトリーの中に植え付けた『魔女』のイメージは、こんなものじゃなかっただろう。
他人のことは考えず、欲望に忠実で、面倒事は人任せ、思いつきで行動するようなそんな人間。
嫌われるために演じていたのだから仕方ない。
私は溜め息をついた。
「私が本当のことを言ったところで、あなたにとっては何の利益にもなりません。あなたの中の私のイメージは、私が描いたそのものですから」
ケイトリー眉根が不愉快そうに寄せられた。
答えてはいないが、答えにはなっているだろう。
答える気もないということも伝わっただろうか。
「俺はあまり頭が良くない。だから、俺は俺の信じるものを信じる」
そう言い残してケイトリーも立ち去る。
私は最後の1人を治療した後、死んだように眠った。




