名前の重さ
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クラス編成はドラシェンさんに任せればいいし、次にここに来るのは例の件が終わってからになるだろう。
そんなことを思いながら足早に学校を後にしようとした時、目の前に意外な人物が立っていた。
「魔王さま…」
「仕事終わりの恋人を迎えに来てはいけなかったか?」
吸血鬼らしい黒いマントに、白いシャツ姿の魔王が馬車の前に立っていた。
会議でも顔を合していたのに、まさか迎えに来てくれるなんて思いもせず驚く。
私の御者をしてくれている若いワータイガーも、突然の大物相手に畏まって戸惑っているのが分かった。
「迎えに来てくれるなんて思ってもいなくて。とっても嬉しいです!」
ギュッと抱きつけば優しく抱きしめられる。
魔王がチラリと御者を見れば、御者は慌てたように馬車の扉を開けた。
私の肩に手を置いたまま魔王は乗り込む。
「少しゆっくり走らせてくれ」
「か、かしこまりました」
扉が閉ざされると、ゆっくりと馬車は進み出す。
窓のカーテンは閉ざされたまま。
恋人ごっこはとりあえずもういいだろうと思って、魔王の横から正面の座席へ移動しようと立ち上がる。
が、そのまま手首を掴まれてバランスを崩して、逆に魔王の膝の上へと座ってしまった。
「わ!?ちょ、何するんですか」
顔が近い!
イケメンがすごい?!
「なぁメルフィ。いつまで俺を魔王と呼び続けるつもりだ?恋人ごっこなんだろう?」
「い、今この体勢で話す必要ありますか!?」
シー、と人差し指を立てて魔王が悪戯に微笑んだ。
馬車は走っているとはいえ、大きな声を出せば御者に聞こえてしまう。
勿論、御者をしてくれているワータイガーのワオルドは、私たちがフリなのだと知らない。
知っているのはフェルとディガーだけだ。
「魔王が愛称を教えてくれればいいだけです。そしたらちゃんと呼びますよ」
とりあえず離して欲しい。
顔を背けつつ魔王の返事を待った。
魔族にとっての名前は命と同じ。
番になる時はお互いの名前を明かし合うのだと言う。
もしも自分より格上の相手に名前を知られれば、その『命』を縛られて、永遠に従属するになるのだ。
「俺の名はラスタリス、愛称はメルフィが考えてくれ」
「は?」
・・・・・・・・・はぁ!?
「ちょ!何考えてるの!?あなた馬鹿なんですか!!」
「メルフィ声が大きい」
「だって、そんな!自分がなにし、ぐむぅ!?」
クスクスと笑う魔王に手で口を塞がれて、声を出せなくなる。
馬鹿なの!?
魔族にとっての名前って、そんな簡単なものじゃないはずでしょう?
ディガーたちも愛称で、本名は自分しか知らないはずなのに!
何考えてるのこの人!!
「名付けてくれた親はとっくに他界しているし、魔王に君臨してから随分経った。俺を愛称で呼ぶ者なんていなくてな、メルフィが考えてくれ」
「だからって…、わ、私がもしも裏切ったらどうするつもりなんですか?私が、名前を呼んで一言"消えろ "と命じたら、あなたは消滅するんですよ?」
楽しそうに微笑む魔王の頬に手を伸ばす。
聖女として生まれ、今は魔女と名乗り、そんな私は自慢じゃないが魔王を従えるだけの魔力がある。
そんな私に名前を教えるなんて自殺行為でしかない。
「メルフィに裏切られるのなら、それは世界の終わりなんだろうと思う。メルフィはそれだけの力を秘めているからな」
「そういう問題じゃなくて…」
「俺は魔王だが、魔王でい続けることに疲れている。俺たちは過去に舞い戻った運命共同体だろ?だから、メルフィに託してみたくなった」
そんな子どもに道具を与えてどう扱うか試してみた、みたいなノリで命を預けられても重すぎる。
クス、と笑う魔王に対して、今は「何笑ってんだ!」とツッコミたい。
「たとえば、私が魔王を裏切らなくても、私が敵に捕まって洗脳とかされて、口を滑らせたりしたら…」
「そうならないように俺がメルフィを守る」
「だから、そういう問題じゃ…」
ギュッと抱きしめられた。
魔王の顔が見えなくなった代わりに、その熱さが全身を包む。
頭をかき混ぜる驚きが塗り替えられて、焦りから羞恥心へと変わった。
数分抱きしめられていたら少し落ち着いて、少しだけ魔王の気持ちを汲み取れた気がした。
「もしかして、すごく寂しがり屋ですか?」
「……」
グッと腕に力が篭もる。
それが答え、な気がした。
魔族に流れる時間は私たち人間とは遥かに違う。
魔王が今何歳なのか知らないけれど、千年くらい生きていたら、開放されたいと望んでもおかしくない。
ずっとあの場所で魔王であり続けて、人間と対立して仲間を失って自分だけはずっと有り続けて。
「はぁ、仕方ないですね。寂しがり屋な王様のために運命共同体である限り、横にいてあげますよ。そうですね、愛称はラスティなんてどうですか?」
「ついでに敬語もやめてくれ」
「それは、努力しま…する、ね」
敬語は癖のようなもので、辺境の村の訛りを隠すためもあった。
今はもう普通に話せるけれど、癖というのはなかなか抜けるものじゃない。
「メルフィ」
不意に耳傍でラスティが名前を呼んだ。
耳朶に直接響くような感覚にゾクリと鳥肌が立つ。
近いすぎだ。
顔が近いのも問題だが、これはこれで良くない!
「久しぶりに、貰ってもいいか?」
そう言いながらラスティの唇が首に触れた。
1ヶ月に1回ほど吸血行為はされていたが、最後に飲まれてから1ヶ月以上が経過している。
もしかして、この間尋ねてきた時も飲みたかったんだろうか?
「しばらく忙しくなりそうなので、気絶するほど飲まないでください」
「…敬語を使ったからお断りだ」
え、という講義の声も出す暇なく、首筋に鈍い痛みが走った。
何度噛まれてもこの痛みには慣れない。
そして牙を抜かれると襲ってくる、血液の喪失感。
あんまり飲まれると貧血で動けなくなるから、今はあんまり飲んで欲しくない。
学校のこととか、ワータイガーの土地のこととか、考えることはいっぱいなのに…。
「ぁ、ぅ…」
痛くて、熱い。
だけど誰にも言えない恥ずかしいことがある。
血を飲んだあと、首から離れたラスティの瞳。
「はぁ…すまない」
血色に光る猫のようなこの目がたまらなく好き。
綺麗だな、と思うのだ。
そしてラスティのこの瞳を知っているのは私だけ。
誰にもこの目だけは盗られたくない。
そんな、誰にも言えない私だけの秘密。
「やだって、い、たの、に…」
私は襲い来る眠気に勝てずに意識を手放す。
抱いてはいけない独占欲が、気絶する間際だけ強くなる意味を私はまだ知らない。
いや、分かっているから知らないふりをしている。
出来ることならばずっと気づかないままでいたい。




