世界を握った全知全能者の絶望
~記録開始~
やぁ、いらっしゃい。遠いところまで御足労かけたね。……ああ、録音ね。勿論。
ただ記事を出す前に1度見せて欲しいな。いやなに、悪いようにはしないけどね?誰だって世間に言いたくないことの1つや2つあるもんだよ。
おっと、すまないお茶も出さずに。ちょうど今はいつもの紅茶を切らしていてね、コーヒーで良いかい?……ああ、ここでは出来ないほど保管が難しい茶葉でね、必要な分だけ少しずつ運んでもらっているんだ。
で、だ。何が聞きたいかは大体分かってるんだけど、改めて聞こうか。……うん…………そうだね…………うん。…………うん。
…………世界征服ってどんな気分か、ね。
そうだね、こればっかりはしてみないと分からないかもしれないな。なにせ征服するまでとその後で、僕の考えは180°ひっくり返ったからね。
世界征服をしたんだ、そりゃあこの世の全てが思うがままさ。何をしても、どんな性格でも、文句を言う奴は居ない。
毎日違う豪邸で、毎日違う美食を並べ、毎日違う高級ブランドを身に纏う。車にヘリ、戦闘機にだって乗って移動できるし、鉄道をまるごと貸切にだって出来る。
世界中の絶景を見て、世界中の文化に触れ、世界中の有名人といつだって会える。
どれだけハイスペックなPCでも、どれだけ価値のある美術品でも、どれだけ広大な土地でも、全て手に入る。
突然だけどここで質問だ。君には、夢はあるかい?
……そうか、いい夢だね。それで雑誌記者をやってるわけだ。
じゃあ、かの有名な雑誌に君の記事が載ったとしよう。そのあと君はどうする?その名声を元に、他の有名雑誌への掲載を狙うかい?それとも、上の役職を目指す?自分の雑誌を創刊したり、テレビやラジオに出演したりも出来るかもしれないね。
もう一度同じ質問だ。そのあと君はどうする?
……分からない、か。だろうね。よく分かるよ。
なにせ、それが今の僕だからね。
色んなことを極めたよ。あらゆるスポーツを最高の指導者を付けて練習したし、あらゆる知識を最高の効率で学んだ。世界征服して暫くした後にさせた全身手術で、僕の身体は人類に考えうる限りで最高の頭脳と肉体になっているからね。色んなことの習得に時間はかかったけど、困難ではなかったよ。
今思えば若気の至りと言わざるを得ないね。
そんな僕に、一体何が残ったと思う?この世の全てを手に入れたはずの僕に。
結論から言おうか、何も残らなかったよ。
…………疑うのもわかる。みんなきっと、それは世界で最も幸せな事だと思っているだろうからね。僕もそう思って、世界を手に入れようとしたんだし。
でもさ、考えてもみてよ。何もかも思い通りになったとして、その次は?さっき君にした質問さ。未来が約束されてしまったとして、一体何をすると言うんだい?
…………そう、結果が見えているんだよ。何かの大会に出れば優勝出来るし、何かを発明しようとすれば作れてしまうんだ。出来レースの賞を貰って、君は嬉しいかい?…………まぁ、それも実力って見方もあるけどね。でも面白くはないよ、やっぱり。
……僕はね、人生は「分からない」に溢れているからこそ楽しいんだと思うんだよ。知らない料理、知らない娯楽、知らない言葉。未知と未来が人生を豊かにするんだ。
未経験の仕事をしたっていい。見ず知らずの人に話しかけたっていい。失敗は未来が分からないからこそ出来るんだ、未来がないより余程いい。
時には大きな失敗もあるだろう。落ち込んで、悩んで、苦しんで、考え抜いて、しかし解決方法は思い浮かばない。嫌われたり、他人に損をさせてしまったり、時にはその失敗が文字通りの「命取り」になることもあるかもしれない。
でも、それでも、まだ生きているのなら。未知と未来があるのなら。可能性が0%でも100%でもないのなら。それを人は「希望」と呼ぶんじゃないかな。
……だから、僕には何も残ってないのさ。
少し話しすぎたかな。どうにも暗くなっていけないね、頑張ってなんとか明るい感じの記事にしてくれたまえよ。
え?無理?そんなことないさ、やり方が分からないだけだよ。羨ましい限りだね。
でも、久しぶりに良い夢を持った人に会えたし、君の記事は楽しみにしてるよ。あの雑誌に載せて貰えるといいね。
じゃあ。記事が出来上がったら、またおいでよ。今度は知人として歓迎するからさ。
良い報告が聞けるんじゃないかなって、僕は思うよ。
~記録終了~