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柔軟すぎる主人公

 そのマンションは少々古びてはいるが、見た目にはまだまだきれいなものだった。五階建てらしく、ちゃんとエレベーターもついている。これで2LDK一万五千円というのは、自治会役員にならなければならない制約さえクリアできればかなりお得なのではないだろうか。

 だとすると自治会役員というのは余程厄介なのか。テツヤは期待と不安をないまぜにして、ソウイチのあとを追った。

「はい、どうぞ」

 ソウイチが鍵を開け、スリッパをテツヤにすすめる。

 テツヤは怖々、各部屋を見て回ったが、見た目には全く問題がないようだった。

「……結構いい部屋じゃないですか!」

「そうでしょうそうでしょう。駅近でスーパーも徒歩十分。いやあお客様ラッキーだあ」

 その言い方がどこか適当に聞こえたのは気のせいだろうか。しかし、一週間でも無料で住めるのなら、別にいいかとテツヤは思った。布団だけ持ってくれば、さっそく今日から寝泊まりはできるわけだし、もし気に入らなければ、契約しなければいい話だし……

「……じゃあ、まあ、お試しってことで、一週間」

「承知しました。あ、お試しでも、自治会の総会には出てくださいね?」

 ソウイチはうれしそうに言いながら、念を押した。

「え?」

「一週間でも住民は住民です。ちょうど総会が今夜ですよ。場所は、一階の角部屋。夜八時からです。荷物を運んでも、間に合うでしょう?」

 たかだかお試しで総会に出ろというソウイチの真意を、テツヤははかりかねた。

「……不動産屋ってそんなところまでフォローしてるんですか?」

 ソウイチはテツヤの顔をあえて見ずに答える。

 それはしらばっくれているようにも、テツヤには見えた。

「不動産屋ですから」

「まあいいか……ありがとうございます」

 テツヤの手の中に部屋の鍵を残し、ソウイチは丁寧に頭を下げた。

「じゃあ、私は、これで。――きっと、お気に入りますよ、この部屋も、このマンションもね」

「え?」

 聞き返したテツヤにソウイチは答えず、すこし笑うと、部屋から出て行った。

「変な不動産屋だなあ……」

だが、余程のことがなければ、気に入らないなんてことはないくらいには、きれいな部屋だった。思ったより、悪くないんじゃないか。断る理由がもしあるとしたら、自治会とやらが想像以上に面倒だったときだろうか。まあ、もしも嫌だと思ったら、そのときはサボってしまえばそれでいい。

 人づきあいを心底面倒だと思っているこの青年は、自治会自体には興味がなかったが、部屋の安さは気に入った。いま住んでいる部屋からさしあたり布団と生活に必要な小物だけ持ち出すと、お試しの部屋へ運び込んで一息ついた。

 ニマニマと笑いながら、スマホを出すと、電話をかける。

「あ、もしもし! いま寝るとこ? うん、うん……家、一応、なんとかなりそうだから。うん。帰ってくるの、待ってるから。うん……うん。無理しないで、水に気をつけて、うん……ゆっくりな。じゃ、おやすみ」

電話を切ってからも、彼はホワホワとしまりなく笑いながら、スマホの画面をのぞきこんでいた。寝転がったり、起き上がったり、落ち着きなく。

 だがしばらく経ってから、思い出したように、起き上がった。

「あ、総会……八時からだっけ。外でメシ食ってから行くかぁ」

どうせ、お試しだもんな。遅刻してもフライングしても別にいいだろう。自治会総会とやらがそんなに長くかかるとも思えないし……テツヤはそんなことを考えながら、鍵をチャリチャリさせつつ部屋を出た。とりあえず、夕食を食べに。

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