1-07話 犯人が死んだ?
どろりとした沼の奥底に沈んだかの様な俺の意識を呼び起こしたのは、ガラガラという耳障りな金属音だった。
「ううっ……」
薄っすらと明けた目に飛び込んできた眩いオレンジ色の光、あまりの眩しさに俺は思わず手を顔の前にかざした。
察するに、どうやら夕暮れ時分だろうか。
薄目を通して見えたのは白い漆喰の壁、栗色の天井板、そして自らの身体に掛けられた真っ白な布団。
俺はどうやら、何処かしらの室内でベッドに身を横たえている様だ。
俺は、あれからいったいどうなったんだ?
ぼんやりとした頭の中で、俺は自らの身に何が起こったのか、その記憶を呼び覚まそうとする。
俺は先程まで確かに、連続殺人事件の加害者ダーマンと戦っていた。
そして、最後に全力の一撃を放った。
記憶はここでプツリと途絶え、ストンと抜け落ちてしまっている。
「ここは一体……?」
俺は思わず独り言ちた。
「あら、目が冷めた?」
不意に掛けられた澄んだ声に、俺は思わずハッとする。
首を捻ったその視線の先、部屋の隅に少女が一人、腰を下ろしていた。
所々包帯が巻かれた痛々しい手足、純白の患者衣に身を包んだその姿。
その顔立ち、そして長い黒髪に俺は見覚えがある。
アリシア。アリシア・ウォルバートンだった。
「ここは、警邏隊が手配した病院の一室よ」
アリシアはそう言うと、トンと足音を立て立ち上がる。
右手には大きな杖"魔動機"を持ち、その魔動機は再び耳障りなチェーンの雑音を静寂に満ちた空間に充満させていく。
「まさか魔動機がこんなすごい音を立てるようになっちゃうなんてね。あれから何度か動かしてみたんだけど」
なるほど、寝起きの前に聞こえた金属音の正体はそれだったのか。
俺の中の一つの疑問が解決した。
「結構これ、気に入っていたのに……」
銀で施された彫刻と、ニスでコーティングされたウッド特有の縞柄。特注であろうその杖は、今は強引な魔力充填による加圧と俺の魔法攻撃の巻き添えとなった事によって見るも無残な姿となってしまっている。
あのような異音を立てている時点で、内部機構も完全にお釈迦だろう。
俺は悲しそうな表情で杖を見つめるアリシアに、少々の罪悪感を感じずにはいられなかった。
「すまない……」
「いえ、貴女のせいじゃないよ。私がダーマンに付け入るスキを与えてしまったのが原因だもの」
アリシアはそう言うとこちらに向き直る。
「もし貴女の攻撃が少しでも遅れていれば、ダーマン元教諭を倒せなかっただろうし、私は死んでいた」
「ッ!そう言えば、ダーマンはどうなった!?」
俺はダーマンに光魔法をブチ当てた所までしか記憶が無い。
アリシアと俺がこの場で生きているという事が結果の証左ではあるけれど、それでも万が一倒し切れていなかったとしたら――
「覚えてない?貴方が光魔法で気絶させたのよ」
……どうやら余計な心配だったようだ。
俺は思わず安堵のため息を吐く。
非業の死を遂げた同郷者の弔いを果たせた事も無論だが、俺、そしてアリシアの身の安全が之で守られたという事実。
それは、知らず知らずのうちに張り詰めさせていた俺の神経を、ようやく弛緩させてくれたのだ。
「良かったよ、アリシアの笑顔を守ることが出来て」
少々気が緩んでいたのか、俺は思わず率直な感想を口走る。
「え、笑顔!?わ、私の!?」
いきなり顔を真っ赤にして慌てふためくアリシア。
よくよく考えれば"同性"とあれど殺し文句であろう俺の言葉。しかし、ぼんやりとした俺の思考はその理由が分からず、思わずキョトンとした表情を浮かべてしまう。
アリシアは俺の顔を凝視し、もごもごと口を動かした。
「あ、あんた。他の人にそんな言葉言ってないでしょうね?」
「別に、それぐらい普通だろ?」
「そ、そうかもしれないけど……!私ってその、あまり笑わないからそんなこと言われた事ないし……。ライラが男の子だったら良かったのに……、って私何言っているんだろう!?」
「そうか?結構笑ってただろ。……というか"男だったら良かった"ってどういうことだ?」
「何でもない!!」
アリシアは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
しかし、彼女はどうやら俺を本気で女の子だって思い込んでいるみたいだが……。一体、明日から俺はどうやって学校で彼女と接すれば良いのだろうか。
「そんなことより、貴女が気絶してから大変だったのよ!?警邏隊とか学校に事情を説明するのホント大変だったんだからね。肝心要のあんたは爆睡しているし!!」
「……、それに関しては申し訳ないという気持ちが半分、理不尽だと思う気持ちが半分なんだが」
怪我人の耳元でそんなに大きな声を出さないで欲しい。
俺だって好きで気絶したわけじゃないんだがな。
謝意と怨嗟を込めた俺の心からの抗議は、残念ながら彼女にふわりと交わされてしまった。
「まぁ。でも面白い物も見せてもらったし、それで許すけどね」
「面白い物?……何か俺、しちまったか?」
一転してニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるアリシア、俺は一瞬冷や汗をかく。
記憶の無い内に、何かとんでもない過ちでも犯してしまったのだろうか。
「何しろ、私を追放した糞野郎が特務警邏案件を片付けたって知った瞬間。アイツ物凄い形相をしていたからね。ホント、ライラにも見せたかったわよ」
どうやらアリシアは因縁の相手に逮捕劇を見せつけてやったらしい。
正直な所、その件に関しては俺のあずかり知らぬ話なのだが……、兎に角彼女の気分が晴れたらならそれは何よりだ。
余計な恨みを買っていなきゃあいいのだが……。
俺の心配には全く気づいていないのか、アリシアはニコニコと笑いながら話を続ける。
「それに学校は蜂の巣をつついたような大騒ぎよ?現役の先生が連続殺人犯だと判明したんだもの、しばらくは臨時休校でしょうね」
「一部は喜んだんじゃないか?」
例えば、レイノルズとか……。
俺が腐れ縁の友人の顔を思い浮かべると、アリシアも思い当たったのかああと呟いた。
「君の彼……、ボーイフレンドのレイノルズ君は大笑いしてたわよ?彼、貴女を心配して見に来てくれたけど、まだ意識が戻らない時だったからお土産を置いてそのまま帰ったわ」
何やら総毛立つ様な言葉が含まれていた気がするが……、アリシアが指差した先を見ると、其処にはかごに積まれた大玉のりんごが置いてあった。
りんごは好きなので今すぐにでも食べたい。
が……。
「なんで嫌そうな顔をするのよ?友達でしょ?」
「いや、奴ならその林檎に下剤でも仕込みかねないからな」
「……。もう少し関係の改善に勤しんだほうがいいと思うわ」
勤しんだほうがいいと言うけどな、相手がピンチになったら喜んで放置する位良好なんだが。
やられたらやり返す、はっ倒されればぶっ殺す、男友達として本来あるべき関係性の筈だ。
いや、今はヤツの事はどうでもいい。
一つアリシアに聞きたいことがあったのだ。
「一つ疑問なんだが、アリシアはいつダーマンが犯人だと気がついたんだ?」
「初めてダーマンに会った時から」
今、俺は間違いなく驚いた表情をしているであろう。
三角眼が見開き、五角眼位にはなっているはずだ。
アリシアは専門分野を語る学者の様に、得意げに語り始めた。
「事件状況からして、犯人は被害者のフジキダさんより間違いなくフィジカルに優れている。しかも、周到な用意をせずとも短時間のうちに巨大な壁を魔法で造れる土魔法の精通者という事実。7時半という犯行の時刻から考えても犯人は学内関係者、それも校庭に居て不思議じゃない人物。そんな人物は学内に指折り数えるほどしか居ないでしょ?」
「なるほど……。だが、学内の生徒って可能性も0じゃないだろ」
俺の問いかけに対し、アリシアはいえと答え話を続ける。
「その時間、校舎に居るはずの人物で居なかったのはダーマン教諭だけ。通報魔法の取り消しを放ったにも関わらず、現場に慌てて戻ってきた。これはもう黒と見て当然だわ」
「フーム……」
「ま、貴女が『切り札』って言った時、私はライラも先生が犯人だと気がついていて、何らかのトリックでも仕掛けるのかと思ったけどね……。まさかその切り札が全属性魔法とは」
呆れたように言っているが、死体を前にうっとりと佇むお前と違って殺人現場なんて初めてだからな。
それにだ。
「おとぎ話は信じないんじゃないのか?」
「実際目の前で見せられれば信じるしか無いでしょ?……、だから質問」
彼女はそう言うと、一呼吸置いてあの時と同じ質問を投げかけてきた。
「貴方、一体何物?」
あの場ではおどけてみせたが、やっぱりごまかせてはいなかった。
とはいえ、ここまできて必死にごまかそうとするのもナンセンスだろう。
仕方ない。彼女にはある程度の事実を打ち明けるしかなさそうだ。
「ちょっと前世の記憶があるだけの、ただの魔道学園の落ちこぼれだよ」
「前世?」
「俺には2つの記憶がある。ライラ・ローランドとして今まで過ごしてきた記憶。そして前世で、日本人として過ごしてきた記憶だ」
意を決した俺の言葉。
アリシアは少し気圧されたかの如く上体を正すと、恐る恐る口を開いた。
「ライラはニホンジン……、って名前だったの?」
…。
「いや……、まぁ、その何だ……。我らが祖国、フランソール公国に住む人は他国からはフランソール人って呼ばれるだろ?」
「あ、なるほど。ライラは日本って国にいたのね」
なんだろう、凄く肩透かしを食らった気分だ。
俺の少しガクリとした内心を知ってか知らずか、アリシアは疑問を投げかけてきた。
「それで……、その二ホンでは、ライラはどんな暮らしをしていたの?」
「あー、詳しく聞かないでくれると助かるよ……。苦い思い出が沢山あるからな」
上腕三頭筋と大腿四頭筋を絶賛されていたあの頃の思い出が蘇る。
「異世界の事は気になるけど、聞かないでおく」
「助かるよ……。兎に角、俺は日本って国で19年間を過ごし死んだ。そうしてこの世界に転生をした。そんな記憶を10歳の誕生日に思い出したのさ」
俺は言葉を締め括った。
アリシアは頬を膨らませると不満げに呟く。
「それなら初めからそうと言ってくれればよかったのに」
「そんな事を言ったら頭がオカシイと思われるのが関の山だろ……?それに、俺は今までそれを隠して生きてきたんだ。アリシアに何か思うところがあった訳じゃあないさ」
"違うモノ"は排斥されるのが世の常だ。
ましてや封建制の色濃く残るこの世界、仮に俺は異世界から来た転生者だと名乗ろうものならどうなるか判ったものではない。
現に、藤木田のオッサンは殺されてしまった。日本に戻りたいと思うがあまり、きっと焦り死の罠に掛かって……。
俺は改めてその想像に身震いするのを感じた。
仮にもし、俺が自らを異世界人だと初めから公表して生きていれば。
前世で流行っていたペーパーバックの様に、初めからその力を思いのままに行使しようとしていれば。
俺は間違いなく今、この世を生きてはいなかっただろう。
静まり返った白亜の病室。
重い空気を一刀両断するようにアリシアが口を開いた。
「事件に関していい話と悪い話、両方あるけど……。どっちから聞く?」
「……、いい話から聞かせてくれ」
「まず、ライラが異世界人だとダーマンと私以外にはバレていない」
「待てよ、あんな光魔法をぶっ放したのにか?」
あの魔法は天空から光の槍を降らす魔法だ。
ダーマンが取り調べを受ければ、まず間違いなくあの魔法の事に行きつき、そして俺の正体がバレかねないと考えたのだが、一体どういう事だろうか。
「何しろ、ダーマンは尋問でこう言ったからね。『ライラが奪った俺の護符によって動きを封じられた』って」
護符とは一発限りの、他属性魔法を使用できるお札の事。
大変高価かつ貴重な物だが、戦闘時には非常に有用である為上級冒険者や将校クラスの人間では保有している者も多いと聞く。
例の土壁から察するにダーマンも幾らか保有していたと考えても不思議ではないが…、なぜ俺を庇う様な事を言ったのだろうか。
「きっと……、ダーマンも教師として生徒を守るという矜持を守り抜いたのよ」
「ダーマンが……?一体どういうことだ?」
歯切れの悪いアリシアの発言に違和感を覚え、理由を問いただす。
アリシアの表情にサッと影が差し、その様子に俺は訳もなく背筋がゾワリとする感覚を覚えた。
「それこそ正に、悪い知らせに通じる事なの」
「……、何があった?」
アリシアは姿勢を正すと、真剣な眼差しで口を開いた。
「ダーマンが、殺されたのよ。闇魔法でバラバラにされて」




