1-06話 全属性魔法というチート
「死ね」
いうや否や、魔法を詠唱しながら突っ込んでくるダーマン。
雷系魔法特有の金色の光を放ちバチバチと放電させながら疾駆するその姿は、さながら金色の獅子の様だ。
元冒険者の無駄の無い動きを前に、俺は一瞬反応が遅れる。
「ライラ!」
ドスンという衝撃が俺の全身を襲う。
増トン車に跳ね飛ばされたように俺の身体は軽々宙を舞い、地面に叩きつけられ草の上をゴロゴロと転がった。
口の中が切れたのだろうか、鉄の味がする。
「いってェ……」
前世の様にしなやかな筋肉のフルアーマーを装着した身体なら兎も角、女子もビックリの華奢なボディにコレはキツイ。
俺は激痛に呻きながらよろよろと立ち上がる。
「ボーッとしないで!私が蹴り飛ばさなかったらアンタ死んでいたわよ!?」
ゲボゲボと咳き込む俺の耳に、アリシアの怒鳴り声が飛び込んできた。
俺のダメージの原因はどうやらダーマンではなく、アリシアの飛び蹴りのようだ。
赤く煌めく魔石を装着した大型ロッドをダーマンに向け牽制しつつ、彼女は俺の元に駆け寄ってくる。
「すまない……、まだ深い所でダーマンを舐めていた様だ」
「相手は元冒険者で闇社会の住人よ。そんな心構えじゃあ命がいくつあっても足りないわ」
アリシアの耳の痛い忠告に、俺は軽く頷く。
「大丈夫。ようやく目が覚めた――」
紫電の稲妻が触手の様に地面を這いずり飛んでくる。
アリシアは地面を蹴り、俺は宙返りで辛くも躱した。
「オラオラァ!作戦会議なんぞしている場合じゃねェぞ!?」
ゲラゲラと嗤いながら雷撃を飛ばしてくるダーマン。
俺は氷の壁を作りガードし、アリシアは熱球の爆発により攻撃を空中に霧散させる。
「クソッ!野郎の手数が多すぎる!!」
俺達とは違い、ダーマンには実戦から得た数多の経験がある。
故に魔力制御に精通したダーマンの攻撃を防ぎ続けるという今の状況は、まず間違いなくジリ貧だ。
差ほどかからず魔力が底を尽き、確実に俺達はダーマンの魔法の餌食になるに違いない。
「間合いを詰めないことには攻撃すらままならないわね!?」
アリシアが顔を青くしながら俺に向かい叫ぶ。
彼女の言うとおり、このままでは事態を打開できない。
戦闘巧者のダーマンの裏をかくには、ある種の賭けが必要だ。
「アリシア、今から俺が奴に一瞬の隙を作る。お前はその瞬間、奴に拡散攻撃をブチかましてないか!?」
「……、魔法は人以上に使えるみたいだし。その言葉、信頼するよ?」
「任せろ!」
これは普通の喧嘩ではない、文字通りの殺し合いだ。
自信ありげに言い切りはしたものの、正直に言うと緊張は半端じゃあない。
でも、だからといってこんな所で死にたくなんてない。
俺はギリッと歯を食いしばり、気合を入れて杖を握り直す。
「来い!ウィンターホールド!!」
「来て!ファイヤーストーン!!」
魔力を込め、俺達は腕を振り上げる。
詠唱と同時に魔石に魔力を送り込むと、杖の内空に込められた鎖や歯車がキュキュラと音を立てて高速で動き始める。
すぐさまアリシアの杖からはマグマの様な赤い光が、俺の杖からは蒼い光が漏れだした。
「出遅れたがっ!」
「反撃開始っ!」
いうや否や、俺とアリシアは同時に杖を振り下ろす。
瞬く間にアリシアの杖からは火球が弾幕となってダーマンへと降り注ぎ、同時に俺の魔法が天まで届くかの様な氷の階段を形作ってゆく。
「逃げるつもりか!?」
「よそ見している場合!?アンタの相手は私よ!」
火球を交わしつつ咄嗟に俺の足場を壊そうとしたダーマンに対し、アリシアは杖に更に魔力を押し込めた。
重機関銃の如く腰だめに構えられたその杖からは次々と追跡型の炎弾が放たれ、ダーマンの攻撃を撃ち落す。
この数の追跡攻撃魔法を安定して制御するとは…、流石は元警邏隊員だ。
俺は豪快な攻撃の応酬を横目で確認しながら、空中に浮かぶ氷の床を軽々と踏みしめダーマンの元へと駆ける。
「ボケが!!今朝と同じ手は効かないぜェ!?」
流石に二度目のサプライズは通じない。
俺の意図を察したダーマンは次々と足場に向かい雷魔法を放ってくる。
俺はその度に杖を振りかざしどんどん足場を作る。右、左、右、左と跳ね、時折来る俺自身を狙う攻撃を飛びのいて避けつつ、ダーマンとの距離をどんどん詰める。
「あー、ちょこまかと鬱陶しい野郎が!!死ねや!!」
中々当たらない攻撃にキレたダーマンの拡散雷撃。
「あっぶね!!」
身を捩って辛くも交わしたものの、氷の足場は見事に破壊される。
「ライラ!!」
空中に投げ出された俺を見、悲鳴じみた叫び声をあげるアリシア。
だがこの事態は計算通りだ。
「オラァ!」
ひそかに魔法の詠唱を完了させた俺の眼前に、突如細いポールのような氷の坂道が出来た。
ダンと着地すると同時に、俺はまるでグリセードのごとくポールの上を滑っていく。シャーッという音と共に氷が削れ、踵に鉄板を用いたブーツの靴底からは摩擦により煙が立ち上がる。
あっけにとられ目を見開くダーマンとの距離はこれで一気に縮まった。
「氷の上を滑走してくる、だと!?」
「死に晒せやダーマン!!」
充分に間合いを詰めた俺は杖に力を込めて氷の槍生成する。
反応が遅れ無防備な構えのダーマン。
慌てた様子のヤツに向けて俺の渾身の一撃を放つ。
「……バーァカ、甘いんだよ!」
が。
それはダーマンの仕掛けた罠だった。
一転ニヤリと口角をあげた奴は、なんと放電により網状の雷撃を生み出すと氷の槍を捕縛した。
「ゲッ!そんなんありかよ!?」
自分でも顔からサッと血の気が引いたのが分かる。
あろうことか、一瞬の気も抜けないこの状況において全くの無防備な姿を敵の前に晒してしまった。
冒険者あがりの奴がそんなスキを見逃す筈もない。
たたらを踏んだ俺の鼻っ面に杖を向けると冷徹に一言。
「消えろ」
「避けて!」
ダーマンの必殺の魔法を前に立ちすくんだ俺、その耳にアリシアの叫び声が響いた。
思わず身をかがめた俺の頭上。彼女のロッドからビームライフルの如く飛び出した火柱が通り抜け、ダーマンが雷撃で捕縛したままの氷の槍に向かって突き進む。
「待て待て待て!?」
何が起こるかを理解した俺は、慌てて杖を振るう。
同時にドガアアアンという大地を揺さぶるような轟音が当たりに鳴り響き、俺の鼓膜を震わせた。
水蒸気爆発だ。
とっさに水の壁を作りガードを試みたものの、爆風を至近距離でモロに受けた俺は10メートルほど吹き飛ばされる。
「イッテェ……」
「大丈夫!?」
アリシアに向かい、俺は軽くサムズアップ。
「問題ない、寧ろ助かった」
もしあの一撃が無ければ、俺はどうなっていたか分からない。
アリシアの機転には感謝以外の言葉が浮かばなかった。
その上、攻撃準備態勢に入っていたダーマンは不意の爆発をモロに喰らってしまっただろう。
辺りに立ち込める煙で視界は最悪だが、下手をすれば消し炭になっているかもしれない。
ギンギンと痛む耳を抑えながら立ち上がると、アリシアがロッドを投げ捨て駆け寄ってくる。
「ライラ!」
アリシアは飛び掛かって俺に抱きついてきた。
少なからず主張してくる彼女の胸。ほのかに香る柑橘の香り。
「なっ!?一体何だっていきなり俺に抱きつい……!」
「生きていてよかった……!」
あわてて振りほどこうとする俺の耳元で、彼女は細く、消え入りそうな声で呟いた。
……まぁそりゃそうだよな。あんな無茶苦茶したんだし、心配になるよな。
「まあ、まだダーマンが死んだと決まってないからな……」
不意に照れくさくなった俺はそこまで言うと、視線を爆発の起こった地点へ向け直す。
辺り一帯に漂う黒煙。それが徐々に風により押し流され、次第にその水蒸気爆発の威力が明らかになる。
「おい……、嘘だろ……」
先程まで俺が立っていた位置。
そこには深さ2~3メートルはあろうかというクレーターが存在している。
地面は黒焦げと言うのも生易しく、所々ガラス化した箇所まで見受けられた。
前世の化学の授業でその危険性について学んではいたものの、改めてこの惨状を目の当たりにし思わず背筋がゾクリとする。
「コレ、ダーマン消し炭になっているよな……」
「あの距離で爆発の衝撃を喰らったのよ、生きている訳がない」
つまり何だ?俺は本当に死にかけた訳だ。
……俺のシールド展開が一瞬遅れたらアリシアはどうするつもりだったんだろう。
だからこそ抱きしめるぐらい心配してくれたのだろうが。
「……、とりあえずは事件に関しては解決かな」
「ええ、教諭の愚行はすべて音声記録が残っているからね。後は警邏隊に報告しさえすれば――」
突然、俺の目と鼻の先を紫色の電光が走り抜け、頬にチリっとした痛みが走る。俺お気に入りの髪留めは吹き飛び、解けた俺自慢の長髪がだらりと垂れ下がった。
一体何が起きたんだ?
状況把握が出来ず立ちすくむ俺と少し離れた場所には、悲鳴を上げながら吹き飛ばされたアリシアが、体を小刻みに震わせながら倒れ伏している。
その顔には、信じられないものを見たかのような恐怖の表情を浮かべて。
「だから詰めが甘いと何度も言っているだろう」
まるで地獄から湧いてきた様な、低く怒りに満ちた声。
その声色は、俺達が先ほどまで死闘を繰り広げていた人物に他ならない。
「ダーマン!生きていたのか!?」
「あの爆発を、なんで!?」
「危うく死にかけたがなァ、咄嗟に逃げてな?」
パンパンと手をたたきながら茂みから現れるダーマン。
完全に爆発の衝撃を殺すことは出来なかったのか、身に着けた服はボロボロとなり、その屈強な肉体のあちらこちらに血が滲んでいる。
奴はぬらりとした足取りでアリシアの元に近づいていくと、いまだ地面に倒れ伏した彼女のその背中を踏みつけた。
「形勢逆転という訳だ」
「クソ野郎……!」
満面の笑みを浮かべるダーマンに対し、俺は悪態をつく事しかできない。
「それにしてもライラ。貴様は本当に魔法だけは優秀だ。自らの氷魔法を生かして足場を作り、バランスを崩したと見せかけて氷の滑り台で標的に接近するなどというイカれた考えは先生でも思いつかなかった」
ダーマンは上機嫌で語りを続ける。
「それからアリシア。あの一瞬で水蒸気爆発の可能性に気付き、それに掛けた発想力と度胸は先生も感心だ。仲間がいる状況でアレをやれるのは相手への信頼と自分に対する自信がないと出来ないからな。ただ、対象の戦闘不能を確認せず杖を手放した事は減点だ」
演習にて教鞭を取るかの如く、俺達に講釈を垂れるダーマン。
その余裕をかました態度、俺の中で何かが音を立てて弾ける。
「この野郎……!」
「おっと、動くなよ。コイツが苦しみながら死んでほしくなければなァ」
「知るかよ糞野郎!ブチ殺してやる!!」
杖を構え突っ込んでいく俺に対し、やれやれとでも言うかの様に肩をすくめるダーマン。
俺は指先が真っ白になるまで杖を握りしめる。
覚悟しろよ、あの野郎。
「仕方ない、アリシア。卒業式だ、人生のな」
「「「――――!!!!」」」
ダーマンの詠唱、アリシアの叫び、俺の詛呪に似た詠唱が交錯。
俺はダーマンの魔法が発動する前に辛くも魔法を完成させ、杖を振り下ろす。
通常の数倍の負荷に限界が近づいた杖がキシキシという嫌な音を立て、中の歯車がギャリギャリという擦れるような金属音を響かせる。
壊れたって構うものか!
耐力限界以上に魔力を送り込んだ杖から放たれた俺の魔法、それは不意に姿を消した。
「おいおい情けねェな。こんな場面で不発かよ」
ダーマンの馬鹿にしたような笑いも気にならない。
もう、既に魔法は発動されているからだ。
「うん……?ハァッ!?なんだあこりゃあ!!?」
ダーマンは自らの手元を見、驚愕の表情を浮かべる。
奴の杖の先、本来ならアリシアに向かって必殺の魔法が放たれているであろうその場には黒い魔法陣が浮かんでおり、杖から魔力がみるみると吸い取られているからだ。
「お、俺の魔法が吸い込まれていっただと!?」
目を見開くダーマン、何が起きたのか分からないという顔をするアリシア。
理解が出来ないなら教えてやろう。
「教師なのに知らないのか?ブラックホール。闇属性の魔法だ」
「や、闇属性魔法!?何故氷魔法の使い手のお前が使える!?」
今までに見たことが無いほど狼狽するダーマン。
まぁそうだろうな。普通ならあり得ない事態が目の前に起こっているんだからな!
「ラ、ライラ……。なんで私生きているの?」
「切り札を切らせてもらったからな、全属性魔法という」
おかげで高価な杖にはヒビが入り、魔石を回転させる歯車や鎖はガラガラという異音を立てているがな。
恐らくは本来意図されていない魔法を使用したことで中で回転する魔導石が砕け始めているのだろう。スラッジが溜まりだしたのか、魔力伝導効率も大幅に低下している。
魔法を撃てるのは多分後2回、いや1回が限度だろう。だが、杖がぶっ壊れようが構わない。
「お、お前!!一体何者だ!?」
「俺か?」
杖がブッ壊れれば一気に形勢逆転でゲームオーバーだ。
だけど、俺は迷わず杖を振りかざすととっておきの魔法を起動させる。
「かつて異世界で暮らしていた、全属性魔法が使える男の娘だよ」
口角を上げ嘲笑うと、俺はダーマンへ向け必殺の光大魔法を放った。
「ふざけんなクソがアアアアアアア!!!!」
ダーマンの絶叫は天空から降り注ぐ光矢により掻き消され、その身体は光の中に消えてゆく。
俺はその光景を確認し、眠るように気絶した。




