1-05話 異界人だとバレました
「どうしてソレが読めるの……?」
俺の額に嫌な汗が滲む。
ハッキリ言って最悪だ。
トラブルに巻き込まれたくない。ただその想いで今までひた隠してきた『俺には前世の記憶がある』という事実。
それをよりによって殺人事件の現場という最悪な場所で知られてしまった。
しかも、警邏隊出身のアリシアに。
俺の行為は、死んだオッサンと俺との間に何らかのつながりがあるという事を宣言した様なモノだ。
そして、俺はその事実を今までひた隠し、シラを切ってきた。
それがどういう結果を生むか。
その答えは、目の前のアリシアから発せられる敵意とも取れる様な疑念と猜疑心が入り混じった眼差しだ。
少し腰を落とした彼女、その手元は腰に差したステッキへと伸びている。俺がもし誤った選択を取れば、すぐさま彼女は攻撃魔法を放つに違いない。
一瞬の逡巡の後、俺は腹を括った。
「例え理由を言ったとしても、君に信じてもらえるわけがない」
「そんなの言ってみないと分からない――」
「今君に言えるのは、俺がこの言葉を知っているという事が俺の切り札だという事。ただ、それだけだ」
アリシアが反論を言い切る前に俺はセリフをかぶせる。
「……どうしても説明しないつもり?」
「今は、な。ただ、俺は間違いなく君に危害を加える意思は無いし、彼に危害を加えた当事者でもない」
「たったそれだけの言葉で、私に貴女を信頼しろっていうの?」
「君のいう事は道理だ。だけど、信じて欲しい」
俺はそう言い切り、彼女を見つめた。
例え理由を言っても信じてくれるか分からない。それにこの会話が犯人に聞かれていないとも言い切れない。
今できる事はといえば、事実を伏せながらも誠実に彼女へ話す事、それだけだ。
途方もない長い時間、俺は彼女とにらみ合っていたように感じた。
最もそれは、ほんの10秒程度だっただろう。
険しい顔をしていたアリシアの表情が徐々に崩れ、ふっと諦めたように肩を下ろした。
「仕方ないわね……。ひとまずはそれで納得する」
「俺の事を…、信じてくれると言うのか?」
恐る恐る尋ねた俺に、彼女はにこりと微笑み頷く。
「少なくとも、特殊警邏隊の裏をかくような人間がこんなヘマをするとは思えないからね」
「……疑いは晴れたっていうのに全く納得できないんだが」
なんだか、勝負に勝って試合に負けた気分だ。ん?逆か?
「兎に角、まずは話を進めましょう?」
「あ、ああ。そうだな……」
「取り合えず、そのメモの内容が分かるのなら特務警邏隊の先を越せそうじゃない。何か興味深い記述や物的資料はある?」
彼女の興味は既に手帳に移ったようだ。俺はモヤモヤした気持ちを抑えながら、手始めに一番後ろのポケットに収まっていた免許証を取り出した。
「……初めに、死んだオッサンの名前が分かった。藤木田次郎というらしい」
「フジキダ?珍しい名前ね」
俺は興味津々といった様子で手を差し出すアリシアに藤木田の免許証を渡し、メモ帳をめくっていく。
藤木田はいわゆるメモ魔だったようで、前世の取引先からその日の晩御飯、垂直落下式ブレーンバスター、挙げ句にはこの世界に来てからの日常的な出来事や考察までビッシリと書き込まれている。
俺は不要な情報は飛ばしつつページをパラパラと送り、事件に関係ありそうな箇所を少しずつ抜き出していった。
「どうやらオッサン。故郷の日本に帰るために色々と手段を探していたらしい」
「ニホン?聞いた無い……。一応聞くけど、犯人とおぼしき名前なんかは書いてない?」
「書いてあったら大分ラクだったんだがな……」
残念ながら直接的に犯人を特定できる記述は見付からなかった。藤木田がたまたま書かなかっただけか、あるいは待ち合わせの相手が協力者である以上の事は知らなかったのだろう。
あるいは、知らされなかったのか……?
脳裏に疑問を浮かべつつ目の前のメモ帳に視線を走らせ続ける。
他に何か重要そうな書き込みは……。
「あと……、藤木田を初めとした連続殺人の被害者たちは、皆全属性魔法の使い手だったかもしれない」
「ぜ、全属性魔法!?」
アリシアは信じられないという顔をした。
無理もない。
魔法は1人につき1つ、多くても2つの属性しか取得できないというのがこの世界の常識だ。
実際、俺は氷属性であるから氷魔法しか使えないし、雷属性のダーマンは雷魔法しか使えない。
レイノルズの様に金がある貴族は魔石を触媒として使い2つ属性使える様にする人もいるが、基本は1つだけ。
全属性魔法の使い手というのは笑いも取れない冗談か、あるいは神話の中の世界にある伝説の様な存在である。
「ねぇ、貴女ほんとにそれ読めているの?間違えて読んでない?」
「メモが嘘では無いならな」
俺の眼前に走り書きで書かれた『異世界人は全属性魔法が使える可能性』という一文。
その文字は何度読み返しても変わることはない。
メモから目を離し顔を上げると、胡散臭いものを見る様な目でアリシアはぼやく。
「まだライラが男の子だって言う方が信じられるわ」
「…………」
なんだろう、すごく複雑な気分だ。
やっぱり、本当の事を打ち明けたほうがいいのだろうか。
俺が胸にくすぶる罪悪感と格闘していると、不意に背後から厭味ったらしい声が飛んできた。
「おやおや……、こんなところで何をしているのかな。転校生クン?」
警邏隊より先にダーマンが来たか。どうやらタイムアップの様だ。
「はじめまして、ダーマン教諭。お世話になります」
「初日から遅刻、しかも俺のところに挨拶にすら来ないで不良とつるむとはな……。警邏隊を不名誉除隊させられるだけある」
ニッコリと微笑んだアリシアに対し、嫌味を言うダーマン。
この男は人の気持を逆撫ですることしかできないのだろうか?
アリシアはそんなダーマンの嫌味を笑顔でサラリと受け流す。
「その事は大変申し訳ありません、ダーマン教諭」
彼女は優雅に一礼すると、不意に胸元のポケットから黒々とした手錠を取り出す。
「でも、犯人を捕らえたのだからチャラでしょう?」
ガチャン。
堅い金属の音が鳴り、突然俺の手首に手錠が掛けられた。
「っ……!?お、おい!何をするんだ!!」
「落ち着きなさい。アンタは罪を犯したんだからね」
「お、お前!」
―― 一体何を考えているんだ!?
俺は思わず叫ぼうとした時、此方を向いたアリシアは声に出さず口だけで「き・り・ふ・だ」と喋った。
意味が分からない。
なぜダーマンに俺を引き渡す?切り札っていったいどういう事だ?一体俺は何を求められているんだ?
「ライラ。お前は落ちこぼれた生徒だが、ついには殺人にまで手を染める様になったか……」
「……え?」
「可哀想に……。彼だってこんな所で学生に殺されるとは思いもよらなかっただろう」
ダーマンは沈鬱そうな表情で呟く。
その言葉に、俺は何か引っかかるものを感じた。
その魚の骨の様なごくわずかな疑問は、やがて新たな気付きを生み、急速に一つの形を生み出してゆく。
――一そうか。
全てが分かった時、俺は肩を落とし顔を伏せた。
――一アリシアの切り札という言葉の意味は、この為か。
俺の様子をどう見たのか、肩を落とした俺の胸元のリボンをグイと引っ張るダーマン。そのガサツな行為に思わずたたらを踏み、俺は地面に引き倒されてしまった。
「取り合えず、お前は拘束させてもらう。我が校の生徒が犯した罪はわが校が責任を持たねばならん」
何時ものニヤついた表情とはまるで違う、厳かなダーマンの声がが倒れた俺の頭上から降りかかる。
しかし、俺の口元は自然とほころぶ。
クックックという乾いた笑いが口から漏れ出す。
「どうした。貴様とうとう気が触れた――」
可哀想なモノを見る目付きのダーマンに対し、俺はゆっくりと上体を起こし、そしてヤツに向き直った。
「ダーマン教諭。なぜ今、『彼だって死にたくはなかっただろうに』と言ったんだ?」
「……!」
「なんでたった今来たばかりのアンタが、殺人事件が起こっているって知っている?そして、死体すら見ていないアンタが何故、死んだ奴が『男』だって知っている?」
「……」
そう、ダーマンは致命的なミスを犯した。
殺人事件が発生した事、そして被害者が男性だという事。俺とアリシアしかまだ知らない筈の事実を、何故か俺達より後に死体の転がってる現場でも無い所でダーマンが口に出した。
それが意味することは一つしかない。
ダーマンは先程とは打って変わって、能面の様に無表情だ。
「参ったな、とんだドジを踏んじまったようだ」
そこに居たのは最早、いつもの熱血教諭ではない。
どんよりと暗い目をした、この世の暗部に身を置き続けてきた一人の犯罪者だった。
「横の元警邏隊の入れ知恵か?ソレは」
「さぁ、どうでしょう?無論、私もお手伝いは致しましたが」
「なるほどな、ライラ・ローランド。ただの馬鹿だと思って舐めていたが、考えを改める必要がありそうだ」
ダーマンは下卑た笑いを浮かべながら俺達に話し掛ける。
その様子に、俺は思わず拳をぎりぎりと握りしめた。
「教諭、アンタだったとはな……」
「おや。信じられないとでも言うのか?自分で導き出しておきながら」
「いくらアンタが嫌いでも、俺はアンタがそんな人間だとは思いたくなかった」
熱血教諭ダーマン。
生徒からは確かに嫌われてはいたが、教師陣営からの信頼は厚く、又いざと言う時は頼りになる存在だった。
そして、俺がなんだかんだで世話になった教諭だった。
そんな人間が、躊躇も罪悪感も無く人を殺める糞野郎だなんて。
「フン、生憎とこちらにも事情があってな。お前は魔法『だけ』は優秀だから期待していたんだが……」
アリシアは素早く俺の手錠の鍵を外す。
ジャラリ……という金属の塊が下に落ちる音。
それは、ダーマンは腰に差した鞘から戦闘用の杖を引き抜くのとほぼ同時だった。
「死ね」




