1-03話 ファンシーな遺体
大分気取ってみたが、本当のことを言えば滅茶苦茶怖い。
当然だろう?
確かに、俺は『前世が日本人』なだけであって、日本人としてこの世界に来たわけじゃない。
でも、もし『日本人としての記憶』を持っていることが犯人にバレれば……。
俺が何時次のターゲットにされても不思議ではない。
一介の貴族の子弟、もっと言えば前世が日本人の俺にとって、唐突に死と隣り合わせの状況に放り込まれても平気な訳がないだろう。
ただ一つ確実なのは、この事件が解決して犯人が捕縛されない限り、俺は今後一生死の恐怖を抱えながら生きないといけないという事だ。
本音を言えば逃げ出したい。
だけど、俺にはやるしか選択肢はない。
何よりもう一つの重大な理由がある。
それは、可愛らしい俺が殺される事が全世界に対して与える膨大な損失だ。
男は力強くあれ、という19世紀以前の男女観念がまかり通っているこの世界。
俺の様な生粋の男の娘は希少であり、何より新たなステータスだ。
俺は絶対にこんな所で死んではならない。
俺の意識が死への恐怖から強い使命感へと移ろう中、アリシアはサラリと重要な事を言った。
「時間は無いわよ。通報の取り消しをしたとはいえ、もしかしたら犯人は見ているかもしれないし……、騎士団の警邏隊が来ないとも限らない」
俺は慌ててポケットから懐中時計を引っ張り出すと文字盤を凝視する。
通報を入れてからどうやらそれなりに時間が経ってしまったようだ。
「急ごう。さっさと片付けないとマズそうだ」
「ある程度目星がついたら、お昼は一緒に食べる?」
「死体を見た直後に飯が食えたらな」
軽口を叩きながら俺らは死体に向き直る。
既に身体からぬくもりが失われた、スーツ姿の死体。
俺は赤黒く染まったその身体から軽く目を背けると、アリシアに意見を求めた。
「まずは状況の整理をしたいな。率直に言って、元警邏隊員のアリシアはどう見ている?」
「あら、憶測だけで判断するのは危険よ?」
「正論だな。だけど、俺よりはこの状況を的確に言えるだろ?」
こちとら殺人現場を観るのなんて初めてなんだ。ならば専門家の意見を聞くのが先決だろう。
アリシアは軽く眉を顰めると、腕を組みながら刑事ドラマのデカ長然とした口調で語り始めた。
「うーん……、被害者は30代前半の男性ね。死因は8割刺殺。遺体発見現場は体育備品庫の裏手にある花壇のひまわり畑。死亡推定時刻は……、私が現着した時刻から20分ぐらい前、8時半といったところ」
「状況を整理してみると、結構無茶苦茶だな……。校庭どころか校舎周辺には通学中の学生も沢山居る時間なのに」
「しかも遺体があるのは体育館倉庫裏手のお花畑、随分とファンシーな死に方ね」
「……ファンシーか?コレ」
可愛さなんて微塵もない。
困惑気味な俺に対し、アリシアはくすりと笑う。彼女の笑いのツボは意味不明だ。
「とりあえずこのファンシーな遺体を調査しましょう」
彼女はそう言うと、やにわにポケットから取り出した手袋を嵌め男に触れた。
先程とは打って変わって、真剣な表情となり手際よく検分していくその姿は無駄がない。色白な両手に嵌められた白い手袋には血痕一つ付着しない。
俺なんてオッサンの血まみれの死体を見ているだけでも吐きそうなのに……、凄まじい胆力だ。
「あら……、やっぱりコレが出てきたわ」
「それは……」
内心俺が感心していると、男の内ポケットを弄っていたアリシアがある物体を引き抜いた。
前世で親の顔より見たスマートフォンだ。
ディスプレイには蜘蛛の巣のようなヒビ。渡された俺は電源を入れようとしてみるが、その黒い画面は何の反応もなかった。
どうやら強い衝撃で中の基板が逝ってしまったみたいだ。
「なにか心当たりでもあるの?」
「いや、そういう訳じゃない。ただ何となくこの突起とかを触ったら何か起きるんじゃないかなって……」
あちこちを弄繰り回す俺を見て不思議そうに尋ねたアリシアに対し、俺は急いでごまかす。
彼女はふーんと一言興味深そうに呟やくと、何を思ったのかつかつかとこちらに歩み寄って……。
いきなりズボッと俺の胸元に手を突っ込んだ。
「な、な、何だいきなり!?」
余りにも唐突な出来事で思わず声が裏返る。
しかし、当のアリシアは真顔で細い指で俺の胸元をさわさわと撫で続ける。正直くすぐったいが、あまりに突然の事で固まった俺はなされるがままだ。
やがて満足したのか、アリシアふぅと溜息を吐いて俺から離れた。
「うーん……、どうやら私の思い過ごしだったようね。」
「ま、待てよ!なんでいきなり、む、む、胸元なんか撫でたんだ!?」
アリシアの行動が理解出来ず赤面しながら叫ぶ俺に、彼女は不思議そうな顔をした。
「別に女の子同士だからいいでしょ?」
「仮に俺が女の子だとしても、せめて一言断りを入れろ!!」
「あら、ガサ入れは不意打ちでやるから効果的よ?」
「俺に不意打ち仕掛けてどうするんだよ!」
「何となくそれが何か知っているような様子に見えたから。もしかして、貴方が何か知っているかあるいは同じ様なモノを持っているかと思ったのだけど……」
持っていたよ。前世ではな!
まあ、そんな事は口が裂けても言えないので…。
俺はただムーっとアリシアに威嚇する。
「ゴメンゴメン。でも、それがもし壊れているとなると、事情は変わるよね」
「事情?スマ……、この変な板切れが壊れているからって何がどう変わるんだ?」
「端的に言えば、犯人は一突きでとどめを刺そうとして失敗した。つまり、犯人の凶刃は一度コレに阻まれた可能性があるの」
ひらひらと壊れたスマホを揺らすアリシア。
威嚇なんてしている場合じゃない。之は重要な事実だ。
「つまり、犯人は一度襲撃に失敗した?」
「そう。はじめ私はもみ合いの中2回刺したのかと思ったんだけど……、この壊れた物体を見ると筋が通らない」
「確かにな。刺し傷2箇所に、刃の切っ先が突き立ったような板切れ。計3回攻撃されているってことになる」
「そういう事。推測だけど、多分その板に阻まれ不意打ちに失敗、乱闘になった挙げ句になんとか攻撃。刺された衝撃で動けなくなった被害者を更に一突きして止めを刺した……ってところかな」
「だから浅い傷と深い傷の2つがあるんだな」
「そういう事。そしてこの事実が示すのは、犯人が迷いなく急所を狙える、殺しに慣れた人間だって事」
彼女ははっきりした口調で言い放つ。
「つまり、相手は間違いなくプロの殺し屋よ」




