2-15話 彼を救いに
ガタリという衝撃に身体を揺すられ、俺はゆっくりと重い瞼を開いた。
あくびを噛み殺しながら周囲を見回していると、ガタガタと言う音と共に真横に取り付けられた扉があけられ、ヒュウと冷たい風が馬車の中へ入り込む。
「つきましたぜ?旦那」
外の暗闇からそう、御者の疲れたような声が聞こえた。
事件から一夜明けた明朝。
俺達は馬車を雇い、とある場所へと向かっていた。
御者へ少し弾んだ駄賃を手渡すと、馬車の中から未だ眠りから冷めやらぬアリシアを強引に引きずり下ろす。夢の世界から唐突に現世へと引き戻されたアリシアは、どことなく不機嫌そうな声を発した。
「なにするのよ、ライラ」
「起きろ。付いたんだよ、藤木田の家に」
半分眠った様な頭で地面へと降り立ち、ガタガタの石畳にたたらを踏むアリシア。
寝ぼけ眼をこすりながら、淡い朝日に照らされた藤木田の家を見ると彼女は大きなため息をついた。
「レイノルズ君の救出なんて1週間後でも構わないでしょう?」
「無茶言うな!…それに、藤木田の遺した資料も気掛かりだしな」
俺は、疲れからか恐ろしい事を言うアリシアにそうツッコむと、ポケットから例のカードキーを取り出した。
「コイツは俺の世界にあったドアキーの一つだ。…不思議だよな、彼女がコレを見ただけで重要なアイテムだと気づくとは思えない」
「……わかってるわよ。何も無ければライラ一人で言ってと言ってたわよ」
去っていく馬車を名残惜しそうに横目で眺めながらぼやくアリシア。
やがて車輪が上げる土煙が視界から消えると、よいしょとコートの皺を手で払いながら、行きましょうかと呟いた。
藤木田の家の扉はあの時アリシアによって破壊されたままになっていた。
重要な証拠があるかもしれないのにこの扱い、前世の警察なら間違ってもこんな事はないだろう。俺は苦笑すると、ゆっくりと室内へ侵入する。
あいも変わらず埃っぽいその空間。積み重ねられた本の山を避けながら、時折ギシギシと音を立てる床を踏みしめ注意深く窓の方へと進んでゆく。木のささくれに気を付けつつ明り取りの窓を開け放つと、白く弱弱しい光が本の山々を照らし、朝光に照らされた高層ビル群の様な長い影を作った。
「そう言えば、昨日の夜、ライラは彼女と交渉してその鍵を手に入れたのよね?」
「ああ。……なんとか殺し合いにはならずに済んだよ」
アリシアが爆弾騒ぎを起こしている間に臨んだソフィアとの交渉の顛末――彼女に全てを話したこと、彼女と取引を行ったこと、彼女が騎士団を離れた理由、そして、俺がソフィアを逃してやったこと――に関しては、アリシアに合流した後、時計塔の下の食堂ですべて話してある。
アリシアはその話を聞き終わると、そうと呟いた後に目を瞑り、後は何も語らなかった。ただ、その表情は先程とは異なり、少し晴れやかであったが。
「それにしても、ソフィアと交渉して成果を手に入れてくるなんてね……。あの人、結構頑固だったのに」
「それは俺も同意するよ。なんならもっと褒めてもいいんぞ?」
俺が部屋の中を捜索していると、アリシアはふいに呟いた。
今回の一件で、彼女にはとてつもない汚れ仕事を押し付けてしまった。場合によっては、一般人に被害が及ぶ、その重圧はどんなに耐えがたい物だっただろうか。
だが……、俺だって彼女と同じぐらいの精神的重圧だったのだ。少しぐらい軽口を叩いたっていいじゃあないか。
そんな俺の言葉を聞くと、彼女はふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あらら、もし私がソフィアを逃したのはライラなんですって、チャーチ団長に垂れ込んだら一体どうなるのかしらね?」
「その時は、テロで裁判所爆破したのはアリシアだって教えてやるさ」
俺が本棚にギッシリと詰まった様々な蔵書をほじくり返しながらニヤニヤと切り返すと、アリシアは肩をすくめて呟いた。
「その暁には、きっと私達は断頭台の露と消えるでしょうね」
「だからこそ俺は確認したのさ」
俺達の起こした一連の出来事の真相は、墓場まで持っていかなくてはならない代物だ。もし何かの弾みで片方が漏らしてしまえば、もう片方も犯罪者として断罪されてしまう、決して明かされてはならない秘密である。
だからこそ聞いたのだ、覚悟はいいか、と。
「ええ、それは分かっているわ。それより問題は、逃げた彼女がどこに行ったのか、よ」
「それは問題ない、近く俺達の元へ現れる筈さ。アリシアも爆発音を聞いただろ?」
あのソフィアの事だ、あの混乱に乗じて騎士団の囲みを突破する事が出来ない筈が無い。それは、俺らが食堂で情報を共有している間にも、騎士団員が物々しく大通りを行き来していた事からも明らかである。
「ライラは甘いわよ……。もし彼女が裏切って貴方の情報をクライアントへ流したらどうするつもりなの?」
「異界の叡智、それは例え幾ら金を積もうが普通なら手に入れることのできない悪魔の知識だ。それを前にしても靡かない奴がいるとしたら、ソイツは阿呆か自惚れ屋だけさ」
そして、ソフィアは阿呆でも自惚れ屋でもない。
「それに、彼女には聞きたいこともまだまだ沢山あるからな。それは彼女だって同じだろう」
だから問題ない。と、俺が言いかけ、ふと手を止めた。
「見つけたぞ、アリシア」
「見つけた?」
アリシアの疑問符に俺は軽く頷くと、胸ポケットから先のカードキーを取り出した。
俺の目の前にある物、それはまさしくオートロック式の扉であった。ホテルでよく見かけるソレと同じようにパネルにカードキーを翳すと、案の定カコンという解錠音が聞こえてくる。
「よし、空いたな」
俺はそう言うと、目の前の本棚を軽く押す。
すると案の定、その重厚な木の棚が重々しい音を立ててゆっくりと奥へと押し込まれてゆく。前世で見たスパイ映画の仕掛けそっくりな光景に、俺は思わず目を丸くした。
「凄いな、こうなっていたのか……」
「これは分かるわけがないわね……」
俺達は顔を見合わせると、露になった隠し部屋へと足を踏み入れた。
部屋の中は一寸先も見えない程の暗闇であった。
俺がポケットから杖を取り出しを明かりをともすと、光に照らされて浮かび上がったのは先程以上に四方を埋め尽くす膨大な蔵書の数々。
「あああああっ……!」
不意に背後で悲鳴を上げたアリシア。
慌てて振り返ると、彼女は驚愕の表情を浮かべながら一点を指差している。
嫌な予感がする。ゆっくりと彼女の指差す方向へと顔を向けた俺は、驚きと恐怖の余り言葉を失ってしまった。
「嘘だろ……」
やっと見つけた藤木田家の隠し部屋。
その中央に、全身が弛緩したレイノルズが天井からだらりと吊り下げられていた。




