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2-14話 case closed

命を賭けた大博打。

その賭けは大成功だったが、事件は終わっていない。


この事件を終わらさない限り、手にした勝利は指の間からこぼれ落ちる水のように逃げていくだろう。

そうならないためにも、俺は最後の仕上げにかかる。


俺はおもむろにポケットに手を入れると、未だ顔を伏せたままの彼女の前へ、とある物体を差し出した。


「……これは?」

「俺から貴女へのプレゼントさ。」

「プレゼント……?」


顔を上げたソフィアに俺はゆっくりと頷いた。


「そうだ」

「これは、一体……?」


ソフィアの前に俺が置いた物、狩猟用の音響爆弾と信号弾を雑に括り付けた傍目には風変りな物体。

だが、それは前世においては一部の人間には非常に馴染みのある存在。


「俺の前世に存在していた非致死性兵器、"スタングレネード"を再現した物だ」


スタングレネード。

爆発時に発生する轟音と閃光により、敵に一時的な見当識障害を引き起こさせる、殺傷によらない敵の無力化を目的とした特殊兵器だ。

万が一作戦に失敗した時の保険として備え持っていたコイツが、まさかこんな所で役立とうとはね。


「コイツは暗所で多数を相手する時には特に役立つ代物でな。使い処を誤らなければ、ひょっとするとがあるかもな?」

「な、何故こんな物を私に……?」


即席スタングレネードを手に、理解できないという表情で呟くソフィア。

当然だろう、今の今まで官兵に突き出そうとしていた相手が、一転して追っ手から逃げ延びる為の手を差し出して来たのだ。

俺が同じ立場なら、きっと混乱していたに違いない。


「これはあくまで取引、だからな」


俺はそう言うと、ふと後ろを振り返る。

いつの間にか爆発音は収まり、今は火災の鎮火活動に追われる消防隊と犯人を捜す軍部や騎士団達が辺り一帯を蠢いてる。どうやらタイムリミットは近い様だ。


「土壇場ではあったものの、貴女は俺の求める物を差し出した。貴女は俺との取引に応じたんだ。当然、俺はその対価を貴女に差し出す必要がある」


俺は下界の喧騒を見渡しながら、淀みなく語り続ける。


「それも人の命に釣り合う様な物を、な」

「……。」


俺はそこで一度言葉を区切ると、再びソフィアの方へと向き直った。


「それに、幾つか理由もある……」

「理由……」

「一つは貴女に恩を売っておきたいから、だ。俺が異世界人であるという事は、貴女を含む限られた人間しか知らない事実だからな。一種の口止め料、といった所だな。」


俺が書き起こした作戦の最大の欠点はここであった。

だからこそ、俺はソフィアの自信と驕りを完膚なきまでに叩き潰し、その上で彼女に逃げ道を提示した。

この後逃亡に成功するにしろしないにしろ、俺の情報を第三者に流させない為にも、彼女のその強固な正義感に『恩』という楔を打ちこむ必要があったのだ。


「そして、もう一つの理由。これが最も大きいんだ」


俺の真剣な声色に、ずっと伏せていたその顔を上げるソフィア。


「それは、一体……?」

「見ていられなかったんだよ。正義感が強いゆえに、道を踏み外した貴女がな」


目を見開くソフィアの前に、俺はゆっくりと腰を下ろす。


「あのアリシアが優しい、正義感の塊って言っていたんだ。本当に純粋な気持ちで、困っている人達を救いたいと考えて騎士団に入隊したんだろう?」

「……」

「だが、この世界の現実は非情だ。理不尽で、残酷だ。貴女はそこで思い知ったんだ、自分は無力だと。そして、天才と言われ続け不可能を可能にしてきた貴女にとって、その事実は耐えられない事だったんだろうな」

「……ッ!」


ビクリと震えるソフィアの背中。俺は少し間を置くと、再び口を開いた。


「だからこそ、世界に絶望し、革命というとんでもない方法に行き当たったんだろう?」

「……何も、知らない癖に。」


図星であったのか、少し赤らんだ顔をフイと横に向けるソフィア。

まあ、何となくこんな事だろうと察しはついていた。

仮にもアリシアが尊敬していた相手が、極悪非道の殺人犯である筈が無い。彼女の行為を正当化するつもりは無いが、きっと同僚殺しの際も何らかの事情があったのだろう。


俺はそんな彼女に対し、だがと言葉をつづけた。


「異世界で数多の革命の歴史を学んできた者として、一つ忠告がある――。貴女の革命手法は間違いなく失敗する。そして、貴女は民衆の歓喜の中で死ぬ事になる。」

「……貴方の世界では、一体何があったの?」

「貴女がクライアントを必ず裏切り、そしてこちら側へ寝返ると約束できるなら……。その時は、異界の叡智の一端を教えよう」


卑怯な物言いだとは思う。だが、これは間違い様も無く最後の一押しだ。

短い付き合いではあるが、彼女はむざむざと殺されるべきではない人物だと感じられた。だが、例えほんの僅かでも不安要素があるならば、保険を掛ける事が必要だ。

そして、その保険とは俺自身の智識に他ならないのである。


「さあ、どうする?俺達の側について異世界の叡智を学び世界を変えるか。それとも一人絶望の果てに死にゆくか」


俺はそう言うと、ソフィアのその顔をじっと見据えた。

彼女のその表情は最早、先程の様な諦観に満ちたものではない。

その表情を見た時、俺は自らの説得が実った事を確信した。


「私は――」


ソフィアが口を開き、なにか言いかけた時。

ガタガタと言う音と共に、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。


「時間が無い。いいか、護符を使う時には一緒にコイツを使え。後、必ず目を何かで覆うんだぞ?」


俺は怯えた様子のソフィアに素早く耳栓を渡すと、背後の扉へと身体を向ける。

ガタンという音と共に扉が開き、息を切らしたレナルド騎士団長と警邏隊員が雪崩れ込んできたのは、ほぼ同時だった。


「ラ、ライラ嬢!!これは一体……!?」

「ごきげんよう、シャントルイユ卿。生憎とアリシアがまだ此方に着いては居ませんが、貴方方が追い続けていたソフィア・コルチャークはこちらですわ」

「い、一体どうやって……!!」


驚愕した様子の騎士団長達。

俺は悠然と微笑みながら、ただ「色々ありまして」とだけ返答する。

一瞬眉を顰めた騎士団長だったが、次の瞬間には目の前の俺に向けてキラリと光るサーベルの先端を向けた。


「こ、答えろ!長年追い続けていたソフィアを、いったいどうやって捕まえたんだ!?」

「どうやって?貴方も騎士団の一員ならその頭を使ったらどうです?まぁ、ヒントを差し上げるとしたら『アリシアが頑張った』とでもいいましょうか?」


その言葉を聞いた瞬間。サーベルの先端が震え始めた。

見れば柄を握るその手が白い。

見るに、今まで散々煮え湯を飲まされてきているのだろうな。

彼女への憎しみ、嫉妬、侮蔑が入り混じったその表情は、とてもではないが他人に見せられたものではない。


「そうそう、褒章金に関しては街の復興資金にでも充てていただけませんこと?被害も大分甚大とお見受けしますので……」


俺がゆっくりと階段に通じる出口へ向かい歩き始めると背中に声が飛んでくる。


「待ち給え!せめて捕まえた時の状況を!」

「だから申したでしょう?色々、ありましたの」


再び慌てた様子で此方に詰め寄らんとする騎士団長。

なにしろ自ら陣頭指揮を取り、多額の予算をつぎ込んでも確保できなかった身柄を、たった二人の素人が確保したのだ。

己のプライドは無論、騎士団の面子にも関わる問題だろう。


だが、そんな事は俺の知ったことではない。

俺は何より、この騎士団長が嫌いだ。抵抗できない者をいたぶる、そんな人間に何故手を差し伸べる必要があるのだろうか?


俺は喚く騎士団長の声を背中に受けながら、沈黙した警邏隊員に見送られゆったりとした足取りでその場を後にする。

あと数分後にこの場で起こるであろう、大混乱を想像しながら階段を下る。


「どうだったの?ライラの描いた賭けの結果は。」


薄暗い階段の踊り場までついたとき。聞きたかった声が聞こえた。

土壁にもたれ掛かった()()()は俺の気配を察したのか顔を少しだけ此方に向ける。


ジャックポット(大当たり)だよ、アリシア。」


俺がそう答えると、彼女はフッと笑った。


「でしょうね。そうじゃなきゃあ、そんな余裕に満ちた態度で居る訳がないもの。」

「……お疲れ様、そしてありがとう、アリシア」

「どういたしまして」


思えば今日、俺は彼女を散々に振り回してしまった。

阿呆の護衛役を引き受けさせたかと思えば騎士団長には殴られ蹴られ、挙句の果てにはテロ行為まで行わせた。

本当に、彼女には感謝してもしきれない。


「そんなに感謝してるなら、折角だし何か飲み物でも奢ってくれない?逃げ回っていてもう喉がカラカラよ」

「分かったよ、…さっきのコーヒーでもいいか?」

「…あの不味いコーヒー!?信じられない!」


照れくささを隠す為にそう軽口を叩くと、彼女はそう言って、腰に手を当てて怒り出す。

最も、その様子も明らかに冗談めかしていたが。


あの店のコーヒーの味についてヤイヤイと言いながら歩きだした時。

遥か上から不意に爆発音が響き、やがて喧騒が聴こえだした。

……どうやら上手く行ったようだな。


「……何かあったのかしら?」

「気にすることはないさ、さあ行こう!」


俺達は頭上で繰り広げられているであろう騎士団の阿鼻叫喚を尻目に、のんびりと店へ向かって歩き出す。

きっと明日は大騒ぎになるだろうな。と思いながら。

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