2-13話 勝利のカードキー
そして夜11時、時計塔が鐘を鳴らしたと同時に、俺達は作戦を決行し今に至る。
こうしている間にも港湾に立つ国有倉庫からまた一つ火の手が上がり、獄炎が空へと舞い上がる。
教会の鐘楼からは緊急事態を知らせる鐘がガンガンと鳴り響き、目下を見渡せばランプを掲げた海軍や陸軍の早馬達が裏路地を疾駆し、轢き殺されそうになったボロを纏った物乞いが蜘蛛の子を散らす様に逃げていく光景が至る所で繰り広げられている。
今やバスティーナの港湾街は、まるで砲撃を受けたかのような大騒ぎだ。
正直、騒ぎの大きさからしてアリシアが陽動を行える時間は、そう長くは残されていないだろう。
アリシアが追手に捕まりボロが出る前に、可能な限り早く事態の収束を図らなければならない。その為には、彼女が一刻も早く俺達の存在に気付き、そして俺の元へと現れるという筋書きが実現しなければならないのである。
懐に忍ばせた懐中時計を取り出し、ジリジリと動くその秒針を訳も無く見つめる。だが、肝心のソフィアはなかなか俺の前へ姿を現さない。
ジリジリとした焦燥。
降りかかる重圧。
そして、俺の心を支配するヒリつく様な緊張。
これでもし、ソフィアがやって来なければ……。
いや、考えるな。
最早取り返しはつかない。既に行動を起こした以上、今更後へ引くことは出来ない。
ソフィアは間違いなく、俺達の策略、そしてその意味を理解し、俺の元へ現れる。
何故なら、彼女はアリシアと同じ、聡い人間であるから。
思考の海に沈む俺の背後で、唐突にキイと扉が軋む音がする。
思わず頬が吊り上がる。
間違いない。現れたのだ、俺が、俺達が待ち望んでいた人物が。
「今宵は月が綺麗ですね」
俺は振り返ることなく、背後の来訪者へ向かって声を掛ける。
その来訪者は俺の軽口を無視し、ゆっくりと口を開く。
「……貴方、一体何を考えているの?」
ゾッとするほど冷たい声。
最早、初めて会った時の様な余裕はまるで感じられない。
俺はゆっくりと後ろを振り返り、目の前に立つ女性へと顔を向ける。
視線の先に居たのは、全身を怒りで震わせる一人の女性。
俺達が今日ずっと追い続けていた、レイノルズの行方を知る俺達の知る唯一の人物。
ソフィア・コルチャークであった。
喜びの余り、思わず抱きしめたくなる様な衝動。俺は軽く呼吸を整えると彼女へ身体を向ける。
「随分と遅かったじゃないか、待ちくたびれたぞ?」
そう言って大げさに両手を広げる俺に対し、ソフィアは無言で魔道杖を向ける。
「ふざけないで。人の名前を勝手に使って街の破壊活動を行うなんて……、貴方何を考えてるの!?」
怒気を孕んだその声色に、俺の口角は自然と吊り上がる。
作戦は大成功だ。
俺はソフィアを真っすぐ見つめ、おもむろに口を開く。
「ミス・ソフィア。残念だが、革命を起こすという貴女の目論見は俺達が破壊した。」
「……ッ!!」
瞬間、俺達の間を一陣の風が通り抜け、天高くへと駆け上がった。
無言で俺を睨みつけるソフィア。
その目の奥には、激しい憎悪が渦巻いているのが手に取るように分かる。
俺はそんな彼女に一歩、また一歩と少しずつ間合いを詰め、ゆっくりと静かな口調で語り掛ける。
「これは一種の取引だ。俺達が生き残る為に、そして貴女が生き残る為の、な。」
「詭弁ね……。これは取引じゃあないわ、最早只の脅迫よ!?」
「何とでも言ってくれて構わないさ。だが、こうでもしなければ貴女はテーブルには着いてくれないだろう?」
俺はそこで言葉を切ると、徐に自らの傍らに置かれた機械式魔道器を手に取る。
再び杖を構え直し臨戦態勢に入るソフィア。
俺はそんな彼女に対し、軽く右手を前に広げ『止まれ』という合図をすると杖を天空へと向ける。
「来い。ウインターホールド!」
突如として空に現れた氷の階段。
それを見た彼女は、驚愕の余り叫んだ。
「氷魔法!?――まさかッ!!?」
覚えているだろうか?
ソフィアとのファーストコンタクトの時、俺は彼女の目の前でアリシアの火焔魔法を止める為に闇魔法を行使している。
そして、今俺が使ったのは氷魔法のウインターホールド。
これが意味することは一つしかない。
「その通りだ。俺は殺された藤木田と同じ、『全属性魔法の使い手』さ。」
愕然とした様子のソフィア。
聡い彼女なら間違いなく気付くだろう、ひょっとして私はとんでもない思い違いをしていたのではないか、と。
「じゃ、じゃあ貴方が!フジキィーダの残した書物の真の解読者だと言うの!?」
「それは少し違うな、俺も彼と同じなんだよ。」
俺の言葉に彼女は必死の形相で、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「な、なら、レイノルズ・ドゥラノワはッ!!?」
「彼奴は中々に阿呆な奴でなあ……。ただ見栄を張りたいが為に、自分がダーマンを倒し、藤木田の残した書物の解読にすら成功したと法螺を吹いていたのさ。」
「そ、そんな!?」
「つまり、貴女は彼奴の虚栄心に踊らされていたんだよ。」
俺はそう言うと、放心状態でその場に立ち尽くしたソフィアに滔々と語り始めた。
事の発端となった、異形装束連続殺人事件。
俺が初めてかかわることとなった、ダーマン事件の顛末。
新たな危険を生むこととなった、レイノルズが犯した数々の愚行。
そして、一連の流れの背後に見え隠れする、巨大な陰謀の影。
ソフィアの顔色は赤から青へと変化を遂げ、そして紙のように白くなる。
「つまり……、私は間接的とはいえ、倒すべき特権階級に組し助けるべき者に剣を向けていたという事なの……?」
「ああ、残念だがな。」
「その上、私は無関係の人間を危険へと巻き込んでいたって事よね……?」
「その通りだ」
俺の厳しい視線を前に、ソフィアはへなへなと力なくその場に崩れ落ちる。
「そんな……」
「クライアントに奴を引き渡せば死ぬ、という忠告の意味も理解できただろう。仮にクライアントとやらの元へのこのこ奴を引っ張っていけば、間違いなくお前は口封じの単に殺されるだろうな」
うなだれるソフィア。
俺はコートのポケットに手を突っ込んだまま、やれやれとため息を付いた。
「どちらにせよ、あと5分もすれば此処へ警邏隊が到着する。どのみち貴女はお終いだ」
死刑宣告とも言える俺の言葉。
顔を上げようとしない彼女はやがてその肩が小刻みに震えだした。
「そんな……、こんな終わり方……嘘よ……。どうして……?ねぇ、どうして……!?」
首をふるふると左右に振りながら、大粒の涙をポロポロと零すソフィア。
彼女のその表情には、最早先ほどまで在った筈の妖艶さもあるいは大胆不敵さも無い。
存在するのは、自らを賭した行為が全くの無為に終わってしまった事に対する、唯々深い絶望だ。
俺は泣き崩れる彼女の様子を暫く見つめ、静かに声を掛けた。
「教えてくれないか?レイノルズの居場所を」
「……」
暫し間が空いた後、ソフィアは黙ったまま懐に手を入れると、そこからゆっくりと一枚のカードを引き抜いた。
「それは……、カードキーか!!」
「フィジキーダの家にある隠し部屋の扉を開く為の装置」
諦めた様な表情で呟くソフィア。
だが、俺達はそれはもうくまなく藤木田の家の中を探索した筈だ。それなのに全く見つからなかったとは不思議でならない。
「一体、隠し部屋なんて何処に……」
「私も当初、そんな物があるなんて思いもしなかったわ。でも、その板についた丸い突起に触れた時、急に本棚の一角が音もなく動き出したの。」
「……そうか!外からあの家を見た時に感じた違和感の正体は其れか!!」
思い返せば、外から見た時の家の外観と家の内部の間取り、そこにはどうにも腑に落ちないズレがあった。
あの時は気のせいだと思い直したのだが、これこそがレイノルズの姿が見当たらなかった原因、そしてソフィアの姿が一瞬で消えた謎の正体だったのだ。
「レイノルズは無事よ……思う所が合って少々手荒に扱ってしまったけれど、今もあの隠し部屋の中に居るわ」
「そうか……」
力無くカードキーを差し出すソフィア。
俺はその手に握られたキーを掴み取ると、それを懐へと仕舞う。
これで彼女は、俺が欲していたレイノルズの居場所という情報を俺に提供した事になる。
破れかぶれとはいえ、彼女は人質という切り札を自ら無条件に差し出したのだ。
――俺の命を掛けた、賭けは成功した瞬間だった。




