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1-01話 清々しい朝にスーツ男の死体

予約投稿が出来ていなかった

前略。

清々しい朝に筋肉野郎とマラソンをして逃げ切ったと思ったら、異世界なのに前世でよく見たスーツ姿のサラリーマンが倒れていた。

何を言っているかわからないと思うが……、俺も何が起こっているのか分からなかった。

寧ろ、頭がどうにかなりそうである。


何しろ、このエセ18世紀の様な世界で男の格好はどう見ても異質。

いや、無論俺の格好も人様から見れば十分異様だけど、そういう意味じゃあない。


今着ている学園の女子制服は長めのスカートにワイシャツというちょっと近世風のシロモノだけど、この世界の基本は、女性はドレス、男性はコートとワイシャツに綿製のズボン。


今、目の前で倒れている男が身に付けている黒色のシンプルなビジネススーツなんて、現世では一度として見たことがない。


「な、なんで…。スーツ姿のリーマンが……?」


誰かが着せたのか、目の前の男も異世界転生者か、もしかすると俺は元の世界に戻れたのか?ありとあらゆる可能性が頭の中を駆け巡り――


「っ!俺は、俺は、可愛いままだよな!?」


一番考えたくない可能性が脳裏に浮かんだ。


慌てて二の腕を見ると、そこには……。

細く白い華奢な腕があった。前世の様なムキムキで毛が生えた腕ではない。


よかった。何も変わっていない。

もし俺が前世の体に戻っていたら、ゴリマッチョが女子制服を身に付けているという犯罪的な光景になっていただろう。

俺はまだ転生先の世界に存在してる。


いや、安堵なんてしている場合じゃないだろう。


「け、警察……!警察を呼ばないと!」


驚きのあまり阿呆な事をやっていたが、まずは通報だ。

俺は震える手を必死に抑え、ポケットからスマホを取り出そうとする。


「――ッアホか!この世界にスマホなんてないだろ!!」


8年間も異世界に居るのに突発的事態では未だ日本の感覚が抜けきらない。

悪態を付くと、緊急事態を知らせる信号魔法を空に向かって放つ。

赤い煙と共に閃光が空へ飛んでいき、上空で輝き始めた。


これで暫くすれば衛兵が来るはずだ。


「オイ、嬢ちゃん……」

「うおっ!!?」


唐突に掛けられた声に、思わず飛び上がった。

見ると、既に生気はないと思っていた男。その両目が薄く開いている。


「お、オッサン生きてたのか……?」

「ああ……、もう長くはないだろうがな……」」


口の端からは赤いものが滴り、脇からもおびただしい量の血液が流れだしているその姿。

今までこんな光景を見たことがない俺だって、ひと目でわかる致命傷だ。


男は苦しそうに顔を歪め、笑う。


「お前さん……、日本人だろ?」

「な、何故……!?」


見ず知らずのオッサンの一言に、俺は思わず声が裏返る。

この世界で転生者だと言うことは当然誰にも言っていないのに。


「この世界の人間が死にかけのオッサンを見て……、スマホなんて探すもんかよ」


言われてみればその通りだ。

目を見開く俺を前に、男は上体を起こし、ゲボゲボと大量の血を吐き出した。


「クソッタレが……、俺も長くねェ」

「お、おい、動くな!今緊急事態を知らせたから、すぐに助けが来る!!」

「この身体じゃあどうせ保たねえよ…。ならお前さんの様な美しいお嬢ちゃんに抱かれて死んだほうがマシってもんさ」


……なんだろう、胸が痛い。


俺は手持ちのハンカチで男の傷口を抑える。が、顔が青白くなり始めた男には最早焼け石に水だ。

男は必死の形相で言葉を吐き出した。


「いいか嬢ちゃん……。一つだけ頼みがある」

「た、頼みだと!?」

「ああ……。もし、同胞、転生者に知り合いが居るなら知らせてくれ。『元の世界に戻ろうとしたら、奴らに目をつけられた』と」

「ま、待ってくれ!転生者!?オッサンと俺以外にも居るのか!?だとしたら何処に!!」

「嬢ちゃんが、知らないだけさ……。奴らの次のターゲットは、筋肉質の男だ」


筋肉質の男?ダーマン教諭とレイノルズしか思いつかないが……。


「兎に角後は頼んだぜ……、俺はもうそろそろだ」


待て待て待て、もうそろそろじゃない!!

転生者が他にも居るって、何だよそれは!?聞き捨てならないセリフだぞ!!


俺が詰め寄ると、男は口を開きくぐもった声で何かを口にした。

が、その声はもはや音として体をなさない。

動きは徐々に緩慢になり、全身が弛緩し始め、ついにはカクンと首を落としたまま動かなくなる。


まって、死なないでくれ!俺はまだ聞きたいことがあるのに!!


「オッサン!おい、オッサンってば!」


慌てて肩を揺するが、もう身体はピクリとも動かない。


「死なないでくれよ!一体転生者っていったいどういう――」



突然、まるで猫を持ち上げるような気軽さで、俺の身体が脇の下からヒョイッと持ち上げられた。


「おぅ?」


いきなりの事に混乱し、俺は素っ頓狂な声を出した。


「い、一体何だ!?」

「死者をそう乱暴に扱ってはいけないわよ?」


混乱しながらの俺の質問に帰ってきた声。

それは、抑揚の無い澄んだ少女の声だった。


「お、降ろせ!いきなり持ち上げるとかお前、何考えているんだ!?」


脚をパタつかせながら喚く俺、少女は俺の声を無視して話を続ける。


「私が誰かよりも、まずは信号を見て飛んできた私に目の前の状況を教えて欲しいわね。コレ、一体どういう状況なの?」

「いいから、降ろせ!!」



自分で言うのもなんだが、傍から見たら抱っこが嫌いな猫のようだったかもしれない。

俺は開放されるなり地面へ転がり、いきなり俺を持ち上げた犯人へ視線を向けた。


この世界では珍しい艶のある黒髪ロング。端正な顔立ち、そして真っすぐな鋭い眼差し。

随分と大人びた印象を受ける少女が、其処には居た。

俺と同じく王立魔道学校の学生服を身に着け、胸には再び同じくオレンジ色の学生章。

でも、こんな少女は今まで見たことが無い。


眉間にしわが寄る俺とは対照的に、少女は涼し気な表情だ。


「そろそろ私の質問に答えて欲しいのだけど……」


質問?

そうか、どういう状況かを教えろって言われてたっけ。


俺は少し考え込んだ。

そう言われても、俺はオッサンを助けようとして……、血まみれの制服で、血まみれのナイフの近くで血まみれの男を揺さぶっているわけで――


「……、別に俺が殺したわけじゃないぞ」

「いや、それは分かるよ……。アンタみたいな殺人犯なんて居るわけないし」

「ま、まるで殺人犯を日常的に見ているような言い方だな……」


呆れたようにため息をつく少女。

俺は自分がふと口にした感想に、思わずハッとする。


そうか……!


「もしや、警察だな。いや、それかコスプレ中のモグリか……?いや、そもそもお前は一体誰だ?」

「警察?それにこすぷれ?何を言っているのか分からないけど……、そりゃあ私の事をあなたが知る訳ないでしょう」


俺は少女の言葉にキョトンとした。


「記憶に無いと何故断言できるんだ?」

「だって、私今日転校してきたんだもの」


転校……?


言われてみれば、確かに他のクラスに転校生が来るという噂は聞いていた。まさか、こんなファーストコンタクトになるとは思いもしなかったが……。

確か名前は……。


「あー……。確か、確かジェーン・ドゥとかいったよな」

「それ忘れているって言わない?」


少女はジトリとした視線を俺に向けると、大げさに肩をすくめて答えた。


「私はアリシア・ウィルバートン。名前ぐらい覚えててよね?」



「いやいや!転校生が来るということを覚えていただけでも奇跡なのに、そんな名前まで覚えられるかよ……」


いわれのない苦笑に思わず反論する俺。

少女、アリシアは顎に手をあて軽く唸った後、それもそうねと小声で呟いた。


もしかするとこの子、ちょっと天然なんじゃないか?


「ところで、貴女は?」


俺の怪訝な眼差しを知ってか知らずか、アリシアは俺に名を名乗る様に言った。


「ライラ・ローランドだ。転入生がこんな変わった奴だなんて思わなかったぞ」

「それを言うならライラもでしょ?一人称が俺の女の子なんてそう居ないわよ」


……俺が男だって黙っていてもいいよな?


俺のこの背格好、初対面の人にこうした誤解を与える事はもちろん多い。そしてその度に、ドン引かれるのを承知の上で何時も俺の性癖と存在を説明してきた。

だけど、今アリシアにこの事を話せば面倒くさい事になるのは火を見るより明らかだ。


今日、女子制服来てきたのを之ほど悔いる事になろうとは。


俺の複雑な思いとは裏腹に、アリシアの視線は既に俺から目の前の死体へ移っていた。


「それにしても、この男は可哀想ね、知り合いを信じてこの格好で来たらいきなりグサリだもの」

「待て、なんで犯人はこの男と親しいって分かるんだ?」


アリシアのやけに断定するような口調に疑問を感じた俺は、つい尋ねた。


「わからない?この格好がその理由よ」

「格好だと?」


彼女は頷いた。


「そう、格好よ。だってこんな珍奇な格好悪目立ちするでしょ?それにも関わらずこの格好で来た。これが普通の事件ならその格好が好きだったからとか何とでも言えるけど、他のケースでもこういった事例が見られるんだもの。そこには理由があったに違いない」


アリシアの話は続く。


「その理由はわからないけど……。被害者全員が至近距離で急所付近をやられたってことを考えると、犯人と被害者は親しかったと見るのが濃厚ね。信頼の証を表すための、この変わったいで立ちで待ち合わせ場所に来た所をいきなりグサリ……ってとこでしょうね」


よどみなく推察を披露するアリシア。

彼女は立ち尽くす俺をしり目に倒れていた男の傍にかがみ込み、そのグロテスクな傷口をまるで愛玩動物を触る様に、白く細い指でうっすらと撫でた。


「うん、やっぱり。ナイフで2回。1回目はねじりながら抜いてるところを見るとブッ殺す気満々ね。けど急所を外してる。そして2度目。この傷を見るに、急いで逃げる必要アリと判断したってところかな?」


「……お前、死体が平気なのかよ。」

「むしろ貴方こそそんなビビっているけど、死体見たことないの?」

「いやいやいや、普通に暮らしてたらそんなの見ないだろ……」

「そうかな?」


何処かしらズレてるだろう、この女。少々変わったどころじゃない。

推理ヲタのイカれた女だ。


俺のなんともいえない視線を気にしたのか、アリシアはちょっと恥ずかしそうに笑った。


「じゃあ、今日がライラの死体処女喪失記念日ね」

「そんな記念日なんていらねえよ……」


間違っても、そんな爽やかな笑顔で発する言葉じゃない。


げんなりとした顔で答えた俺、彼女は再びその鋭い視線を死体に投げかける。


「それにしても不思議なものね。不思議な衣装、謎の機械、現場に残された遺留物から見つかる謎の言語。この世界の人間とは思えない被害者達を狙う連続殺人事件。一部では異界人殺し事件って言われているらしいよ」


突然転生してきた日本人。確かに異世界で見れば謎だらけだと思うが…。

ん?おい、ちょっと待て。


「連続殺人事件だと!?そんな事件聞いたことも無いぞ!!?」


「だって、担当しているの特務警邏隊だし…。まぁもう既に3件、コレを含めれば4件目。今日の夕刊あたりに載るんじゃない?」


まるで当たり前の様に言うアリシア。


ちなみにだが、この国には警邏隊(けいらたい)という組織がある。

これは、領地を守る騎士団から選出された騎士たちによって組織運営されている、前世でいう所のいわば警察の様な存在だ。

その上で、領地をまたいだ大規模な犯罪や革命騒ぎを取り締まる組織こそが、王立騎士団直属の特務警邏隊である。


だけど……、この特別警邏隊は日頃から黒い噂が絶えない。

栄光ある騎士団の汚れ仕事を担当していると言われ、巷では御上の為なら拉致監禁、拷問・私刑、はたまた裏切りまで平気で行うと囁かれる真っ黒な集団…。

そんな輩が追っている事件なんかに素人が首を突っ込めば、何が起こるか分かったもんじゃない。


そして、犯人はその裏仕事に長けた集団のその裏をかき続ける殺人犯。



俺がダーマンの筋肉から逃げた結果、偶然発見してしまった事件。

それは、まさしく超特大の地雷だった。

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