表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/28

2-05話 新たな武器

「レイノルズ君が攫われたわ……!!」


方々に散らかる木箱や麻袋を押しのけ、血相を変えて店に飛び込んできたアリシア。

俺は余りに取り乱したその様子に、一瞬あっけにとられる。


「レ、なんだって?」

「だから、レイノルズ君が連れ去られたのよ!!」


再度のアリシアの怒声。

ようやく事態が飲み込めた俺は、顔から血の気が引くのを感じた。


「おい、嘘だろ……!?」

「嘘じゃないわ、事実よ……!」


今まで見たことも無いような、険しい表情のアリシア。

俺は思わず、ゴクリと喉を鳴らす。


「一体……、何があったんだ?」


辛うじて口を出た俺の言葉に、アリシアは拳を握り締めながら答えた。


「こちらを出た後、レイノルズ君が紹介したい店があると言うから仕方なく、馬車に乗って移動をしていたのよ……」

「ああ、一応はお前とのデートという体だからな……」

「そして、少し行った先の裏通りに差し掛かった時、突然顔を隠した4、5人位に襲われて……、結果レイノルズ君が乗った馬車ごと奪われた」

「冗談だろ……!?」


俺は気がつけばアリシアににじり寄り、両肩に掴み掛っていた。


「な、何で反抗しなかったんだ!!奴が、レイノルズが死ぬかも知れないんだぞ!?」

「幾ら元騎士団の人間だって、凶器を持った手練れの大人達の相手は無理よ……。下手をすれば私どころか、レイノルズ君だって殺されるかもしれない。それなら、一旦引いて後から追いかけるほうが得策」


言われてみれば確かにその通りだ。

幾ら元騎士団所属の人間とはいえ、アリシア一人で複数人に対処するのは厳しいだろう。

そもそも訓練された大の大人でも複数人相手は難しいのだ。理屈ではよく判る。

だが…。


「だ、だがレイノルズは自分がダーマンを倒した人間だと声を大にして触れ回っていたんだぞ!?そんな輩共に攫われたら……」

「大丈夫よ、暫くはね」


友人の命の危機に対してパニックを起こす俺に対し、アリシアの声は冷静だった。


「暗殺が目的ならその場でケリをつける筈、拉致したという事は少なくともまだ殺すつもりが無いという事の裏返し」


アリシアはそこで一息つくと、俺の手を肩から外し、真っすぐにこちらを見据えた。


「それに、行き先の検討は付いてる。事件の犯人達がレイノルズ君を連行する場所、それは一箇所しかないわ」

「な、なら、俺を追いて先にいけば良かったじゃないか!!」

「さっきも言ったじゃない、私一人では無理がある。大きな問題もあるしね……」


問題とは一体何だ?

眉をしかめる俺に対し、アリシアは軽く額を押さえながら話し出す。


「あのね……。ライラのような中型杖ならまだしも、私のロッドの様な長物やサーベルは馬車の荷台に積むでしょう?」


そう言われ、俺はハタと重大な事実に気が付いた。

いざと言う時の為にロッドを携え帯剣していた筈のアリシア、それが今は丸腰状態なのだ。

先程迄もあまりにも嵩張る為馬車の荷台に積み込み、護身用ナイフを腰に忍ばせていた筈だが……。


待て、馬車ごと奪われただと?


「もしかして……、今の俺ら二人は……」

「攻撃手段が一切無い、只の一学生に過ぎないって事ね」


なんという事だ。

魔法杖を持っていない魔法学園の学生なんて、そんなのガスの無いガスバーナー並みに意味が無い。

確かに杖が無くても魔法を行使する事は不可能ではない、が威力は目も当てられない程。

その上、俺はこのナリだ。


とてもじゃないが、アリシアの様に剣を扱うことは出来ない。


「最悪の事態じゃねえか!!」

「落ち着きなさい!焦る前に、まずは打てる手を考えないと!」


アリシアの声に対し、思わず「随分と冷静じゃないか」と毒づきそうになってしまう。

が、毅然とした表情を崩さないながらも、真っ白になるまで堅く握りしめた彼女の拳を、その悪心は直ぐに萎んだ。

きっと、一番不甲斐なく思っているのは彼女だろう。

自信満々に策を弄した筈が、自らの気の緩みを上手く突かれあっという間に出し抜かれてしまったのだ。

その上で、自らの知り合いを命の危機に晒してしまった。

普段より強い正義感と責任感が垣間見える彼女の精神にとって、それは非常に過酷な筈だ。


「すまない……」

「いえ、悪いのは私の方よ……」


俺の謝罪に対し、アリシアは小さく返答すると、顔を伏せてしまった。

こういう時、気の利いた一言も言えない自分が憎らしい。

だが、このまま此処でじっとしていても事態が好転しないことは確かだ。


こうなればいっその事、アリシアの古巣、警邏隊に頼み込むしか無いのではなかろうか。

だが、仮に内部に間者が居れば、レイノルズばかりではなく俺達までも危険に晒されることになり、最悪の事態に繋がりかねない。

かといって、武器の無い俺達がレイノルズ救出に向かっても、木乃伊取りが木乃伊になるだ。

レイノルズの実家に急いで向かった所で、恐らく動くまでには時間が掛かる。

ソレじゃなくてもやつを囮に使ったなんてバレたら我がローランド家が吹き飛ぶだろう。

最早、万事休すだろうか…。


途方に暮れ、無言になる俺達。

静寂を破ったのは、不意に掛けられたロンゲン翁の言葉だった。


「黙って聞いていれば……実にしょうもない事で悩んでいるのう」

「……ロンゲン爺。どういう意味でしょう?」


発言の意図がつかめず聞き返すと、爺はフンと鼻を鳴らした。


「その答えの前に質問じゃ……お主らはアイツを殺した犯人を知っておるのか?」

「え、ええ。正確には実行犯の背後にいる人間達に心当たりがある程度、ですが……」

「恐らく、今回、レイノルズ君を拉致したのも同じ犯人の仕業でしょう」


アリシアは恐らくと言うが……、間違いないだろう。

仮に政敵が何かを画策したとしても、直接的に国有数の大貴族を敵に回すような行為を行うはずがない。

となれば犯人達の目的は一つしかないのだ。


「そうか……。主らは、坊っちゃんを助けに行くのかの?」

「奴は俺の親友です。見殺しになど、絶対に出来ないですから」


奴は阿呆だが、地位を鼻に掛けず、俺の趣味嗜好を毛嫌いすることなく、対等に接してくれる友だ。

平気で裏切るし、頭に来ることも多いが、それでも唯一無二の悪友だ。

助けに行かないわけには行かない。


たとえこの身が犠牲になろうとも、だ。


「そうか……」


翁は一言そう呟くと、おもむろに椅子から立ち上がり店の奥へと向かう。

ガサガサと木箱や麻袋、ともすればガラクタとも言える物々を動かす音が聴こえ、やがて翁は暗闇の中から大きな2つの箱を抱えながら現れた。


「……まずは嬢ちゃん、お主はロッド使いじゃな?取り回しに難のある大型ロッドを使っておるのは、大方火力と魔力バランスの問題じゃろう。」

「ええ。昔、杖を使用した際に火力不足と耐久性の低さに悩んだことがあって……」

「フム……ならば信じろ、儂の腕を。これならば嬢ちゃんの魔力圧にも耐えうるはずじゃ」


そう言うと、翁は箱を開け一振りの杖を差し出した。

黒檀の様な木材で造られた無骨なその杖は、一見にはあまり高価そうには見受けられない。

だが、アリシアが一たび魔力を流すと直ぐにその表情が変わった。


「凄い……、信じられないほどの伝導効率……」

「そうじゃろう、儂が造った物ならば当然じゃ」


翁は自慢げに答えると、俺の方に身体を向ける。


「そして、お主……この箱を開けてみなされ。」


未だ困惑する俺に対し目で促してくる翁。

俺はどういうことかと訝しがりながら目の前にある桐箱の蓋を取る。


「これは……!」


目の前に現れたのは、細い配管がいくつも取り付けられ圧力計の様なメーターが鈍く光る、真鍮と木材で形作られたメカニカルな物体。

俺は、その形状に見覚えがあった。


「機械式魔導器……!!」

「ただの機械式ではないぞ。近年発展目覚ましい隣国、大アルドミラ帝国の機械式魔動器をベースに儂の技術を詰め込んで作った、全属性にも対応可能な特注品じゃ」


科学が発展しながらも、魔法の研究で遅れを取る隣国で作られ始めた機械式魔導器。

癖が強く扱いが非常に難しいが、正しく使いこなせば従来の魔動器よりも圧倒的な大火力を引き出せる代物だ。

その構造の複雑さと希少性、何よりその性能の高さ故、恐ろしいほど高価であり王侯貴族でない限りはとてもでは無いが手を出せない、正に最高の魔動器と言えるだろう。


そんな機械式魔導器を、大貴族であるレイノルズが絶対の信頼を置く職人が仕上げた逸品……。

思わず手が震えてしまう。


「まさか、これを……。俺に使えとおっしゃるのですか……?」

「ああ、その通りじゃ」


翁はそう言って静かに頷いた。


「使うはずだったその杖の主、ジューローはもうこの世にはおらぬ……奴と同じ力を持ち、死に際に立ち会った者に託すのが、一番の弔いになるじゃろうて」


そこで口を噤み、静かに目を瞑った翁。

翁の心中を察した俺は、静かに空へと一礼し、魔動器を掴んだ。


俺達は未だ瞑想に耽る翁へ深々と頭を下げ、背を向ける。

翁の好意を無駄にしない為にも、一刻も早くレイノルズを探し出さなくてはならない。


「待つのじゃ!」


ドアへと向かう俺達へ、翁の引き留める声が降りかかる。

足を止め、振り返るった俺達に対し、彼は机に手を掛けながらこちらへと身体を向けていた。


「お主ら……名前を聞いていなかったな」


この世界の優れた職人達は普通、例え王侯貴族相手でもその名で相手を呼ぶことがない。

それは、一種の職人としての驕りであり、同時に自分の技術は決して安い物ではないという自信の表れから来る習わしである。

そして、そんな職人達があえて名を尋ね、そして名で呼ぶのは、相手が一流の人間であるか、或いは信頼に足る相手だと認識した時。

この行いは、ロンゲン翁が、俺達を信頼し、自らの技術の粋を詰め込んだ杖を託すという想いの表れなのだろうか。


「俺はライラ。ライラ・ローランドです。そして彼女は…」

「アリシア・ウォルバートンです」


姿勢を正して俺らが名乗ると、店主は深く頷いた。


「ライラにアリシアよ……、改めてお前さん達に頼みがある」


そこで一つ言葉を区切ると、翁は冷静さの中に怒気を孕んだ口調で呟いた。


「ヤツを、ジューローを殺した輩を、必ず見つけ出してくれ」

「お約束します」


深く頷いた俺らは、翁から託された杖を手に店を後にする。


レイノルズを助けるために。


そして、真犯人を探すために。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ