2-01話 ついに男だとバレました
ダーマンを倒す実力を持つ筋肉質の男。
レイノルズの行った行為は、正しくその地雷を踏みぬく行為に他ならない。
俺はその事実に気付き、愕然とする。
「いいか。よく聞け?このアンポンタン!この事件の犯人の次のターゲットはな、"筋肉質の男"なんだよ!」
「……は?次の、ターゲット?」
キョトンとした表情を浮かべたレイノルズ。
当然とはいえ、コイツは事の重大さが今一ピンと来ていないようだ。説明するのももどかしいが、俺は早口でまくし立てる。
「新聞では痴情の縺れから生じた学園の不祥事として扱っているがな、コイツは連続殺人事件だ。俺は事件の第一発見者として、そしてまだ息の在った被害者の男と話した時に最後にそう聞いたんだ。次に死ぬのは"筋肉質の男"ってな」
「待って、ライラ。その話は初耳よ」
「すまない、今まで言うタイミングが無かった。それに只筋肉質なだけの男なら、次の被害者を特定する助けになんてならないと思っていたんだ。だが、状況が変わった」
流石と言うべきか、俺がそれだけ言うとアリシアは瞬時に事態の深刻さを理解したらしい。
目を大きく見開いた後、納得したような顔で呟く。
「成程ね……、ダーマンを倒したと言いふらす筋肉質の男。彼を倒せる技量を持った『普通ではない』人間。それなら、次のターゲットになっても不思議じゃない」
「そういう事だ。無論、コイツは完全に無実だしどう考えても"転生者"では無い。だけど、そう"見える"という事実が問題だ」
そうなれば、次に起こる事態は容易に想像がついた。
一方、渦中の当事者は呑気そうに首を傾げながら俺に問い掛ける。
「あー……すまん、ライラ。話が飛躍しすぎて全く事情が読めないんだが、つまりどういうことだ?」
「要するに、貴方、殺人集団の次のターゲットにされている可能性が高いって事」
呆れた俺の代わりに、アリシアが頭を押さえながら答える。
レイノルズは暫しハトが豆鉄砲を食らったような顔で固まると、やがてポンと手を叩き腑に落ちた様な顔をした。
「なるほど……ああ、そうか!それで俺に何をしているって言った訳か!」
「理解したか、このマッチョ。脳まで筋肉に置き換わっていたのかと思ったが、そうじゃ無いみたいで一安心だ」
「いや、正直これに関しては中々に酷い言い草だと思うんだけどね……」
どうやら多少脳味噌は残っていた様である。
それにしても自分の生命に重大な危機が迫っているというのにこの動じなさときたら、知らない人間が見たら中々の大物だと感心するかもしれない。
「さて。お前、何日前からこうやって周りに言い触らしていたんだ?」
「勿論、お前が寝込んだ日から」
「この馬鹿野郎……!」
俺は頭を抱えた。
こんな奴でも俺にとっては一応昔馴染みの親友だ。
そんな奴が、間接的かつ被害者とはいえ俺が原因で殺されてしまったらどうするんだ?
例え今から警邏隊や学園を通して箝口令を強いてもらったとしても、恐らくは手遅れだろう。
それに、人の口に戸は立てられない。
知らず知らずの内に命の危機に陥った友人、俺は新たに一つの頭痛の種を抱える事になってしまったのである。
どうすればいいんだ、頭を抱え蹲る俺。
一方、落ち着かなさそうにキョロキョロと辺りを見回していたアリシアは不意に大きな叫び声を上げる。
「ま、待ってライラ。ちょっと!!」
普段冷静なアリシアが妙に狼狽した様子で、辺りを確認するその様を見、俺は慌てて臨戦態勢を取る
「何だ!!まさか、もう嗅ぎ付けて来たって言うのか!?」
「違うわよ!!」
アリシアは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「だって!ここ、男子トイレじゃない!!」
「……。いや、何か問題あるか?」
「当たり前でしょう!!ライラが余りにも自然に入るから私までついて来ちゃったけど、なんで男子トイレに平然と侵入してるのよ!?」
「あ、あー………」
マズイ、アリシアにはまだ俺が男だとは打ち明けていなかったんだった。
今此処で「実は男です!」なんて言えば、アリシアはきっと絶句するだけでは済まないだろう。
かといって、「別に男子トイレに入っても気にしないでしょ?」なんてデリカシーのない事を言える訳が無い……。
いっその事「実は男子トイレに入る趣味がある」なんて言うのはどうだ……、いや、それは幾らなんでも酷すぎるな。
とにかく、下らない話に時間を使うよりも、今は一刻も早く次の手を打つべきだろう。アリシアへ打ち明けるのはその後でも遅くはない筈――
「え、知らないの?コイツは男だぞ。」
「畜生――!!」
このタイミングでバラす奴が居るか!?
俺は急いでアリシアの方に向き直ったが既に時は遅し、彼女はまるで亡霊でも見たかの様な顔をして俺を指差し、屁っ放り腰で叫ぶ。
「お、男!?ラ、ライラが!??お、お、男!!?」
「おい、ライラ。お前まだ伝えてなかったのか?」
こればかりは悪いのはレイノルズではなく、今の今まで誤解を解かなかった俺だろう。
隠し通せる物でもないし、翌々考えれば隠す必要のある事でもないが。
「すまない、伝える機会が無かったんだ。」
首を垂れて俺がそう言うと、アリシアはまるで酸欠の金魚の様に口をパクパクと動かし、暗闇の中に幽霊でも見たかのような顔をする。
「その、ライラ……」
「ああ。」
「貴方が男って……本当……なの?」
「紛れもなく、俺の性別は男だ。」
「……ここが、実は女子トイレという可能性はないの?」
まだ信じられないのか、小便器のズラリと並んだ光景を前にそう尋ねてくるアリシア。
だが、その時突然トイレの外扉が開き、男子生徒が中に入って来た事で、事態はより悪化した。
「ふぅ!トイレトイレ……。って、うわあああああ!?男子トイレにち、痴女がいるぅウウウ!!?」
「へ!?わ、私!?痴女って私のこと!?」
アリシアを指差しおののきながら外へと飛び出す男子生徒。
彼女はその言葉に相当なショックを受けた様で、正に直立不動の状態で硬直していた。
「ライラが男で……、私が痴女……」
「ア、アリシア……?」
明らかに動揺したその様子に俺が恐る恐る声をかけると、彼女はハハッと笑うなり膝から崩れ落ちて床に倒れ伏した。
「アリシア!!」
急いで抱きかかえると、彼女はウーンという唸り声を上げる。
どうやら衝撃の余り、精神が限界に達してしまった様。
「……どうすればいいんだレイノルズ?彼女、気絶しちまったぞ」
「……いっその事、今からムキマッチョを目指して男だという事を肉体から証明したらどうだい?」
爽やかな笑顔でそう言うレイノルズの顔面に魔力を宿した拳を叩きつけつつ、俺はアリシアにどう言い訳をしようか頭を抱えたのであった。