エピローグ アリシアの日記
ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。
明日以降2章に入るので引き続きお楽しみください。
――私、アリシア・ウォルバートンがライラ・ローランドとタッグを組んだ初めての事件。
――それは私にとって苦みを伴いながらも楽しい経験であり、苦悩と希望をもたらしたのだった。
と、ペンを走らせたところで私は思わず口角を上げてしまった。
この様な出だしで日記帳に書いたのは久しい。かつて警邏隊の一員として市中の事件を追い掛けていた時は、特に三文小説を執筆している訳でも無いのに、よくこの様な書き出しで日記をつけていた。
乙女の日記とは程遠いシロモノだけど、頭の整理にはうってつけなのだ。見返す中で事件解決の糸口を見出したことも一度や二度ではない。
そして、今回のような特殊な事件なら常に脳はクリアでなくてはならない。
「こんな私の日記が、案外異形装束殺人事件の一級資料になったりして」
思わず頭に浮かんだ言葉に、気がつけばクスクスという笑いが漏れた。
だってこのなんの変哲もない私の日記が、後世において重要参考資料として警邏隊の資料室に収まったらそれはとても不思議で愉快な光景だ。血なまぐさい記述と私の普段が一緒くたになった雑記帳。
そんな資料を警邏隊の人々が血眼になって読み込むのだ。想像するだけでも面白い。
ひとしきり想像の世界に身をゆだねた後、私はふと嘆息する。
「それにしても困ったなぁ……」
理由は一つ、私の住む場所の問題だ。
警邏隊を追放されやむを得ず学校近くの寮に引っ越そうとしていた私だが、学校が一週間閉鎖になったおかげで危うく路上生活を余儀なくされるところだったのだ。
大家さんに泣きついて1週間延長してもらったが、それでも一週間は短い。
仮に今後も駄目なら、謝り倒してライラの部屋に転がり込むハメになるかもしれない。
まぁあの目つきの悪い少女は男勝りな口調で文句を言いつつ、最終的には仕方ねぇなぁ……、とか言って部屋に招いてくれるかもしれないが……。
「全属性魔法に……、異世界人が絡む事件に関わっているのよね……」
ライラのことを思い出すとどうしても今朝の事件に意識が向いてしまう。。
私を間一髪助けてくれたライラ。彼女は一応氷魔法の使い手ということにはなっているが、その実、伝説上の全属性魔法の使い手だ。
しかも私が殺されかけた時、高難易度の光魔法や闇魔法を詠唱無しで繰り出す技術も持つ騎士団顔負けの技量持ち。
それだけでも凄いのに、そんな彼女が魔法を放つ姿は惚れそうになるぐらい格好よかった……。
光魔法を放った直後に魔力切れか何かで倒れてしまったけど……、もし、彼女が気絶せず私の元まで来て、耳元で大丈夫?ってあの声で囁いてくれたら……。
思わず、好きですって言っちゃうそうなぐらい――
「……、待って!彼女は女の子よ。一体何を考えているのよ、私はっ!?」
心の中で自分を叱りつけ、冷静になる。
「騎士団の一員たるもの冷静であれ、ね……。まあ、もう騎士団じゃないけど」
自分の妄想に思わず赤面してワタワタしていると、隣の部屋からドカンという壁を叩く音が聞こえてきた。
今はとっくに消灯時間、いくら騎士団用のコンドミニアムといえ、大声で喚いていい時間じゃない。
兎に角冷静に…、と考えているとふと疑問が浮かぶ。
全属性魔法を使える理由は、かつてニホンという異世界に暮らしていた転生者だからだそうだが……。
「ということは、ライラは一回死んだのかしら?」
この国の宗教では人は死んだら天に召され、神と一緒に暮らすとされている。
が、彼女はその枠組みの外に居るというのだろうか?
「一度ライラからもっと詳しく話を聞かないと、事件の推理も進みそうにないわね……」
私は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「ちょっと煮詰まってきたかな。夜も遅いし、今日は寝ようっと」
私はノーマルの筈なのに、女の子にふと恋心を抱いてしまう程度には脳みそが煮詰まっているのだ。
久々の捜査もあって疲れているのだろうか。
糸が切れた私を襲う凄い疲労感、フウとため息をつくとヨロリとベッド脇に移動する。
「おやすみなさい」
私は誰ともなくそういうと、ガスランプの明かりをパチリと消した。
あの三白眼で目付きと口の悪い小さな少女にまた会いたい、と思いながら。
――しかし、8日後。私は彼女に再開し、そして驚愕の事実を知る事になる。
――さらには、再びとんでもない事件に巻き込まれる事になるのだけれど……。
――それはまた別の機会に話そうと思う。