プロローグ
1日1話投稿、だいたい6時半ぐらいの投稿を目指します。
ここだけの話をしよう。
今日、「学園一女子服が似合う男子」という名声をほしいがままにしている俺。
だけど実は、昔は筋肉ダルマだったんだ。
嘘みたいな話だろう?だが、これは冗談なんかじゃない。
ネオン煌めく繁華街を歩けばゲイパブの呼び込みさんに熱視線を向けられ、同級生の女子に告白しようものなら「え?君ってホモじゃないの?」と言われた程の美しい逆三角の肉体の持ち主だったんだ。
そんな男性を魅了するガチムチボディだった俺が、いったいなぜ「ライラ・ローランド」という身長155センチで茶髪のポニテ、三白眼の男の娘になってしまったのか。
それは一言でいえば、「異世界転生したから」だ。
転生に関する話?それは長くなるし、ありきたりだから省かせてもらおう。
兎に角、俺ことライラ・ローランドは「前世がガチムチで、華奢で可愛い男の娘に憧れた結果、願いかなって男の娘に転生した」ってことだけ理解してくれれば問題ないんだ。
それで俺のことの大体理解したといっても過言じゃないからな。
じゃあ、俺を構成する残りの僅かな要素は何か。
それは、この魔法と科学が両立する異世界にある「フランソール王立魔導学園の学生」という立場だ。
フランソール王立魔道学園。構成する生徒は主に魔法を使える貴族の子弟であり、名目上は国防に一役買う冒険者や魔道士を育成する事を目標と掲げている。
だが、前世でいうところの18世紀っぽいこの世界の特権階級で態々冒険者や魔道士を目指す奴なんて、実際にはほとんど居ない。
授業はもっぱら文書の書き方・読み方から簡単な計算、はたまたこの国の法律理解といった、前世の高校に毛が生えた様な内容だ。強いて違う事を上げるとすれば、貴族に必須の領地経営学ぐらいだろう。
最も、一応長年の伝統からか本当に初歩的な魔法なんかも教えてはくれるが…、幼少より家内において魔法を学ぶことになる現代においては正直あまり意味はないんじゃないかと思っている。
兎に角、俺は前世の様に――というと、語弊がある。少なくとも男に好意を向けられたことは無いし、ただただ男の娘ライフをエンジョイしている―― 一介の学生をしているのだが、たとえ容姿が変わろうと前世で染みついた自分の精神面は中々変化しない訳であり…。
「ロォォーランド!レイノルズゥゥ!!貴様らァ、今日という今日は生徒指導室に叩き込むからな!!!」
前世と変わらず盛大に遅刻した結果。今日も馴染みの悪友レイノルズと共に、冒険者あがりの熱血教諭ダーマンに追いかけられていた。
「畜生!なんだって今日に限って、ダーマンが見回りなんてしてるんだ!」
「俺に言うなレイノルズ!昨日は遅刻しても平気だって言ってただろうが!!」
「絶対に僕の計算は狂う訳がない!奴が今日見回り当番をしているのがおかしいんだ!」
前世で付けられた「遅刻王」という異名は伊達ではない。
この悪癖の他にも俺という一人称にがさつな行動は、現世において男の娘となっても一切変わらなかった。
そのツケを、今まさに払うハメに陥っている。
「クソが!!朝っぱらから何が嬉しくてお前と全力ダッシュなんてしなきゃいけないんだ!悪夢もいいところだよ!!」
「待て、俺は可愛いからいいだろうが!追いかけてくる中年筋肉野郎と一緒にするんじゃねぇ!!」
身長180センチの高身長に鍛え上げられた躯体の持ち主、金髪青年レイノルズは汗を拭いながら走る。
後ろのダーマン教諭と相まって、小鳥がさえずり丘陵から吹き下ろす風が青葉を揺らす、心地よい初夏の朝とは思えない暑苦しい絵面だ。
「うるせぇライラ、君は男だろう!だいたいなんで今日も女子制服なんて着てるんだよ!!」
「何となくそういう気分だったんだ。追いかけられるとわかってりゃ着てこなかったさ」
「何時も普通の格好で来やがれ!!」
時折女子制服で登校すると皆口をそろえてこう言うから困る、八つ当たりもいいところだ。
俺はため息を付いた。
もしダーマン教諭に追われていなければ、この快適さと素晴らしさを盛大に語ってやるんだが…。
それはそうと、一体いつまで走らないといけないんだ?
「レイノルズ!?俺らは何処へ向かっているんだ!」
「体育館裏だ!あの曲がり角を折れれば校舎までひとっ走りさ!!」
「なるほど、分岐が多くなるからダーマンも撒けるって訳か!お前にしては考えたな!!」
「お前にしてはは余計だよ!!」
レイノルズの記憶力に今は感謝しかない。
俺らは校舎を囲む重厚なレンガ塀が途切れる裏路地を目指し、日差しが照り返す石畳の上を全力で走る。
走る、走る、疾風のごとく!
時折足がもつれそうになり、この華奢な体の限界が近いことが理解できる。
だが、体育館裏に出れば後は校舎はすぐ其処だ!
「よっしゃ、ここだ!この曲がり角を折れればッ!!」
「筋肉野郎ともオサラバだッ!!!」
俺たちは歓喜の声を上げながら、角を曲がり脇道に飛び込んだ――
が、俺たちの目の前に唐突に現れたのは…。
天高く聳え立つ大きなレンガの壁だった。
「う、嘘だろ!?なんで壁があるんだよ!!」
「糞ッ!本当に素晴らしい記憶力だなァ、レイノルズ!!」
「昨日までは此処に壁なんてなかったのに!!」
悪態をつく俺に対し、歯軋りするレイノルズ。
声色から察するに、本当に前日まで壁なんて無かったようだ。
一瞬幻術という言葉が頭をよぎり、俺は壁に手を触れた。
だが、その壁は現実に存在し、しかも表面がツルツルでよじ登るような事もできない代物。
魔法で作られたようにしか見えないが、まさかな。
「と、とにかく!撤退だ!!」
レイノルズの慌てた声が狭い路地に響く。
だが、後ろから聴こえるザッ、ザッというワザとらしい大きな靴音がその未来を打ち砕いた。
恐る恐る振り返った視線の先。袋小路の前にダーマン教諭がニヤリと笑いながら立ちふさがったのだ。
「誰だか知らんがこんな所に土壁を造ってくれるとはなあ、おかげでお前らを追いかける手間が省けたぜ」
「クソッ、どうせテメーの仕業だろ!!」
「おいおい、俺の属性は雷だぜ?土属性なんて使える訳ないだろうが。全く、コレだから落ちぼれコンビは」
ニヤニヤと笑うダーマン教諭に対し、吠えるレイノルズ。
厭味ったらしい笑みには腹が立つが、挽回作を思いつかない限りは負け犬の遠吠えだ。
何よりこのままじゃあ、ダーマン教諭の熱血指導が待ったなし。
こうなったら奥の手を使うしかない。
「待ってください、ダーマン教諭!こんな愛らしい私を追いかけ回して、挙句の果てには熱血指導。コレはあんまりじゃあないですか!?」
俺は俺自身の愛らしさを全面に押し出し、ダーマン教諭の罪悪感を呼び起こそうとする。
ここで少し涙を浮かべるのもポイントだ。感情を込める事が重要なので、涙を直ぐに起こさせるような思い出を持っておくことが大切だと思う。俺はかつて飼っていた愛猫、な―ちゃんの事を思い出す様にしている。
しかし、かわいい俺の涙ながらの訴えも鉄仮面のダーマン教諭には届かなかったらしく、バカにしたような大げさなため息を吐かれた。
「アホかお前。いくら外見が女っぽかろうとお前は男だろうが!騙されるか!!」
「糞ッ、モートン先生には通じたのに!!」
「残念ながらあの男と違って俺はゲイじゃあないからな」
今朝一番聞きたくない情報だった。
「おい、ライラ!コントなんてしている場合かよ!?絶体絶命だ、なんか案はないのか?」
「そんなもん、ノープランに決まってるだろ?」
耳打ちしてくるレイノルズに対し、俺は額に脂汗をにじませながら苦笑する。
考えろ。考えるんだ、俺。こういう時はどうしたらいい?
一時の瞑想、焦る気持ちを落ち着かせる一呼吸。幾分クリアになった頭で俺は周りを見渡し、そしてハッとした。
「離れろレイノルズ!」
画期的な解決策を思いついた俺は、ベルトから魔法杖を引き抜き天に掲げる。
俺の魔法杖――刻み込まれた緻密な龍の彫刻が太陽の光に照らされ、まるで蠢く様な複雑な色めきを見せている――を掲げると、一瞬の後に杖の中でチェーンが回り、先端に青白い光が輝き出した。
「お前!一体何するつもりだ」
「来い!ウィンターホールド!」
先程までの余裕はどこへやら。慌てた様子で声を荒げ、こちらへ向かってこようとするダーマン教諭。
だが、俺の魔法の詠唱のほうが早かった。
杖を振り下ろすと同時に辺りは青白い閃光と霧に包まれ、俺の髪が氷魔法特有の冷風に揺らされた。
その眩しさ、そして寒々しさにレイノルズとダーマン教諭は思わず目を瞑る。
彼らが次に目を開けられたのは、俺が魔法によって召喚した薄氷の階段を駆け上がりだした後だった。
「き、貴様!」
レイノルズより先に俺が何をしているか理解したダーマン教諭は杖を振るうが、詠唱なしの魔法は威力が弱い。
教諭の電撃魔法を軽々避けながら、俺は薄氷の上を跳ねるように駆け上がる。
「お、おいライラ!僕の分は!?」
「すまない!流石に用意できなかった!」
飯を取られた犬のような顔をするレイノルズには悪いが、流石にあの短時間で完全詠唱はちょっと無理だ。
俺は踏み込むとパリッという乾いた音を立てながら砕けていく薄氷の階段をそのまま駆け抜け、残された二人をあざ笑うように最後の一段を踏み締めた。
壁をそのまま飛び越え、ストンときれいに着地。
後ろからは悔しそうな怒声が飛んできた。
「ライラ!絶対に許さねぇからなァ!!」
ダーマン教諭の捨て台詞を背に俺はほくそ笑む。
普段手玉に取ることなんて出来ない教師の裏をかいてやった。
こんな可愛い子を追いかけ回すほうが悪い、ザマァ見ろって奴だ。
怒れるダーマン教諭と哀れ生贄となった可愛そうなレイノルズ君を袋小路に放置し、俺は校舎に向かって空を眺めながら歩き出した。
「それにしても、今日はいい天気だな」
普段は独り言など呟かないが、今日は思わずそんな一言が漏れた。
空は蒼く澄み渡り、雲ひとつなくカラリとしている。丘陵から吹き下ろす爽やかな風は、全力ダッシュして火照った体を撫でるように流れていく。
「朝からダーマンに追いかけられるなんてツイてなかったけど、今日はいいことがありそうかな」
心地よい陽気に気を良くした俺は、ふと校舎へ近道しようと思い立った。
ああ、この時の行為を一生後悔するハメになるなんて思いもよらなかった。
それこそダーマン教諭の熱血指導を受けるほうが何百倍もマシだったと思うような自体に遭遇する事になるなんて。
陽気な気分で体育館倉庫の裏手の角を曲がり、まず眼前に飛び込んできたのは地面に落ちたヌラリとした赤黒い液体に覆われた大型ナイフ。
そして、茂みから突き出す二本の足。
「おいおい、冗談よせよ…」
よせばいいのに、俺は恐る恐る覗き込んだ。
折れた木の枝、複数の足跡、踏み荒らされた花壇。
そして、グチャグチャにへし折られた花に囲まれ、一人の男が仰向けに横たわっていた。
――この世界には存在しない、スーツ姿で。
コメントくれると作者は泣いて喜びます。