鉄と宝石の一族
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数日の野営を繰り返し、私たちはラコンデール城へとやってきた。
古い構造の石造りの巨躯。戦闘を念頭に置かれて設計された古城は、一面を高い崖に守られていた。
崖は河川が長い年月をかけて削ったものであり、その崖から顔を出せば人が落ちれば生きていられることは絶対にないだろう、といった程の距離に河川が流れていることを確認できる。
ラコンデール城の周囲はそのような崖と鬱蒼とした深い森に覆われており、今朝に至っては城を包み込む濃霧によってまるで異郷といった雰囲気を醸し出していた。
「年代物だな。もう戦城としては使えなさそうだが」
「はい。恐らく建造されたのは百年以上前になるでしょう。建造物の構造も比較的単純であり、全体的に小柄ですので」
「………戦をするに立地はいいんだがなぁ。まあ、そもそも内陸のこの地域が戦乱に巻き込まれることはねぇか」
欠伸交じりのウォーレンさんの言葉に頷く。この城はもう、戦う役目を持っていないというのは事実だろう。戦がないことは多くの人にとっては良いことだ。
だが、城にとっては戦がなければ己という存在と価値は簡単に忘れ去られる。それは、そう。きっと、少しだけ、”悲しい”というものなのではないだろうか。
「行くか、フラヴィア」
「はい」
そうして、私たちは古城の門扉を開く。鉄と宝石に彩られた一族の物語が、幕を開けた。
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「お邪魔します。メディリアス商会より依頼を受けました、薬師のフラヴィアです。こちらは護衛のウォーレンさんです」
「どうも」
「は、はじめまして………!!えっと、あ、………いえ、その。と、当主様を呼んできます!!」
分厚い木製の扉をくぐり、最初に出迎えてくれた侍女の少女に対し、帽子を取ると静かに礼をする。
そして、顔を上げると改めてラコンデール城について思考をめぐらせた。
………ラコンデール城は古城である。故に現在の主力となっている城塞に比べると随分と小ぶりであり、そして過去に改装を経ているのだろう、外からでは分からないが、内部から見てみれば居住空間が主体を占めていることが見て取れた。
形状としてはモット・アンド・ベイリーと呼ばれるものに近いだろうか。とはいえ、本来モット・アンド・ベイリーは積み重ねた土塁の上に塔状の木造、或いは石造りの建造物を作るという形式が多く、このラコンデール城の場合とはやや異なる。
この城は土塁を築かずに崖に接する形で宮廷に近い建造物を構成している。城特有の構造である塔などは確かに見て取れるものの、長方形の居住区の外に城壁は存在せず、あるのは堀と橋だけであった。
居住区、居館と呼ばれるその館の周囲には馬車や食料の備蓄庫が作られており、武装した侍女がそれを守っているのが確認できた。
「ローヴィシャート王国にこんな古い城があったとはな。昔、外征に行った時に見た覚えはあるが」
「確かに王国の建築様式からは外れていますね」
「つっても内部構造は大分弄られてるな。殆ど人の住む館になっちまってる。こりゃあ城とは言えねぇだろ」
「―――ははは、言ってくれるな。ただでさえ交通の便が悪いこの館、居心地が悪いと使用人が寄り付かなくてね。先祖代々の城を改築するのは苦渋の決断だったと聞いている」
金属の音を纏う、足音。
静かに視線を向ければ、先程の侍女を引き連れた少女が私たちの前に現れた。
頭の後ろで結い上げているのは特徴的なローズブロンド。腰には細剣が携えられているのが見える。しかし、金属の音の正体はそこではない。足元、手元に目を配れば、映りこむのは具足のそれ。
まるで騎士のように、彼女は日常の服装の中に鎧を纏っている。
胸元にフリルの着いた白いシャツに、黒色の上着。足元はマルシェ様と同じようにズボンを履いている。男装の麗人という言葉が非常によく似合う少女であった。
「おや」
紅い瞳を一つ瞬かせ、彼女に付き従う侍女の姿を捉える。
そういえば、彼女もローズブロンドである。ローヴィシャート王国においては金や栗の髪の色は珍しくはないものの、それでもローズブロンド………薔薇色の髪はあまり多くはない。私が視線を向けると、やや慌てた様子の侍女の少女はどこかに走り去ってしまった。
「改めて挨拶を。私はラコンデール領の次期当主、グロリア・ラコンデールだ」
「あ?………次期当主?」
「現当主は病に臥せっていてね。現在、館の管理や領地経営は私が担っているんだ。薬師や医師を募集したのも私だよ」
「そうでしたか。よろしくお願いいたします、グロリア様。それで、私の仕事は一体なんでしょう」
「早速仕事の話か、ははは。仕事熱心だね、そういう手合いは私は好きだよ」
瞳の前に垂れた髪を手で振り払うと、そのまま私たちを手招きするグロリア様。
具足の音を鳴り響かせる彼女についていくと、後姿をこちらに見せたまま、彼女が語り始める。
「本音を言えば………ああ、フラヴィアだったかな」
「はい」
「君にはこのラコンデール城にずっといてほしいんだ。けれど、それは無理だろう?」
「申し訳ありません」
「謝る必要はない。薬師や医師というのはどこでも人手が足りていないものだと、知識では知っている。人手が足りているのは王都だけだろう………そこで、だ」
靴の音が鳴りやむ。これほど音が良く鳴るのは、床に絨毯が引かれていないからだと認識した。一瞬だけ目を閉じて耳を済ませれば、この城の中にはたくさんの人が暮らしているのが分かる。
再び目を開ければ、グロリア様が城の部屋の一室を力強く開け放つ。そして、振り返ると私に対し、ゆっくりと微笑みかけた。
「君の知識を、どうか私たちに授けてほしい」
「成程。薬師を一人、育てたいという事ですね」
「そうさ。勿論、それと同時並行で、体調の悪い城内の者も治療してほしい。実を言うと、私も最近、体調が優れなくてね。無理を言っているとは思うが………」
「いいえ。困っているのであれば手を差し伸べるのが師との約束です。お任せください、グロリア様」
「………そうか。助かるよ、フラヴィア」
一拍、調子を乱されたように曖昧な表情を浮かべたグロリア様が身体を一歩、横に避ける。その奥から姿を覗かせたのは、数名の侍女だった。
「彼女たちが薬師候補だ。城内の侍女たちの中でも、頭の回る人間を集めた―――む?おい、ララーナはどこに行った?」
「ええと、まだ来ておりませんが………」
「あいつ………まったく。まあいい、あいつは所謂落ちこぼれだ、居なくても問題はない。フラヴィア、君が教育係として携わる生徒は、この三人とこの場には居ないもう一人だ。ララーナは先ほど、君たちを最初に案内した娘だが………」
「この場に集められる予定であったという事は、優秀なのでは」
「まさか。他にやらせられることがないから放り込んだだけだ。あの娘については授業についてこれないようであれば捨て置いていい。さて、何か疑問はあるかな?」
口元に指を置き、考える。
「現当主様の容態はどうなっているのでしょう?」
「ほう、流石薬師といったところかな。正直に言って、かなり悪い。現当主である母様は随分と前から病床に居てね、勿論医師を呼んでもいるんだが、解決の糸目は見えないんだ。………まあ、私たちラコンデール一族は代々男女ともに短命の一族だからね、定めと割り切っているよ」
「短命とは?」
「その言葉の通りさ。私たちラコンデール家の家系図を紐解けば一目瞭然………一族の者は皆、若くして死んでいるんだ。きっと、私たちは女神の胎盤を削っていることで怒りをかっているのだろう」
「女神の胎盤………ローヴィシャート王国における、古い鉱床の呼び名ですね」
「そうとも。長い年月、私たちラコンデールの一族は山を掘り、鉄を、宝石を抉りだしてきた。それによって利益を得てもいた。そのツケ、いわば呪いなのだろうな」
呪い。再び、その言葉を聞くことになるとは。
とはいえ、今回の私の仕事は呪いの解決ではない。それに、今回の場合に限っては統計学的に見た上での呪いのような現象であり、ステラ様のように具体的な症例として表れている訳ではない。
虚像としての呪いであると、今は判断できた。その情報はまだ頭の片隅に置いておくだけにする。
「他にはなにかあるかな?」
グロリア様の問いかけに、首を振って答える。
「いいえ。誠心誠意、取り組ませていただきます」




