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フラヴィア・リフティスノーラの薬草箱  作者: 黒姫双葉
二章 記憶という傷痕
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愛玩人形


***




ローヴィシャート王都は王国中央部からやや北西側にあり、リフティスノーラの屋敷はその王都から北東の方角におよそ十キロ程度の距離にある。大陸の西側に巨大な領土を持つ国であるため、国土を北へ上ればもちろん雪が降るし、寒さも増す。リフティスノーラの屋敷で九月の時点で紅葉がみられるのは、リフティスノーラの屋敷が王国内でも北寄りであるためだ。

私が数十日の時間をかけて連れられてきたのは、そんなローヴィシャート王国の北東、他国との国境に位置する、ブレーズ領と呼ばれている場所だった。

何日もの時間を一緒に過ごしておきながら終ぞ一度も口を開くことのなかった御者と、名目上は護衛の騎士が私を馬車から引きずり下ろし、見張りの尖塔が目を引く石壁の城の巨大な鉄扉を叩いた。吐いた息は白く、ドレス姿の私は寒さで震えが止まらなかった。

それもその筈だ。ここはもう雪が降り積もり、城の周囲の松は雪化粧を纏っている。


「リフティスノーラ家よりの使いだ!アンデルス・ブレーズ伯、姿を見せよ!」


肩を抱いて寒さを誤魔化していると、声を張り上げた騎士の言葉で鉄扉がゆっくりと開く。

中から現れたのは、剣を杖代わりにして歩く、枯れ枝のように細い禿頭の老人だった。毛皮を加工した、防刃服を纏ったその老人の齢は既に六十は超えているだろうが、ギラギラと光る、今にも噛み付きそうな獰猛な紫の瞳のせいで詳細な年齢が分かり難い。


「待っていたぞ、女神の一族。………ほう、それか。オッドアイとは珍しい」

「………いつも通り好きに使え」


御者に背中を突き飛ばされ、私の身体は鉄扉を潜る。入れ替わりに騎士は馬車に戻ると、


「これにて仕事は終えた。それからオレステス様よりの言伝だ。”聖公国がまた軍備拡張の気配を見せている。近く侵攻があるだろう、その際には役目を果たせ”とのことだ」

「あの狂信者どもか。は、いいだろう………リフティスノーラの次期当主を自由に出来たのならばあのような国、簡単に滅ぼせるのだがな」

「―――口を慎め。あのお方は女神の生まれ変わりだ。貴様のような狂人にはそこの穢れた人形程度が似合っている」


騎士はそう言い放ち、それに対して老人は空気が漏れるような掠れた笑い声をあげた。

鉄扉が閉まり、城の中に残された私を老人………アンデルス伯爵が見澄ました。

顔を隠している白い布を引き千切ると、口の端を歪ませた。


「は、初めまして、旦那様………わ、私は、フラヴィアと………」

「貴様の名などどうでもいい。リフティスノーラでありながら金色の髪と紅の眼を持って生まれた欠陥品か。女神の写し見より遥かに格は劣るが、なに―――たまにはゲテモノも良い」

「………ぇ」


瞬間、剣が勢いよく振られ、それが私の側頭部を叩いたのが見えた。いきなりの事に反応を忘れた私の視界は暗転し、一瞬で私は意識を手放してしまった。




***




「ぃ………ぁ………?」


頭と、そして下腹部の痛みで目を覚ます。

状況を認識できないまま、空ろな瞳で周囲を見渡した。薄暗い石室に何の物かわからない生臭い匂いが充満している。数人、周りに私と同じくらいの年齢の女児がいて、横たわった姿勢の私を憐れむようにして眺めていた。

………お腹が痛い。お腹の、奥の方が痛い。断続的に訪れる衝撃、朦朧としたまま視線を下に向ければ、一糸まとわない私の身体が見えて、そして―――。


「………?な、え………?」


同じく、衣服を纏っていないアンデルス伯爵が”なにか”をしていた。

いや。何かなど、性教育を受けているのだからもちろん知っている。女から純潔を奪い、そして子を為すための行為。茫然としている私をよそに、動き続けていた伯爵は満足したように、またあの口の端を歪める特徴的な笑いを浮かべると、一旦動きを止め、そして私から離れた。

………私の下腹部は、白いものでべたべたになっていた。


「だん、な、さま………これ………え?」

「やはり初物は良い。ゲテモノでも最初だけは満足できる」


私の問いには答えず、アンデルス伯爵は服を着始めていた。


「あの子、何も知らずに売られたんだ」

「可哀想………きっとすぐに壊れるね」


周りの子供たちの言葉の意味が分からない。でも、きっとこれは普通の婚姻じゃないということだけは理解できた。伯爵が思い出したように襤褸布を私に放り投げると、


「ここが貴様の家だ。よく来たな、我が新たな家畜の一匹よ」

「か、ちく………?」


言われた意味をゆっくりと理解する。きっとここは地下で、そしてリフティスノーラ家でお父様が私に言っていた、払い下げるという言葉。それは、こういうことだったのだ。

どこまで行ってもただの道具。姉と一緒に出てきた(・・・・)だけの、あの人の子供時代の愛玩人形。それだけの存在価値で、大人になれば不要物として捨てられるだけ。人としてすら扱われない。

………本当に、私はここに捨てられたのだ。


「ぁ………た………」


助けて、姉さん―――。

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