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フラヴィア・リフティスノーラの薬草箱  作者: 黒姫双葉
二章 記憶という傷痕
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月夜、二人


***




「あ、フラヴィア。珍しいね、こんなところにいるなんて」

「姉さん………?」


屋敷の外、広大な敷地の一角にある剪定で生じた葉や塵を焼くための焼却炉。掃除を終え、塵を纏めた私はその炉の前で姉さんと出会った。

いや、というかこんなところに居て珍しいのは姉さんの方だと思う。


「ちょっと………うん。掃除の、手伝いしてたんだ」


左手に握ったものを静かに背の後ろに隠す。流石に、自分で作ったものを全部捨ててしまうのは出来なかった。マドレーヌは殆どがぐちゃぐちゃに踏まれてしまったものの、一つだけ半分だけしか潰れてなかったものがあったため、それだけは回収していたのだ。

でも、こんなものを姉さんにはあげられない。いや、あげたくない。


「んー?ん~」

「な、なに?」


姉さんの整った顔が私に迫る。結構な勢いで思わずちょっとだけ、後ろに下がってしまった。


「フラヴィア。嘘ついてる顔してる」

「………えっ?!い、いや。嘘なんて、ついてないよ」

「それも嘘。私たちは双子なのよ?あなたの事で分からないことなにもなんてないわ」

「う、うぅ………」


思わず呻いた。本当に私の全部はお見通しらしい。くるりと私の後ろ側に回り込むと、隠していたそれをひょいっと掴み取ってしまった。


「駄目………床に落ちてるし、汚いよ」

「大丈夫よ、だってみんな綺麗に掃除してるし。靴だって毎日磨いてあるのよ?」

「でも、駄目なの………私は………穢れてるから………」


お父様の私は穢れているという言葉。あれは、単純な事実として腑に落ちてしまった。姉さんと同じ両親から生まれ、同じ血を引きつつも同じ特徴を有することのできなかった私は、きっと主たる女神から嫌われている。穢れているといわれても、不思議じゃなかった。


「あ、おいしい!」

「ね、姉さん?!私の話聞いていた?!駄目だよ、汚いよ!?」

「フラヴィアはお菓子作るの上手なのね~、ふふ、とってもいい味してる」

「あ、りがとう?」


結局、手に持っていたマドレーヌの欠片を全て食べられてしまった。そもそも私よりも姉さんの方が剣術や武術の練度が高いのだ、本気を出されたら何もできない。

でも、少し嬉しいのも事実かも。誰かのためになるのは良いことだし、こんな私の作ったものでもおいしいって言って貰えるのは気持ちがいいから。

ちくりと、まだ胸の奥にお父様の言葉が刺さっているけれど、無視して姉さんに笑う。


「おいしいなら、良かった………でも、内緒にして、ね………」

「うん、もちろん。大事な妹からの秘密の贈り物だもん、誰にも言わないわ」


年齢に似合わずに、大人っぽい美しい笑みを浮かべた姉さんは私の頭を撫でる。少し背丈に差が出てきた私たちは、姉さんのほうが背が高い。最近は見上げることが多い気がする。


「………ね、フラヴィア。今日の夜って暇?」

「夜?うん、何も用事はないよ」

「じゃあ、私に付き合って?行きたいところがあるの。まあ、屋敷の中なんだけどね」

「図書館とか?」

「違うわよ、もっといい場所。―――今日はいい天気だもの、きっとよく見えるわ」

「………?」


白魚のような指を空に向け、降り注ぐ日の光を白銀の髪に纏わせる姉さん。良くは分からないけど、でも姉さんが行きたいところなら、私も付いていくよ。

姉さんが大切っていってくれるように、私も姉さんが世界で何よりも、誰よりも大切だから。




***




夕食も終わり、使用人も多くが寝静まった深夜。この時刻を丑三つ時と呼ぶ国もあるそうだが、随分と夜も深くなり、物音の消えた屋敷の中を小さな蝋燭が照らす。

影はよく似た二人の形を壁に作り上げていた。


「姉さんって、普段はあれだけ貴族らしいのにこういう時だけ行動的だよね………」

「だって、息苦しいもの。それに今日は最初から部屋を抜け出す気だったわ」


姉さんも息苦しいって思うんだ。でも、それにしたってこれだけ夜遅くだとは思わなかった。


「それで、結局どこに行くの?私、まだ行き先聞いてないよ」

「行ってからのお楽しみってやつよ。どこに向かっているかはすぐわかると思うけどね」


その言葉の通り、腕を引く姉さんについていくとどこに行こうとしているのかはすぐに理解できた。でも、あの場所って行ってもいいのだろうか。


「あの、向かっているのって、白銀の鐘楼の塔、だよね………?」

「そう!あそこはこの屋敷の中で、一番月が綺麗に見えるの!」

「………月?」

「今日は満月、一年で一番綺麗な月が見える日だもの。フラヴィアと一緒に見たかったの」

「………そっか」


鐘楼の塔へ至るための螺旋階段を、私たちは手を繋いだまま昇る。小さな足音を二つ鳴らし。

―――そして、巨大な鐘と共に満天の星空と、静かに佇む月光が私たちを出迎えた。


「………っ!!」


金と銀がまじりあったような月光が、眼下の色づき始めた樹々を照らす。真夜中という時間でありながらも一切の昏さを感じないのは、雲一つない空が星と月の光を余すことなく地上へと伝えているからだろう。

空から落ちるは、淡い神秘色のベール。地上から照り返されるのは頬を染めた樹木のブーケ。

その狭間にて、姉さんは女神のように微笑んだ。


「ね、フラヴィア。今日はとっても―――月が綺麗でしょう?」

「………うん。星も、鮮やかで………良い夜、だね」


見開いた色の異なる瞳の中に光が墜ちる。こんな気持ちで空を見上げたのは久しぶりだ。


「フラヴィア。………フーラヴィア」

「な、なに………?」


姉さんが後ろから私を抱きしめた。暖かい感触に包まれ、心に刺さった棘が溶けていく。


「元気、出た?」

「………うん。すっごく出たよ。ありがとう」


本当に、姉さんには敵わない。私を抱く姉さんの腕に触れて、お礼を言った。


「まあ、普通に私がこの景色を見たいっていうのもあったんだけどね。私はこの季節、好きよ。黄色の葉っぱはあなたの髪のよう。紅色の木々は宝石みたいなあなたの左目。そして………天に輝く月は、あなたの右の瞳と同じ。そうやって大好きな妹をたくさん感じられるから」

「う、なんかその言葉はくすぐったい………」


だけど、姉さんが好きって言ってくれたから、私も言いたいのだ。


「くすぐったい、けど………私も姉さんが大好き。世界で一番、大好きだよ」


何故、私なんかを姉さんが好きでいてくれるのかは分からないけど。


「フラヴィア。あなたは本当は頭が良いの。だって何だって覚えられるでしょう?」

「憶えるのが遅すぎるもん。頭が良いなんて、ありえないよ」

「そんなことないわ。コツを掴めば一瞬よ。だって、私の妹だもの。………まずは、見ることが大事よ。誰も教えてくれなくても、あなたなら見るだけで理解できるわ。だから、ね。しっかりと相手を見るの。それだけでいいわ」


耳元で囁かれ、くすぐったさが増す。


「少し目線を変えるだけ。たったそれだけ。今、こうして月を見上げている気持ちで人を見てみなさい。きっと、出来るようになるから」

「………姉さんが言うなら、やってみる」


自分に期待をしていないけど、姉さんが期待してくれるなら、姉さんの言葉を嘘にしないために頑張らないと。月を見上げるような気持ち、か。


「どうしても、何をしてもダメだって心が叫んだときは、お姉ちゃんに相談しなさい。私たちは双子だもの………二人だったら、何でもできるわ。一緒なら、どんな困難も越えられる」

「二人、なら………」


二人だったら、何でもできる。その言葉は私の深いところにしっかりと刻まれた。


「また大人になったら一緒にこの月を見て、今度はお酒を飲みましょう。知っている?遥か東の国では、月見酒っていうのがあるらしいの。十四歳になったら、一緒にやりたいわね」

「うん、やろうよ。私も、私も頑張って、今度は―――」


一瞬、あまりに分不相応ではないかと不安になったけど、それでも言葉にした。


「今度は、ちゃんと姉さんの隣に並んで立つよ」


姉さんは驚きに眼を見開いてから、また笑った。


「ええ。あなたが隣に来るのを私は待ってる。………大事な可愛い、私のもう半分。この月のように美しい、私のフラヴィア」


こつん。後頭部に姉さんの額が当たって、そして。どちらともなく自然にこの言葉が零れた。


「「―――愛してるよ」」


静かに、月夜が私たちを見守っていた。

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