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フラヴィア・リフティスノーラの薬草箱  作者: 黒姫双葉
二章 記憶という傷痕
18/27

私と姉

***




私と姉さんは全く同じ日、同じ時間に生まれた双子だった。

しかし、リフティスノーラの血の性質を発現させた姉さんと違って、殆ど何の変哲もない赤子であった私は最初から誰の期待も受けずに育った。

特にお母様からの嫌われようは酷いもので、今まで一度も私はユノス様のことをお母様と呼んだことがない。もともと外部の人間であったお母様は、お父様に選ばれてリフティスノーラ家に嫁入りした。これ自体は誇るべきことだったのだが、問題は出産時に発生したのだ。

………それは私という欠陥品を産んだこと。

何もかもが完璧な姉さんを産んだと同時に、リフティスノーラの血を持ちながらもその特徴を持たない私を産んだことで、お母様のこの家での扱いは微妙なものになったという。

なにせ今まで一度も子が特徴を発現させなかったことのないリフティスノーラにおいて唯一の事例だったのだ。優秀な頭脳があれど、もともと身体があまり丈夫では無かったお母様は不貞を疑われたりその身体の弱さを責められたりした結果、さらに体調を崩し、最近はこの屋敷の中で療養生活に近い暮らしをしている。

そう。去り際に言われた私さえいなければ完璧だったという言葉は事実なのだ。きっと私がいなかったら、お母様は体調を崩していないし、お父様との夫婦仲ももっとよかったのだろう。


「い、たい………」


痛む足を引き摺って一人自室へ戻ると、私は質素なドレスを脱ぎ捨て、古びた机の引き出しを開く。ここには奥の広場から庭師のお爺さんに許可を得て頂いた薬草類が収納されていて、必要な時に取り出して使うのだ。剣術の授業などで怪我をしても薬を与えられることのなかった私は、こうやって自分で薬を作るのが当たり前のこととなっていた。

………もちろん、本格的に学んだわけでは無い。図書室の本を漁ったりして得た知識を使った完全な独学で、誇れるような技能ではないのだが。

エルダーフラワーの茎部分を粉末にし、水と合わせて練る。それを腫れた部分に塗っていく。

気休めなのかもしれないが、こうすると痛みが和らぐのだ。その上から包帯を巻いて一応の処置を終えると、下着姿のままベッドに身体を放り投げる。深く溜息を吐いて枕に顔を埋めていると、部屋の扉がノックされるのが聞こえた。


「は、はい!今行きます………!」

「あ、私よ。開けて貰ってもいいかしら?」

「………なん、だ。姉さんか。開いてるよ、入ってきて………」

「はーい。お邪魔します………って、フラヴィアなんていう姿で寝てるのよ!」

「ちょっと、横になってただけだよ」

「髪もぐしゃぐしゃじゃないの、もう!折角綺麗なのに勿体無いわよ?」

「………えぇー、姉さんに綺麗って言われてもなぁー」

「あ、ちょっと何よその顔と言葉。妹のくせに生意気!」

「え、んぅ、ふぁ?!ちょ………やめ、やめてぇ………?!」


私という先客がいるベッドに飛び込んできた姉さんは、そのまま私の脇腹をつつき始める。 もう、お父様とかお母様の前では普段あれだけ大人っぽいのに、なんでこんな時だけ子供みたいな行動するんだろうこの人は!


「あは、あははは!くすぐったいよ、姉さん!?」

「………ふふ。やっとしっかり笑った。フラヴィアは笑顔が似合うから、暗い顔してたら私が嫌なのよ。ね、もう一回笑って?」

「………きゅ、急に笑えといわれても困るよ………」


気が付けば、姉さんは私を膝の間に抱えるようにして抱いていた。お父様やお母様、教育係の方々に見られたら確実に怒られる格好だ。なにせ、淑女からは程遠い体勢である。

それでも、この状態は温かみを感じるとが出来て、とても落ち着く。


「………フラヴィア、ナイフを握るときはね、刃の付け根を持つのよ。そうすると力が入りやすくなって、とっても使いやすいの」

「そうなの?」

「うん。教育係の人に教わらなかった?」

「全然………一度見て、それを再現してって言われただけだったから」


私の授業はそんなのばかりだ。丁寧に教えてくれる人なんて誰もいない。いや、最初は教えてくれていたのかな。ただ単に私の覚えが悪くて、やる気がなくなったのかも。


「あなたは頭がいいから、すぐに覚えられるはずよ」

「頭なんてよくないよ。ただ姉さんの教え方が上手なだけ」


私が年々難しくなっていく教育に叱られつつも付いていけるのは、こうして姉さんがこっそりと教えてくれるからだ。剣術も作法もなにもかも、私は姉さんがいなかったら出来ていない。


「でも、いつか………姉さんに教えてもらったことを誰かに教えられるようにはなりたいな」


そんな人間になれるかわからないけど。それでも、貰った恩を返せるような人になりたい。


「夢、あるじゃない。ふふ、フラヴィアならいい先生になれるよ」

「………夢なんかじゃ、ないけど」


金色の髪を優しく撫でられて、頬が赤く染まる。同じ年なのに、姉さんはとても大人だ。


「それよりも何か甘い香りするんだけど、なにかしら」

「あ、それは多分、エルダーフラワーの香りだと思う。葡萄みたいな匂いするんだよ」

「エルダーフラワー?確か、ニワトコの樹よね」

「うん。足に塗ったのは茎だけど、机の中に花もあるから」


乾燥させたものを保管してあるのだ。きっと匂いはそこから漏れ出している。


「確かによく嗅げば葡萄みたいね。うん、シロップにしてみたらおいしいかも!」

「それは………考えつかなかった。やってみようかな」


砂糖と水、そしてこのエルダーフラワーの花があれば簡単に作れるだろう。砂糖を集めるのに少しばかり時間かかりそうだけど。


「ええ。もしも出来たら、味見させてね?」

「うん。………ふふ、たくさん、作るね」


姉さんは、とっても甘いものが好きだ。





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