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フラヴィア・リフティスノーラの薬草箱  作者: 黒姫双葉
二章 記憶という傷痕
17/27

痛み


***




「あれ、フラヴィア?」


夕焼けが照らす庭園。その最深部である、金木犀の通路を超えた先、私のお気に入りの場所。 多くの樹木や草花が花壇に植えられ、勢いよく葉を広げているそこに、姉さんが訪れていた。 朝とは違い、丁寧に整えられた膝裏まである白銀の髪を複雑に編み込んだ姉さんは、菫色のイブニングドレス、足元は宝石で形作られた花が装飾された群青のメリージェーンという出で立ちをしていた。恐らく、私と同じく舞踏会のレッスンをしていたのだろう。

姉さんのレッスンは私のそれよりも、より実践的だ。

家族であり、大好きな人であるということを差し引いても、その格好はリフティスノーラの家に飾られている女神の像よりも綺麗なのは間違いない。同性でも見惚れるほどである。

薄くルージュの塗られた艶やかな唇が、片足を抑えて芝の上に座り込む私に問いかける。


「もしかして、怪我しているの?」

「ち、ちがうの!ちょっと、レッスン中に挫いちゃっただけで………」

「それ、怪我してるっていうのよ!もう、ちょっと待ってて、今冷やすもの持ってくるから」

「だ、大丈夫。ここ、薬草とかたくさんあるからそれでなんとかするよ………それより、姉さんはどうしたの?」

「フラヴィアが夕食の時間になっても来ないから探しに来たの!」

「………あ、そっか。もうそんな時間なんだ………」


ここは自室よりも落ち着くため、つい時間を忘れてしまう。いや、夕食という時間が嫌いというのもあるだろうか。私を威圧するたくさんの目に囲まれる食事の時間は、どうに苦手だ。

それはともかくとして、何も食べないわけにはいかない。気を抜くことが出来ない、訓練のような食事の時間でも、生きるためには食べないとならないのだ。

スカートの裾を掴み、立ち上がろうとする。だが、挫いた右足が痛みを発して再び座り込んでしまった。………挫いたのを放っておいてここまで歩いて来てしまったのが駄目だったか。


「無理しちゃだめよ!………も~、私が背負ってあげるから」

「え、でも」

「いいの。もっと姉を頼りなさい」

「………うん。えへへ、ありがとう姉さん」


綺麗な洋服が皺になってしまうことには目もくれず、姉さんは私を背負う。


「相変わらず軽いわよねぇ、フラヴィア。ちゃんと食べてる?」

「いや、いつも一緒にご飯食べてるよね………?」

「あはは、それもそうねー」


―――こうやって、何でもできる万能の人なのに、軽口も言ってくれる姉さんが私は好きだ。




***




リフティスノーラ家の邸宅は王都からほど近い場所に存在している。古くから領地を持たない貴族であるリフティスノーラ家が唯一、個人のものとして所有しているその建物は、王城にも引けを取らない美麗さと威厳を併せ持っていた。

外壁は多くが白亜の色彩で統一されており、中心の建物を基準にコの字が鏡合わせになっているかのような左右対称の巨大な建物は、緻密な彫刻が刻まれた幾つものアーチ窓によって飾りつけられていた。屋根は空より深い紺碧の色で、中央の建物の屋根には白銀の鐘楼が見える。

あの鐘がならされたことは今まで見たことがないが、話によるとあれはリフティスノーラの当主が代替わりする時のみにならされるらしい。

庭園はそんな邸宅の周囲を囲むようにして形作られている。ちなみにその庭園の中には私の授業場所である灰色の離れ屋もあるが、私以外の屋敷の人間はほとんど使わない。

そんな白亜の宮殿の一室で、私は晩餐相手に苦心していた。

メニューは鳥のもも肉。私たちに対する試練なのだろう、もも肉は食事として非常に食べにくいことで有名だ。その理由は至極単純なことで、骨の付いた身をナイフとフォークだけで綺麗にするのが非常に難しいのである。

普通ならば、料理人の手によって食べやすいように切込みが入れられていることが多いが、今回はそれもない。………こんなものを綺麗に食べられるのは余程器用な人間だけだろう。


「アステリア。教育係からよくやっていると聞いている」

「はい、お父様。皆さまよく教えてくださいますので」

「それでよい。リフティスノーラの一族として恥じぬよう、これからも励め」


姉さんと話すのは、良く鍛えられた長身に短く刈り込まれた白銀の髪と、左に輝く黄金の隻眼を持つ壮年の男性だ。その話し方や振る舞いには狼のような鋭利さと威厳が備わっている。

この人こそが現リフティスノーラ当主であり、私たちの父親である、オレステス様だ。そして、最も上座に座っているお父様の次に位の高い席に座っているのが、プラチナブロンドの髪に碧眼を持つ若い女性であった。髪色は私の物よりも白に近いが、リフティスノーラの白銀の髪に比べると少々色味がくすんでいるのが見て取れる。当人はそれを気にしているようで、髪の色の話になると途端に不機嫌になるのだが、その理由の一端は恐らく私にあるのだろう。

女性の名前は、ユノス様………私たちのお母様だ。


「………」

「お母様、体調はよろしいのですか?」

「ええ、アステリア。大丈夫よ、ただの貧血だから。あなたは優しいわねぇ、ふふ」


愛しそうに姉さんの名前を呼ぶ両親をしかし、私は母や父と呼ぶことは出来ない。許されていない。食事の最中はずっと下を向いて、自分に与えられた食事を消化するだけだった。

最も下座に座る私は、三人の会話に加わることもなく、もも肉を解体する。


「ふむ。デビュタントもあと一年と少々まで迫ってきている。この調子で様々なことを吸収するのだ。いずれお前は王城にて陛下と共に国を支えるのだからな」

「はい。この血に宿る名に恥じぬよう、一層の努力を―――」


姉さんの言葉の途中、私のナイフが骨の上を滑った。それは陶器の皿を強く叩き、耳障りな音を発生させて会話を遮ってしまう。思わず声を出してしまい、すぐに顔を上げた。


「も、申し訳ありません………!」

「―――良い。だが最低限の作法すら身に付けられないのだな、貴様は。今宵はもう下がれ」

「………は、い」


やってしまった。俯き唇を噛んで、静かに立ちあがる。一礼すると、心配そうに見守る姉さんの視線に気が付かないふりをしながら、部屋を後にした。

ずるずると不格好に、痛めた足を引き摺りながら。


「本当に、何の役にも立たない子。………あなたさえいなければ、私は完璧だったのに」


………そして、呪詛のような言葉を背中で聞きながら。




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