ヴィストスとの、或いは友人との別れ
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「もう行くの?折角だからもうちょっとゆっくりしていけばいいのに」
「いいえ。流石に薬屋を理由もなく閉め続けるわけにはいきませんから」
「そっか。………残念だわ、もうちょっといろんな話がしたかったんだけど」
「それは。はい、申し訳ありません」
ノヴァリス家の邸宅前、そこで全ての荷物を纏めた私とウォーレンさんが、シーディルの街へと帰るための馬車を待っていた。。
ヒルメル様やフェレイラ様、ステラ様がそんな私たちを見送るために出てきてくれる。
結局一昨日ヒルメル様に言われた通りの期日に屋敷を出ることになったが、もしかすれば私が事を解決することも予測されていたのかもしれない。それ故の二日間だったのだろう。
「フラヴィア。ありがとう、色々とね。………残ったこの子との時間、悔いのないように過ごしてみます」
「はい。是非とも」
「僕からもお礼を言うよ。娘の呪いの正体、教えてくれて助かった。………まだまだ僕にも知らないことが多いようだ、まさかあんな植物が身近にあったとはね」
「育て方さえ気を付ければ、味わいの甘い人参です。寒冷地にも強いので、そういった形での販路拡大も狙えるかと」
「なるほど!ふむ、色々と思いつきそうだ」
才能がある人間は、周囲の人間の言葉から着想を得て勝手に進んでいく。フェレイラ様の言う通り、この方の才は普通ではないのだろう。
「フラヴィア、フラヴィア」
「はい」
「―――次はあなたの番よ。怖いことを乗り越えるまで、ずっと応援してるからね」
「………はい。ありがとうございます」
「えへへ、いいのよ。私の友達のフラヴィア。………フラヴィア・リフティスノーラ」
私たちだけに聞こえる声で、ステラ様が囁く。次は私の番、ですか。
「はい。はい、どれだけ時間が掛かっても、心を得てそして、この傷に立ち向かいます。ありがとうございます、ステラ様」
「むぅ、友達に様付けって何よぅ」
「はい。確かにそうですね。ステラさん」
「さんもちょっとあれだけど、まあ仕方ないか、フラヴィアだもんね」
呆れたように溜息を吐かれてしまった。その後、ステラさんは笑って、私に抱き着く。
「頑張ってね。身体に気を付けてね。怪我、それ以上しないでね。また会いましょう」
「はい、必ず。ステラさんもお元気で」
ノヴァリス家の門扉を超え、馬車が到着する。ヒルメル様が手配してくれたもので、御者台に座るのは専属の騎手だそうだ。
「いつか、その包帯が取れたら―――その綺麗な顔を今度こそ明るいところで見せてね」
「はい。ステラさんも、傷をしっかりと治すことに専念してくださいね」
「………お別れの時まで布あるの、嫌なんだから思い出させないでよ」
「それはステラの自業自得でしょう。いえ、私のせいでもあるけど」
「うぐ、傷のつけ方とかは色々と気を付けるべきだとは私も思うけど………はい、もうしません。反省してます………ふ、あはは」
本当に、ステラさんは昨日からよく笑うようになった。いや、今まではこうして笑っていたのだろう。些細な擦れ違いで”呪い”へと変じ、笑みが消えてしまっただけなのだ。
「それでは皆さん。失礼します」
「俺は特に何もしてないが、まああの執事長のおっさんによろしく言っといてくれ。割と苦労性っぽいの、未来の俺を見てるみたいで何となく親近感がな………」
遠い目をするウォーレンさんに対して首を傾げつつ、馬車へと乗り込む。
「じゃあね、フラヴィア!」
手を振る私の友達に、小さく手を振り返して、そして。馬車はゆっくりと動き出した。
数日間だけ滞在した屋敷が徐々に遠ざかる。明るい日差しが差し込み、春特有のくすぐったくなる陽気が頬を掠めた。
「ぉーい!!おーい!!」
「あ?………ああ、あの餓鬼か」
ノヴァリス家の紋章が描かれた馬車を見て、農作業に向かう途中のクルーラさんが私たちを発見した。手を振りながら勢いよく近くまで来ると、
「あれ、もう帰っちゃうのかー?!」
そう質問をしてきた。今回の依頼においての縁の下の力持ちにあたるクルーラさん。私たちが帰るという事から、ステラさんを巡る今回の事件に幕が引かれたことを理解したのだろう。
「はい。クルーラさんのおかげで、ステラさんの事件が解決しましたので。ありがとうございます、助かりました」
「い、いや俺は何もしてないし………でも、そっかあ。帰っちゃうのかあ………」
「あまりお店を空けておくわけにもいきませんので」
「な、なあ!また来いよ、この街に!おっさんの傭兵の話も聞いてないしな!」
「おっさんいうな餓鬼………ま、こいつ連れてまた来てやるよ、いつか話をしにな」
「ほんとか!?いや~、いいおっさんだな、おっさん!!」
「………やっぱやめてやろうか」
苦々しい顔を浮かべたウォーレンさんと私に大きく何度も手を振ると、クルーラさんは忙しそうに走っていく。
「またなー!!!」
相変わらず元気な人だ。ステラさんと同世代ということは十一歳、これからどんどん成長していくだろう。きっと、彼はとても格好の良い男性になる筈だ。男児の成長は早く、気が付けば大人になっているものだと言う。その背中に静かに向けると、御者が馬に鞭を打ち、客車が動き出した。
………そうして馬車は進む。ヴィストスの街と人に一旦の別れを告げて。




