不器用な異世界の始まり
「不器用な僕の彼女達の助け方」の続編となります。
「グッハッハッハッ、この世界は我が魔族、魔王チャギムが支配してくれる、逆らう者は皆死あるのみだ!」
西の山脈が連なる山頂に黒く渦巻く雲が空を覆い、巨大な黒き影が世界に響き渡る大声で叫び声を上げた。
ここはソウルソルト、剣と魔法が存在し、人やドラゴン、エルフやドワーフ、天使や悪魔など様々な種族が共栄共存し、バランスを保ち暮らす世界。
たった一つの闇の復活により、この世界のバランスの均等は呆気なく崩れた。
そう……一人の強大な力を持つ魔族、魔王チャギムが現れた事で、魔王は次々と魔物を生み出し、徐々に周辺諸国に侵攻侵略し、世界各地に魔物を送り込んでいた。
各種族はそれらに抵抗をしていたが、力のない村や街、国は次々に滅ぼされ、逆らう者は処刑されていった。
「お、王様……た、大変です、ついに我が王国にも魔王の軍勢が……」
一人の負傷した兵士が息を切らせて王様の元へと駆けつけた。
ここは魔王がいる城から一番遠く離れた最果ての王国、スタート王国。 このソウルソルトの数ある王国でも中規模ながら、軍事、商業共に豊かな王国だ。
「つ、ついに我が国にも来てしまったか……で、我が軍でどれくらい抵抗できそうなのだ?」
「はっ、申し上げます、我が軍をしてもこの勢いが続いては一年持つか……」
「そうか……ご苦労だった、そなたは負傷箇所を治療してもらい少し休むといい」
王冠を被り、白髪の髪に髭を生やした眼光鋭い初老、ココガ=スタート王が伝達をしに来た負傷した兵士に労いの言葉を送る。
「うむ、どうしたものか……賢者リン様、かつて古の時代、魔王が復活した際には勇者様が現れたと聞くが、今回は現れてはくれんのだろうか?」
「そうですね、文献によりますと『黒き魔現れる時、白き光が召喚され、暗闇を照らすであろう』とは聞くのですが……」
王様の横で佇む白く輝くローブを着た、桃色の髪を腰まで伸ばした穏やかな目をした二十代半ばの女性、賢者リン=マーシャルが答える。
「このまま勇者様が現れなければ、いずれこの世界も暗闇に飲み込まれ、全ての種族は滅びてしまうかもしれぬな……」
「そうはさせません!」
ココガ王が落胆の暗い顔をしている時に一人の鎧を着た金髪の青眼をした女性が大きな声を上げた。
「我が聖騎士団が魔王など討伐し、この王国を、この世界を救ってみせます、だからそんな来るか来ないか分からぬ勇者などに期待などせず、安心して我々にお任せください」
「おぉ聖騎士団長アリス=ローズ、戻っていたのか!」
アリス=ローズ、スタート王国の聖騎士団団長を務め、王国でも名高い騎士でも知られ、胸元まで伸びた綺麗な金髪を麻の紐で結び束ね、引き締まったスレンダーな体にDカップの胸、見る者を魅了する美しい美貌ながら、彼氏が未だいない独身の19歳である。
「はっ、先程近隣の村を襲って来たゴブリンを討伐し今帰還いたしました」
「そうかそうか、良くやってくれた……所で今の戦況はどんな感じなのか教えてはくれぬか」
「確かにそこの行き遅れ賢者様が王様に戯言を伝える事で我が軍の士気は下がり苦しい状況ではありますが、我が聖騎士団はそんなババア賢者の戯言に踊らされる騎士はおらず、少しずつではありますが戦況は好転してると思われます」
「あら、なんか私ディスられてらのかしら? 男も気持ち悪がって近づきもしない堅物聖騎士様がなんか言ってらっしゃいますね、下級モンスターばかり倒して、あたかも何か成果を上げたかの様に思ってる聖騎士様が何を言ってるんだか……もしかしてこんな暗い状況だから冗談の一つでも言ってくれてるのかしら……笑えないわね」
アリスとリンは互いが睨み合い、醜い罵声を浴びせる。
「まぁまぁ、そうは言ってもアリスは結果を残し、この王国一帯の魔王軍の侵攻を一時的にも抑えているのだから、それだけでも素晴らしい成果ではないですかリン様」
「ですが王様、楽観視はしては要られませんよ、この国は魔王軍から見れば最果ての地、まだ雑魚の魔物が進行してるに過ぎません、いずれそこの自称私TUEEEE女騎士様では敵わないそんなモンスターが現れるかも知れません、ですから早く古の様に勇者様をどのように現れたのか調べて、この地を救ってもらわなくてはいけないのです」
「誰が自称私TUEEEE騎士だ、誰が! そんなお伽話みたいな勇者が現れる事を待ってる間に魔物は進行して来てんだバカ、ただ能書きたれて何もしない行き遅れクソババア賢者より、私たちの方が何倍も役に立ってるわ!」
「はぁ? はぁ? 役に立たない? ゴブリン相手に討伐に何日もかかってる弱小騎士が、私なら1秒でゴブリン程度片付けられますが、良いわねアンタ見たいな弱小騎士は、雑魚ゴブリン相手に奮闘してればなんかやってる感出せて、ホッホッホッ」
「あん、喧嘩売ってんのかコラァ! 上等だ買ってやるから表出ろや」
「あらあら野蛮ですわね弱小騎士様、別に外でなくてもこの場で瞬殺して差し上げても良くてよ」
アリスとリンは火花を散らす睨み合いを続け、左の間に挟まれた王様はその光景をただただ眺めている他なかった。
「おぉ勇者様……早く現れて下さいませ、出ないと魔王より先に私の身が持ちません……」
王ココガは手を合わせ、天に祈る様に懇願した。
ーーーそんな騎士と賢者が言い争い、王が天を仰ぎ困っている頃、ソウルソルトから遥か彼方遠く離れた日本、東京都桜島市、桜台中央病院
「くしゅん!」
黒髪に特徴の無い顔、いったて平凡な少年はベッド脇のパイプイスに座りクシャミをした。 この少年、黒戸 白は東桜台高校一年生、少し前に起こった骨川財閥の崩壊に関わった一人であるが、本人はそれに気づいておらず、妹や大切な人が傷ついたのを助けただけだと思っている。
「どうしたのお兄ちゃん、クシャミなんて珍しいね……誰かに噂されてたりして……なーんてね、風邪引いてるわけじゃないんでしょ?」
薄紫色したボブカットの三白眼をしたごく普通の女の子は、黒戸 白の妹で、黒戸 紅と言い、桜野中学高の三年生で、生徒会長兼番長兼裏番長を務め、お兄ちゃんが好きで好きで、白を愛する余り、『白愛会』なる秘密結社を小学生の頃に結成、現在世界に会員数が推定1000万人以上存在すると言われている秘密結社『白愛会』の事実上トップで、前の戦いでは日本の財閥の一つ骨川財閥を壊滅、吸収し、白愛会の下部組織として財閥黒戸財閥を誕生させ、その勢力は更に拡大させていた。
そんな紅はベッドの中から目の前のパイプイスに座りクシャミをする少年に冗談を言いつつ心配する。
「あっ大丈夫、誰がに噂される様な友達も知り合いもいないし? 風邪ってわけじゃないから、心配してくれてありがとう紅」
「いやいやお兄ちゃん、私が知る限りではお兄ちゃんの事を噂する人沢山思い当たるけどね私……」
紅と呼ばれた女の子は苦笑いを浮かべ、ちょっと嫉妬まじりに心配そうに答える。
そんなやりとりを白と紅がしていると、ドアからコバルトブルーの綺麗な髪をお団子に束ね、前髪で片目を隠して鋭い目を向ける、桜野中学校二年、白愛会隠密部隊リーダー、渋谷 凛と、オレンジ色したセミロングの髪を二つに分けておさげにし、ジト目で白を見つめながらソバカスのある 頬を赤く染める、桜野中学二年諜報部隊リーダー、小林 薫が部屋に入ってきた。
「あっ! こんにちはです白様、クシャミですか、もしかしたら私達が先程白様の話ししていたからかもしれませんね、フッフッフッ」
薫は口に手を当てて、上品に笑った。
「さっき薫と一緒になって白様の話で盛り上がっていたので、私達の気持ちが白様に伝わったのかもしれませんね」
凛は白を見つめながら言う。
「ゴホン! あら凛に薫わざわざまたお見舞いに来てくれたのかしら? ありがとう……でも昨日も言ったけど、別にお見舞いには来なくて良いって言ったのに、私の気持ち伝わらなかったかしらね? ちゃんと耳元で伝えないと二人にわ理解出来ないのかしらね」
咳払いし紅は二人をベットの傍まで手招きすると、二人の耳元で白に聞かれないように呟く。
「なに私とお兄ちゃんの二人だけの時間邪魔してくれてんのよ! あれほど言ったわよね、二人邪魔だから来るなって? お兄ちゃんも迷惑してるわ……可愛そう」
紅は二人の耳に、低いトーンで威嚇するように話す。
「あらごめんなさい紅会長、私達紅会長が心配で心配で、紅会長の言葉スルーしちゃいました、ごめんなさい」
薫は上品に笑いながら、心配を強調して紅を睨みつける。
「誰が白様と紅会長を二人きりにさせますか、これは全世界白愛会会員の総意、何を言われようと邪魔させて頂きます」
凛は真面目な眼差しで紅を睨みつけて、邪魔する事を宣言する。
そんなやり取りをしている紅と凛や薫の三人を遠目から見つめ微笑み、白は病室の出入り口のドアに手をかけ、三人に声をかける。
「いつも紅のお見舞いに来てくれてありがとうね、凛ちゃん、薫ちゃん。 紅のお友達がせっかくお見舞いの来てくれたのに僕がいたら邪魔だろうから、そろそろ僕は帰るね、何かあったら看護師さん呼ぶんだよ、じゃーね」
白は言い終わると病室のドアを開け、三人に手を振り部屋を後にした。
バタンと言うドアが閉まる音が部屋に響き渡った。
「「……」」
紅、凛、薫の三人は無言になる。
沈黙からしばらくして、凛と薫は立ち上がりドアの方に歩き出すと。
「会長……私はここにいる意味を無くしたので帰りますね」
「私も、ここに来た理由が無くなったので失礼します」
凛と薫は軽く紅にお辞儀をすると、ドアノブに手を掛け帰ろうとする。
「待て、待て、待て」
紅は慌てて手を空中に伸ばして二人を呼び止める。
「言い方、『意味が無い』とか『理由が無い』とか、あんた達私のお見舞いに来たのよね? まだ来て数分も経ってないし、お、見、舞、い! お見舞いをちゃんとしなさいよ」
紅は凛と薫を呼び止めると、振り返った二人にベッドから愚痴愚痴と小言を言い出した。
「「勘違いさせてしまった様で、私は白様に会いに来ただけなので……申し訳ありません」」
凛と薫はシンクロしたかのようにハモり、冷たい死んだ魚の目の様眼差しで紅に言い放った。
「うっ!……だから、私は怪我人なのよ心配してよ、お見舞いしてよ、もっと私を労ってよ……」
紅はまた帰ろうとする二人に駄々をこねる子供の様に叫び、頬を膨らませる。
「あん!……はぁん? 怪我人? もう完治してる癖にどの口が言うんですか? ただ単に白様が心配し、お見舞いに来て、甘やかすから、紅さん図に乗ってますよね?」
一旦は帰ろうとした凛だが、紅の一言が癇に障ったのか、ドアノブに手をつけたまま振り返り、紅を見下すように見つめ、鼻で笑う様に紅に対し言い放つ。
「看護師さんの方々からも、『えっ会長? あーもう完治してますよ、むしろ前よりパワーアップしてるんじゃないんですかね』との証言も何人からも聞かれてますし」
薫もオッホッホッホと口に手を当て、声は笑ってはいたが、目だけは怒りの眼差しで紅を見つめていた。
「えっ! いや、違うのよ凛、薫……怪我は確かにもう治っているの、ただほら、お兄ちゃんエキスがね、分かるでしょ? お兄ちゃんの温もりが……」
紅はアタフタと慌てた様子で言い訳を撒き散らす。
「紅会長ご存知ですか? 白愛会規則『白様を私的に利用しない』と言う規則がある事を、今回の紅会長の行為は私的利用にあたるのでわ?」
凛は紅に、指をボキボキ鳴らしながら近づき低いトーンで話す。
「はぁ? 何を言い出すかと思えば、実の妹のこの黒戸 紅が白お兄ちゃんに甘えて何が悪いって言うのよバーカ、バーカ。 規則? 知った事か! 私が作った会なんだから、そんな規則があるとするなら、それは私以外の会員は私的利用を許さないって事よアホ! 嫉妬? 私と白お兄ちゃんが兄妹で愛し合ってるから嫉妬してるのね凛、言いがかりはやめてほしいわね、嫉妬なんて醜いわよフン!」
問い詰められた紅は逆ギレを選択し、トップとは思えない暴言で反論をした時だ、後ろから颯爽と病室に侵入し何者かが紅の後頭部目掛け平手で叩いた。
「醜いのはアンタだ!」
バコッ!
「い、痛い……な、何すんのよ!」
紅は誰かにツッコミを入れられ、後ろを振り向くと、そこにはエメラルドグリーンの髪を一つの束の三つ編みにし、黒縁眼鏡をかけた女性が紅の後ろに立っていた。
「『何すんのよ!』? はぁ? 後輩に対して、何子供みたいな能書き垂れて、規則違反を指摘されたら逆ギレ、アホですか? バカですか?……これが白愛会トップだと思うと……もう情けない」
その女性は頭を抱え軽蔑の眼差しで紅を見つめ、うなだれていた、彼女こそ桜野中学三年、生徒会副会長を務め、白愛会でも紅に続く実力の持ち主でNo.2を誇り、白愛会創設メンバーの一人である緑山 雫その人であった。
「だって、だって雫ちゃん……コイツらが私からお兄ちゃんを……」
紅は雫の顔を見るや、甘える様にスリスリと体を寄せる。
「……少し黙っていてもらえませんかね、紅会長?」
黒縁眼鏡の奥に、鬼の様な形相で紅を睨み、低い声で言い放つ。
「さーせん」
雫に睨まれた紅は渋々謝り、口にチャックする仕草で黙った。
((あーなんだろ、謝ってくれてるのに何故だか一つ一つの動作が私達を馬鹿にしてる様で腹立つ〜))
雫、凛、薫の三人の心はその時同じ思いを抱いていた。
「この前の戦闘に関わっていたメンバーがだいたい集まっているからこの前の戦いの事で話しておきたい事があるの良いかしら?」
そう言いながら雫はパイプ椅子に座ると、先程白が座っていた温もりを感じ一人高揚感にかられていた。
「あっ、ズルイ雫さん、私も座りたい」
凛は雫の様子を見て文句を言う。
「ダメよ、私が先に座ったのだから……これ以上話を脱線させないでくれる凛」
雫は顔を赤らめて言う。
「……いいなぁ〜」
凛は渋々だが雫の言うことに従う。
「この前の戦いって言うと、骨川邸でのジャック・ザ・リッパーと骨川 糞ノ山の件でしょうか?」
薫が答える。
「そうね、私達が手も足も出ず、紅ですら敵わなかった相手……あの時、白くんが助けに来てくれなかったら私達は生きていなかったかもしれないわね……」
神妙な面持ちで雫は語り出す。
「でね、その事でみんなに知っていてもらいたい事があってね、あの戦いでの二人のクソ共には共通した類似点が一つあるの……それがあのクソ共の体に使われていた素材がオリハルコンって素材だったて事」
雫は皆んなを見渡し答える。
「オリハルコン……?」
凛は首を傾げる。
「まぁ簡単に説明すると、現在の地球では存在しない金属で、伝説の素材とも言われているわね」
雫は凛に分かりやすく説明すると。
「存在しない金属がなんであのクソ共に使用されていたんですか?」
薫は雫の言葉を聞き、淡々とそれに答える。
「いい質問ね、そう今回皆んなに一番話しておきたい事はそこなのよ、なぜ現在に存在すらしない伝説化している金属が存在しているのか……ここから導き出される答えは一つ、この地球以外の場所が存在し、その場所に伝説の金属、オリハルコンはあるって事よね」
黒縁眼鏡をクイッと手で押し上げ、雫は力説するとドヤ顔で周りを見渡す。
すると今まで口にチャックをして黙っていた少女が口を開いた。
「はぁ〜、いちいち説明がまどろこしいのよね雫は……要するにこの地球にはない金属が存在する別の異世界の入り口を見つけたって事よ」
紅は雫のドヤ顔を見てため息をつき、皆んなにより分かりやすく説明する。
「おぉ、要するに今流行りの異世界モノになるって事ですね私達」
凛はすぐに紅の説明を理解した。
「いやいや、異世界モノが今の流行りってのはどうかと思うわよ凛、その上チートとか加わったら流石にキツイでしょ」
薫は凛の発言に否定的意見をぶつける。
「本当に馬鹿ねアンタ達は、今は妹モノの時代よ、そう私の時代……今どき、黒縁眼鏡の微妙な立場のキャラは論外だけどね……」
紅は自分のキャラをブッシュしつつ、雫をディスると、すぐさま雫は紅にゲンコツを食らわせ。
「下らない言い争いはしてないで、近いうちにその異世界に私達、白愛会が乗り込むから準備しておきなさいよ」
雫は紅のこめかみをグリグリと拳を押しつけながら、凛、薫に激を飛ばした。
こうしてある異世界の魔王復活の余波は、遥か遠く離れた地球にもその影響は及び、また新たなトラブルが黒戸 白の身に押し寄せてこようとしていた。