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ミナモ――1

遅くなりました。

「これってなんの冗談なの? 姉さん」

 私サイトウ・ミナモは姉であり上司でもあるサイトウ・スイ少将に問うた。


「私もじょーだんだと思った。でも違った」

 

 姉はいつものようにクールに端的にものを語る。正直言ってこの人は苦手だ。


「で、私が直接行けと?」

「うん、お願いね。私の部下を二人付けるから」

 私がいない間、誰がここを護るのよ?

「ナグモ君が二倍頑張る――らしい」


 ため息を抑えるので精いっぱいで、この時ばかりは姉の顔から目をそらす。姉は常に相手の眼をみて会話をする。そのどこまでも吸い込まれそうな瞳が――私は嫌いだ。

 優秀な姉は訓練学校を卒業するやエリート部隊に配属された。ありとあらゆる武器重火器を操り、肉弾戦では男数人を手玉に取る、最強の軍人だった。もしトランキルが現れなければさぞ有名になっていただろう。


「もし、彼次第ではミナモの部隊に配属したい」

 は? 何言っているの。


 信じられず姉の眼を見る。その目は本気だった。


「彼の適性が明らかになり、その適合率を調べた。その調査書通り、正に異常」

 

 W10の適正値、これだけでも異常なのに適合率がさらにおかしい。


「適合率100って……これ人間なの?」


 適正値とは如何にダイブに適しているか、その目安。適合率は操る能力の高さ。


「そう、人間。でも異常。彼は誰よりも反動も障害も誤差も無くダイブを装備でき、それを100パーセント操ることができる」

 ダイブって一種の人格みたいなものよ? それと誤差無く操れるなんてあり得るのかしら。

「分からない、でも検査の結果ではそうなっている」


 再び姉の眼を見る。


 姉は嫌いだ、すべてが私を上回っている。


 でも姉は適性が無かった。


 そして私はある。


「行ってくるわ、この目で確かめてくる」


 調査書を握りしめ、歩き出した。姉は何も言わない。





「あなたが隊長さんの妹さんね。まさか天下の死神部隊の隊長がこんなに若くて普通な感じとはね」


 ライトと呼ばれる乗り物に揺られながら、運転する禿と話す。彼は姉の部下だ、故に彼も嫌い。


「裏切りの味方を粛正する死神部隊シャイン、その隊長の見た目なんて想像すればそう言うのも分かるわ」

 そう私は裏切り者を狩るための部隊シャインの隊長だった。

 相手が裏切り者とはいえ、同じ軍に属する人間を殺す部隊。その隊長はどんなイかれた奴だ、そう思うのが普通だろう。出てきたのはその真逆の美少女、美少女? 凄まじくナチュラルに自画自賛してしまったわ。もしかして私ってナルシストなのかしら。


「サイトウ大尉は――」

「ミナモでいいのよ? 姉と紛らわしいでしょ」

「はっ! ではミナモ大尉と呼ばせていただきますね。とは言え俺もミナモ大尉とはどう階級、ため口でいいかな?」

 それも構わない、それより名を名乗りなさい。

「そういや自己紹介がまだでしたね、俺はヤチ大尉だ。助手席のオールバックの無口野郎がアキ大尉、俺らは少将の両腕ってところかな」


 こんな厳つい禿と、無口オールバックが両腕とは、姉のセンスって……。


「では改めて、ここからの流れを説明するぜ。まずトーイに着いたら俺らだけでこいつに会いに行く、理由は簡単。こいつの人間性有無によっては殺すため、あんたなら分かるだろ?」

 人間性――ね。どっちかって言うと使えるか使えないか、もっと言うと利用価値があるか無いかでしょ。

「その通り、更に言えばこんなバカ数値を叩きだす奴は危険だからな」

 利用できるならよし、それ以外は排除。やっていることは私たちシャインよりえげつないわね。

「まあ簡単に言えば何の罪もない一般市民を殺すか利用するかって話だからな」

 裏切り者を抹殺するあんたらの方が真っ当だ。そう言い笑うハゲ、実にキモい。


 そこからはお互い無言だった。


 分かってしまったから。


 こいつらは恐怖していた。


 兵士である私を。


 『軍人』でしかない姉の部下が、『兵士』である私を。




「それでは行ってくるぜ」


 ライトで移動し数時間、漸く着いた。


 窓から見えるのは豚小屋が立ち並ぶ、昔ニュースで見たスラム街のような場所。この格差は何だろう? まるで昔の姉と私だな、そう思った。


 この世界はどこか狂ってる。こう感じるのは私だけなのかもしれない。

 王都や富裕層街のみ栄え、それ以外は道すら整備されずに木と土でできた家に住む家畜の様な人間たち。一方は最新の道具と設備で生活を豊かに、方や何百年と変わらない道具で農業畜産業を営む。本当に同じ時代を生きる人間なのだろうか。


 ここトーイ地区も所詮はアイルに見限られた収容地区。形式上アイル駐屯地もあるが誰もいない、毎日の配給の時だけ来るのみ。

 こうやって彼らはトランキルによって蹂躙されるのを待つだけの囮にされているのだろう。ヘイトを少しでも王都からそらすために。



 コンコンっと音がする。物思いに耽っているといつの間にか二人が男を連れてきていた。窓を叩かれるまで気が付かないとは、兵士失格ね。



 ライトに揺られ、王都に帰還する。

 私の横に座る彼は無表情で何を考えているか分からない。仕方ないので私は再び調査書に目を落とす。


「俺は住み込みで働かされるのか? 荷物は元から無いからいいが」

 空気に耐えられなくなったのか、男が私に話しかけてくる。

 その顔はどう褒めようが貶すだけにしかならない、あまり見たくない顔つきだ。もしかしたら私の周りが美男美女揃いのせいで感覚がおかしい可能性もある。実際、見続けると意外に興味深い顔をしている様にも感じる。


 しかし、なにも聞いていないのかこの男は? 連れてきた以上は利用価値があるって判断だと思うのだけれども。もしかしたら私の部下になるってのを聞いてないのかしら。


「あなたほどの男をこんな辺境の地で働かせたら勿体無いでしょ? あなたには本部直属がふさわしいわ」


 たまにいるのだが、支部や駐屯地で働きたい兵士もいたりするのだ。普通は下手したらトランキルと戦闘になりかねない辺境に働きたいなど自殺志願者にしか感じないが、逆に言えば本部の目が届かずに好き放題やれる最高の地ともいえる。彼もそう言う類の人間なのかしら。


 人格面でのことも載っていないかと再び目を通す。見れば見るほど異常な数値だなこれ。

 ん? 嘘を見抜く力、状況を掴む力、相手の素性を掴む力。こんなものまでもっているのかしら、書いてあるけどにわかには信じがたいわね。

 でもまあ鍛え抜かれた兵士である私もそれくらいな――。


「そいつに載っていることが全てとは限らないが、それでもいいのか?」


 っ!? う、うそでしょ……私の思考を読んだって言うの。しかもこれだけでは無い、お前なんかよりも凄いことだってできる、そう言いたいの!? 


「――っ! そうですか。分かりました」

 そっちがその気なら、こっちにも考えがあるわよ。 

 私はダイブを起動した。――が。


「すまん、さっきからあれだったな。その、なんだ、堕ちたと思っていたからさ」


 ダイブは起動しなかった、しかしこの男が謝ると起動してくれた。

 これはどういう事? さっきから? 堕ちた? ――まさか! そう言うことなの!?


 この男、ライトに乗った瞬間からジャミングしてきていたのか! そして私のダイブの制御権を奪おうとしていた。ダイブを装備した兵士は制御権を奪われると思考と身体の制御すら奪われる。そのことを相手に堕ちるという。


 これは間一髪だったと言う訳か、危なかったわ。もしこのまま気が付かずにいれば間違いなく堕ちていた。この男、油断ならないわ。しかもすぐにジャミングを解除した、これは要するに「逆にジャミングしてもいいよ? できるもんなら」って言う圧倒的強者の余裕! 立場を見せつけてきたってことね。


 そこからは必死だった。ダイブに複雑にプロテクトを掛け続け、数秒ごとに暗号を変えていった。

 王都ドライブに着くころには汗だくだった。たぶん下着を絞ったら吸った汗が大量に出てくることだろう。


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