イチロー ――1
「落ちたか……」
ボロっちい床に寝そべりため息を吐く。天井は至る所が腐ってるし、息を吐くだけで床はギシギシ音をたてる。
こんなボロい小屋が悪い。いや世界が悪い。もっと言うとおっさんが悪い。俺は悪くない、落ちたのは俺以外の要因だ。間違いない。
工場への面接から早二週間。音沙汰なし。これはつまりはそう言うことだろう。
やっぱり、おっさんの言う通りに個性を出した結果かな。どこの世界に面接中にあんなに意味深なことをやる馬鹿がいるんだよ。はい、僕の事です。
い、いや違うんだ。人とは違う、特別な自分ってのを表現したかっただけなんだ。今思い出すだけで死ぬほど恥ずかしい。これが黒歴史ってやつか。
何したかって? まずいきなり立ち上がり「っ! この気配は!!」とか言ってみたり。集団面接中に他の奴の話し中に「なるほどね」とか「ふっ、嘘つけ」とか「ああ、あれの事か。でもあれは俺が……」とか言ってみたりなんかしちゃったり。完全に頭おかしい奴のそれだよ。
これはあれだなふて寝するにかぎ――。
「イソベ、イソベはいるか!」
突然ボロい扉を叩く音と同時に、焦ったような声が届く。
「えー、はいはい。いま開けますよっと」
つっかえ棒をどかし開けると、黒い軍服の男が二人立っていた。
うっわ、これアイル本部所属の軍服やん。え? なんで本部の人がこんな辺鄙なとこ来てんの。たしかここって本部がある都からかなり距離があるっておっさんが言ってたし、トランキルとかいう訳分からん生命体に襲われても助けは絶望的とか聞いたぞ。それなのに何故。
「――お前がイソベか?」
俺から見て右側にいるスキンヘッドのサングラス男が俺に問う。え、まじ怖いんですけど。なにこの、人を殺した数がカンストしてそうな見た目と声。
「お前は選ばれた。感謝するがいい」
左側の黒髪オールバックのサングラス野郎は、抑揚の無い声で俺に語り掛ける。
選ばれた? なにを。
――っは! なるほど。工場の面接に受かったって事か。あの数のなか選ばれた、選んだ俺たちに感謝しろってことね、把握把握。いやいや。
「遅いよ! 何時まで待たせんだよ!!」
もうかれこれ二週間だぞ。落ちたと思い込んで黒歴史に悶え苦しんだ俺に謝れ。そう思っても口に出さない俺、なんて小心者。
俺の返事が意外だったのか二人はかなり驚いた表情をしている。サングラスしているから目は見えないけど。
「……なるほど、お前は分かっていたわけか。そして待っていた、私たちが来るのを。そのやる気は買うが、これからの事は怖くないのか?」
スキンヘッドは一瞬ニヤッと笑い、俺を試すかのように言う。
分かってた? 待っていた? やる気? 何を言っているんだこのハゲ。
――っは! なるほど。つまり、工場に受かる確信があったのかと、それで合格通知を待っていたのかと、工場勤務は激務だけど怖くないのかと、そう言いたい訳か。
「笑わせるな、俺はフリーでいくつもの戦場を駆け巡った男だぞ。ある時は口のデカい奴を黙らせ、時にはいくつもの異物を排除し、必要とあらば上に位置する筋肉馬鹿を拳一つで…… そんな修羅場を潜り抜けた俺に怖いか? お前の間抜けさの方が怖いわ!」
今だからこそ思い出せる。元の世界で俺はフリーターだった。いくつもの工場の日給短期バイトに赴いては、偉そうなベテランパートババアの口うるささに耐え抜き、時には流れてくる不良品を誰よりも早く見つけ排除し、セクハラをしでかす筋肉工場長に殴りかかり、逆にカウンターで気絶させられた。こんな経験を積んだ俺が、今更食品のライン作業に臆すると思うてか。
何故か急に饒舌になる自分自身に一番驚いていると。
「そうか、やはりそうなのか。お前があの――」
左の奴が何かを呟いた。最後の方はまったく聞こえなかったが。
「待たせたのなら申し訳ない。それとお前を試したのは謝ろう、たしかにお前の適性を考えれば恐れる必要はないか」
「やはりあの時に適性を図っていたのか。途中から違和感があったからそうではないかと思っていたんだ。気が付いていたのは俺だけだろうがな」
面接官の質問内容がだんだんと専門用語や、実際に体験したものでしか理解できない無いようにシフトしていったのを見逃さなかった。つまり雇用枠とその倍率から考えて、必要とされていたのは即戦力。いち早く気づき、話を合わせた俺に抜かりは無かったということか。
「……まいった、まいった降参だ。まさかあれすら見抜かれていたとは。普通の奴には気付きようがないんだがなあれは、正にあの適合率が成せる技か」
「ふっ、まあ俺クラスのフリープロにかかれば当然だ」
因みにフリーターのプロを勝手に自称しています、わたし。
ふふ、落ちたと思っていたが受かっていたか。やはりいくつもの面接を受けた場数にはほかの者たちでは敵わなかったという訳ね。
「早速で悪いが、今すぐ来てもらうぞ」
行く? どこに。
「本部があるドライブにだ」
車の様な乗り物に乗せられ、俺はこの世界に残った街の中でも最大の街、ドライブに向かっていた。
アイル本部が存在し、トランキルの住処から離れたその街は世界の中心になっているらしい。滅びたいくつもの国の上層部の連中や上級階級の貴族がそこに避難しているらしい。全部おっさん情報。
「俺は住み込みで働かされるのか? 荷物は元から無いからいいが」
車モドキの前の席には先ほどの軍服二人組が座り、スキンヘッドが運転をしていた。後部座席に座る俺ともう一人の軍服を着た美人さんに話しかける。しかしこんな体のラインが完全に出る軍服ってどうなの? あの二人は普通なのに。おっぱいが強調されまくってて股間に悪いんですけど。
「あなたほどの男をこんな辺境の地で働かせたら勿体無いでしょ? あなたには本部直属がふさわしいわ」
キスしたくなるプルンプルンの唇を小さく開け、綺麗な声で話す。なにこれ、顔も体も声も美人とか、チートですか? 俺なんてブス、貧乏、低学歴のゴミよ? この差は一体。
と、言うより本部直属ってのはどういう話だ? 面接受けた工場も一応はアイルの管轄だが、確かあそこはアイルの支部のものだったはずだが。
――っは! なるほどね。あまりに高い工場への認識と知識が本部の目に留まったのか。それであの工場から本部の工場にヘッドハンティングって訳ね。今にして思い返せば前の二人も、この女性も手に持った資料と俺の顔を見比べている。その資料に俺の情報が載っているって寸法か。
「そいつ(紙}に載っていることが全てとは限らないが、それでもいいのか?」
あの時面接で語った内容だけでは判断はつくものでは無いだろう。もう少し慎重に、それこそ二次面接とかするべきなのでは? と若干ひよってしまう。だってそんなに期待されたことないもん。これで無能晒したら恥ずかしいし。いや、工場勤務に関してはそこそこ自信あるよ? でも所詮フリーターだし。正社でしかできない仕事とかも結構あって、そう言うのはやったことないし。
「――っ! そうですか。分かりました」
もしかしたら怒らせてしまったのかもしれない。急に顔を背けられ、話しかけんなオーラを出される。前の二人も若干怒ってるぽい。
よくよく考えるといきなり遅いとか言ってしまったし、フリーター(現在ごく潰し)の分際でさっきから偉そうだったかもしれん。そうだ、実際あの倍率を考えれば時間がかかるのは当たり前。むしろ早とちって落ちたと思い込んでいじけていた俺が悪い。謝るか。
「すまん、さっきからあれだったな。その、なんだ、落ちたと思っていたからさ」
空気を読んで謝るも、何故か余計空気が重くなりました。何故。
重い空気のなか、車モドキはアイル本部に向かう。仕方がないので俺は妄想して現実逃避をした。内容はそうだな、超かっこいい探偵で。
読みづらかったら教えてください。