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総司令――1

総司令視点です。

「適合者も数だけは居るんだがな……」

 泥よりまし程度のコーヒーを啜りながらぼやく。しかしそれにこたえる者は居なかった。


 アイン本部の会議室に集まった総司令と八人の幹部は、ただただ顔を顰めた。

 現在トランキルの猛攻は留まるところを知らず、人類は無残に散っていく。質が悪いことに、奴らは何らかの選別方法に基づき住処に持ち帰る。運よく脱出できた者の話によれば、男は何らかの人体実験に、女は苗床にされているらしい。


「奴らに邂逅して二年、漸く奴らの増殖方法が分かったのは良かったんですけどね…… まさか我々の女性が使われているとは」

 この中では一番若く、唯一の兵士でもあるナグモ少尉は怒気を交えながら語る。この二年間、常に最前線で戦い抜いても失われない優しさは多くの者たちを魅了し、今や若くして小隊を預かる隊長になった。

 階級こそこの場にいるには相応しくないが、彼が率いる部隊はアイル本部最強のエース部隊。故に幹部集会にも顔を出すことを許可されていた。


 状況は正に絶望。アイル総司令として二年間采を振るっては来たが、状況が良くなることは無かった。

 トランキルに対し一般的な武器の効果は薄い。もちろん効かないわけでは無いが、その物量を前には焼け石に水。唯一の対抗手段と言えば、適合した者だけが扱える武器『ダイブ』のみ。ダイブ使いは兵士スイーパーと呼ばれ、人類を抑圧せんとする敵を払う役割を担った。

 ナグモは優秀な奴だ。人類史上最高の適合率を持つ最強の兵士。そんなナグモをもってしてもムツキを複数体相手どるのが精々、キサラギ相手には一対一で漸く互角だ。


「ムツキ一体に一個小隊、キサラギには二個中隊で当たるべし。これが基本戦術。それに対し敵は基本的にムツキが数十規模で侵攻する。ふ、話にならん」

「ムツキだけならいい、問題はキサラギだ。あれに関しては被害覚悟であたるしかない、相手取るだけで兵士が減って行く」

「――まあ不幸中の幸いと言えばヤヨイとウヅキは住処周辺にしか現れないってことかね」

 イノセ中将、セノ准将、ヤマダ大佐が語る通り、もはやこれは戦いでは無かった。そう、これは時間稼ぎ。人類が滅亡するまでの。


「総司令、今回の適合試験の結果はどうなったんですか?」

「そういえばやってたな、確か工場の雇用面接の中で勝手にやったんだっけか」

「まあ今更兵士になろうってのは少数派ですからね、難民が増えすぎて一人一人の把握すらできてませんし、強制的にやらせても反感を買うだけ、ならこうするしかないですよ」

「ナグモも言うようになったな、おい」

「それはそうですよタカギ少将、ここのみなさん口が悪いんですから」

「言ったなてめえ!」

「うわ、ゴリラが怒った」

「サイトウさん、ゴリラの事をイノセって言うのは止めなよ。可哀想だろ? ゴリラが」

「逆だろ! てか俺が可哀想だろ!! おまえら上官を何だと思ってやがる」


 タカギもイノセもサイトウもナグモも、この場違いの明るさと無礼さは俺たちを気遣っての事だろう。総司令の俺やその右腕のヤシロ大将は悲観的に成らざるをえない。ゆえにこの中では比較的若い四人が場を明るくしてくれる。もう一年以上も前からの構図だ、正直非常にありがたい。


 ヤシロ大将――アイルの頭脳であり俺の右腕。長い白髪を一括りに纏め、しわと傷だらけの顔をあえて晒す厳格な顔つきの細身の男だ。


 コウノ中将――無口且つ冷静な男。最年長で引退していてもおかしくない歳だが、目だけは誰よりも鋭く光っている。ついでに頭も別の意味で光っている。


 イノセ中将――三十と言う若さでこの地位を手に入れた天才。百九十を超える身長と体格や豪胆な性格からは想像もつかない戦略を打ち立てる軍師的な面を持つ。


 サイトウ少将――この中では唯一の女性。若く美しい見た目からファンも多いが、クール過ぎる面があり協調性に欠ける。世にも珍しい青い髪をした長身の姿からは想像もつかない力を秘めている。ダイブの適性が無かったことが悔やまれる。


 タカギ少将――四十そこそこの、経験を沢山積んだ軍人の中の精鋭。イノセほどではないが大雑把な性格と見た目をしており、不ぞろいの髭と軍服の着こなしからだらしない印象を受ける。


 セノ准将――常に冷静に事を運ぶ天才。家柄、学歴ともにエリートであり、本人も高い能力を持つ。自分に対する絶対的な自信はあるが他者の能力を見抜く力にも長け、見下すことは無い。欠点と言えばあまり褒められない顔と低い身長くらいか。


 ヤマダ大佐――眼鏡を掛け、髪を逆立て整った顔立ちをしている。大隊、師団規模の軍勢を率いる戦術家。軍の方針を決めるイノセとは同期で親友でもある。


 ナグモ少尉――赤い髪に黒い目をしたどこにでもいそうな若者。しかしその実態はアイル最強の兵士にして彼の率いる小隊はアイル最強の遊撃部隊として有名だ。本来ならもっと上の階級でもおかしくは無いが。


 この八人と俺、毎度行われる幹部集会。


 いつも通りにバカみたいな平行線の終わらない会議。


 そう思っていた。


「確かその結果はヤマダが持っている資料に書いてあるはずだ」

「え? これって本物の調査書だったんですか!?」

 ん? お前は何を言っているんだ。

 そもそもこんな会議で使うものに本物も糞も無いだろう。

「そうだぞヤマダ! お前までふざけだすと収拾がつかなくなるから真面目にやれ!!」

「イノセにだけは言われたくは無いな。しかしこれを見ても本物だと思いますか?」

 一体なんだと言うんだ。


 俺たちは渡された調査書をみて言葉を失った。


「い――」


「「い?」」


 言葉が上手く出てこない。

 声が震え、手からは汗が噴き出てくる。

 落ち着け、俺。すー、はー。よし、大丈夫だな。


「今すぐこの男を連れてこい! そしてこいつにあのダイブを使わせろ!」


 皆が己の役目を果たすために会議室を飛び出した。残った俺はいつの間にか握りしめていた調査書に再び目を通す。


 適正値――W10。


「ふふふ…… 多くの兵士はP98、あのナグモの部隊の面々や各エース級がW1。ナグモすらW3――これが笑わずにはいられるか!」


 俺は、俺たちはついに見つけてしまったのかもしれない。アイルでは無く、一個人としての救世主を。




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