第七話 聖人 後編
遊ばれている。自分を過信していたことと悪魔を見縊っていたことをすぐに気づかされた。悪魔は私が攻撃を躱すと包囲する魔力の塊を増やし、前の攻撃より多く発射することを何度も繰り返す。これも単調なことだから躱すことは可能だった。
しかし、先程までのはただの遊びだが、今の攻撃は遊びながら確実に殺すものだ。本当なら簡単に殺せるのにわざと回避させる。そして、逃げ場を少しずつ失うことに絶望させて、私を食うのだろう。
「さて、後何分かな。お前が聖人でいられるのは」
「一分。いや、三十秒かな」
聖人は因子を完全に操作することが可能な存在だが、それだけの存在で人であることには変わりない。人には不可能なことを行っているのだから当然リスクがある。因子を使い続ければその因子に取り込まれてしまう。故に、力の行使には制限がある。
だが、私も無抵抗で嬲り殺されるつもりは無い。攻撃を躱しながら神術を構築する。嬲り殺すということは反撃するチャンスがあるということ。構築する術は複数の矢を包囲網に外に、左右の両端に展開し悪魔に向かって発射、属性無し。これなら悪魔が詰む前に可能。そして、制限時間内に悪魔を殺せる。
十秒後、構築完了。
「我の矢はただの矢。我が敵の心臓を止めるためだけの矢。我の左手に五本の矢。我の右手に五本矢。我は矢を放つ、我が敵を討つために」
神術を使うための言葉を神の言葉と神術師は語るが結局は魔術師の呪文と同じ人間の言葉。そんな、神秘の欠片も無い言葉と共に矢が出現し、聖人の力を備えた矢は悪魔を討つために放たれる。
「ほう、数を増やしたか。だが、それだけで俺を殺せると思うのか?」
だが、矢の数を増やしたところで包囲したわけではない。悪魔に当てるためには包囲する必要がある。だから、悪魔も簡単に躱してしまう。
しかし、矢の範囲は広範囲。少なくとも、悪魔を動かすことができる。そして、すぐに聖人の力を行使する。
二十秒後、因子操作完了。
因子を操作したものは二つ。一つは悪魔の片腕を殺したナイフ。軌道は悪魔の心臓を狙う一直線。そして、もう一つは……。
三十秒後
「な……にが……」
ナイフを心臓に刺された悪魔は起こった現実に理解できなかった。
「私の投げたナイフがお前の心臓を殺した。それだけのことよ」
「見縊るな、神の犬。それぐらい、俺にもわかる。俺がわからないのはお前のナイフが俺に当たった理由だ」
最後の気力を振り絞ったのか、悪魔は心臓を殺されても楽しむように私と会話する。
「その答えは簡単だ。わからないのはお前が勘違いしているからじゃないの」
「勘違いだと。お前は一直線の聖人と言った」
「そうよ、私は一直線の聖人。直線ではなく、一直線の」
「……そうか。確かに勘違いしていた。これは面白いな」
「何が、面白い?お前は殺されたのに」
「ああ、面白いよ。お前みたい俺の予想を上回る珍味に殺されたことがな。ま、そいつが俺以下の奴に殺されるとか、自滅をしなければいいが」
悪魔は最後まで楽しんで死ぬ。人間のように醜く命乞いをせず、自分の好きなことを最後までやり遂げる姿だけはいいと思ってしまう。
「自滅……か」
悪魔が死んだのを確認し、腕を回収する。聖人の力を解放し因子操作をするのは二十四時間以内に一回、二、三分ぐらいにすれば問題ない。だが、因子を操作したものは聖人の力を失うと壊れてしまう。先程のナイフも力を封印したら跡形も無く消えてしまった。だが、消えてないものがここにはある。私の体だ。
悪魔を殺すためには因子操作したナイフを投げる必要があった。そのために神術で悪魔をナイフの突き刺さった片腕のある場所から動かした。だが、悪魔の包囲網を抜けなければナイフを手に取ることはできない。あの時、因子操作したものは二つ。一つはナイフ。私はナイフを因子操作で軌道を変えたのではなく、運命を変えた。ナイフが必ず悪魔を殺す、迂回をせず一直線に。最初にナイフを投げた時も同じことをしたが、聖人が運命を変えることができるが必ずではない。あの時の悪魔は全力でナイフを防いだ、片腕を犠牲にしてでも心臓を守った結果、ナイフは悪魔の片腕を殺すだけになってしまった。だが、二度目の時、悪魔は防ぐのではなく逃げることを選んだ、逃げれば当たらないと思い込み。結果、ナイフは私が定めた運命どおり悪魔の心臓を殺した。神術の矢には、ナイフと違い殺害の因子が無かったので追加したら、運命を変えることができなかったので悪魔の想像通りに直線の軌道で放たれるようにした。
私の体には軌道を変える因子操作を行った。ただのナイフが私の定めた軌道を貫くために魔力の塊を破壊するのだ。ナイフを私の体に変えても同様のことができても不思議ではない。目標地点は床に落ちた悪魔の片腕。
だが、問題もある。聖人の力を受けるというのは世界から外れるということだ。聖人の力を受け続ける限り問題ないが、聖人の力がなくなってしまうと世界から外れたものは存在そのものが消えてしまう。だから、私は力を封印する前に自分の体の因子を元に戻そうとするが、完全に元に戻せたのは一直線の因子だけだ。他の因子はできるだけ正常にしたが完全に正常にはできなかったが世界に存在できる許容範囲のずれだから問題がない。だが、許容範囲を超えてしまうと私の体はナイフと同じ運命を辿る。それが、自滅。
悪魔の片腕を持って教会の地下の一室を訪れる。そこは、明かりとなる蝋燭以外にはベッドしかなく、壁も床もコンクリートが剥き出しになっている冷たい部屋。病院を思わせる部屋にて私の弟、カッシアは悪魔の呪いによって眠り続ける。
悪魔の片腕をカッシアの心臓に刺さる小さな銀の杭にあて解呪の術を唱える。
悪魔の呪いを解くためにはより強力な悪魔の一部を必要とする。そして、銀の杭は悪魔の呪いを弱めるためのファエル様の術。
「ダメか」
解呪はできず、悪魔の腕は砂の様に崩れてしまう。
悪魔に襲われ、両親を失い、カッシアは呪いを掛けられた。だから、私は、唯一の家族であるカッシアを目覚めさせるために神の手として、魔術師を殺すと決めた。だが、私はそれを望まない。カッシアもそれで目覚めることを望んでいないだろう。
それでも私は魔術師を殺す。私はカッシアを目覚めさせたい。それが私の目指すゴール。




