第六話 聖人 前編
「勇ましい宣言をしたくせに、ずいぶんと逃げ腰だなー。神の犬」
「なんとでも言え。お前こそ、残り少ない命を有意義に使え」
悪魔が人形に魔術を使わせていた時は黒炎球でしか攻撃をしなかった。だが、今はそれに加えて爪を伸ばし、時にはその爪を飛ばすことで攻撃をしてくる。単調な攻撃で回避するのは可能なのだが、数が多すぎて完全に回避することは不可能、緊急回避の防護術すら発動させられない。
悪魔は私を殺せると確信しているのだろう。それ故に今のこれは戦闘ですらなく遊び。私が悪魔を殺すためには悪魔が遊んでいる今しかない。
「なあ、悪魔」
「何だー、命乞いか」
「いや、聞きたいことがある」
「聞きたいこと?いいぜ、話してみろよ。面白い話ならその間だけ攻撃を止めてやる」
本当に、この悪魔は遊びが好きだな。不意打ちなど意味が無いと言いたいのだろうか。
「お前はいつまで続ける。迂回を」
「迂回?」
「お前に限らずに命限りある者はみんな迂回するだろ、死への迂回を」
「なるほど、面白い表現をするな、お前。気に入ったよ」
私はこの表現を普通に使っているので珍しいとは思っても、面白いのかどうかはわからない。そんな珍しい表現の意味をあっさり理解するこいつも珍しいのか知能が高いのか。私の感覚で話しをしていると説明を求められることがあるし。
「で、答えだが。俺に自殺願望は無いし、殺されるつもりはない。俺は死の間際まで迂回を続けてやる」
「まっ、そういうと思ったよ、お前みたいな悪魔は。だがな、私はお前の迂回を許さない。お前を一直線に死へ送ってやるよ」
「面白い。お前は本当に面白すぎて、おいしそうだ」
狂ったように悪魔は笑い、それを引金にして無数の魔力の塊が出現する。今までは火に闇を混ぜたものだけだったが、今回は火以外にも、水、風、土、四大元素全てを使ってくる。おそらく、魔力の塊は単体で人間の大魔術に匹敵する力があると考えられる。
「さて、これだけの力の差を見せ付けられてもまだ歯向かうか?神の犬」
火だけだったら大神術を使えば一掃できるかもしれない。だが、今は四大元素全てがある今では一掃するにはこちらも同等のことをしなければならない。普通の神術師なら殺されてしまう。尤も、普通の神術師は低位悪魔だろうと単独で挑まない、私みたいな例外を除いて。
私は鞘からナイフを取り出し悪魔に向かって投げる。本来は神力を込めるか、神術で強化するのだが今は投げるだけで十分。正確に言うと、ナイフの軌道を一直線と仮定しその軌道上に悪魔がいればいい、力は必要ない。
ナイフは悪魔を目掛けて飛んでいくが、悪魔は自分を狙う攻撃だというのに無関心だ。投げたナイフは加工してあってもナイフだ、辺りを漂っている強力な魔力の塊にぶつかればあっという間に跡形も無く消滅してしまう。悪魔もそんなことをわかっているのか指でナイフを指差しし、近くにある魔力の塊を盾にする。しかし、このナイフは悪魔にとって予想外の奇跡を起こす。
「防いだか。低位とは言え悪魔は悪魔だな。だが、お前のその腕はもう使い物にならない」
その瞬間、鈍い音がする。それは私のナイフが刺さった悪魔の片腕が床に落ちた音だった。
「くっ、お前。歪曲主……聖人か?」
驚きや苦しみ、屈辱などが混じった声で悪魔は私に聞く。
「ええ。私は一直線の聖人」
人は秩序に縛られるが例外が存在する。その例外が聖人、神に選ばれた存在。秩序とは世界に存在する様々な因子から成り立つ。しかし、聖人はその因子の一つを完全に操作する。聖人は神以下の存在に有効な秩序を作ることができる。
私の場合は操作する因子は一直線。私の攻撃は例え壁があろうと距離があろうと一直線の軌道であれば必ず目標に当てることができる。その気になればナイフを衛星である月にまで投げられる。重力、距離なども私の秩序の前では無意味になる。
「一直線?だから、先程のナイフは俺の魔力で防げなかったのか」
「そう。私の目標はお前だ、悪魔。その目標の前に盾を置いたところで私のナイフはその盾を壊しお前を狙う。で、どうする?」
「どうする?とは」
「お前に私は殺せない。だから選ばせてやろうと思って。楽に死ぬか、抵抗して死ぬか」
「調子に乗るな。たかが、片腕を落としたぐらいで。それに、お前の因子は攻撃系ではなく補助系だ。そんな因子で俺に勝てるとでも思っているのか?」
「思っているから私はここにいる。でなきゃ、とっくに逃げ出している、よっ!」
返答と同時に十字架を振るい、目の前に小さな矢を出現させる。私が無詠唱でできる唯一の神術だ。現れた矢は無属性、低速度、ゴム製の矢程度の威力。正直な話、無詠唱だろうと役に立たない神術だ、常識で考えれば。しかし、私は聖人だ。
聖人が完全に操作できるのは一つだけだが、別に一つの因子しか操作できないというわけではない。世界は様々な因子が絡みあうことでできている。一直線という因子も複数の因子が絡んでいる。その絡んだ因子も聖人は操作する。
矢の軌道は悪魔の心臓を目掛ける直線、それは悪魔を狙うということ、狙うために速度を上げる。そして、矢には狙う対象に殺害する力がある。
「発射!」
十字架を悪魔に向けると、私の神術は弾丸の速度で悪魔に牙を剥く。
「速度に介入したか。だが、その程度で俺を殺せると思うのか」
悪魔はあっさりと矢を躱す。私もこの程度で悪魔に当たるとは思わないが、あっさりと躱されるのは癇に障る。
「思っていないわ。でも、これを何度も繰り返したらどうなるかな?」
余裕ぶって三度矢を放つが全部躱される。しかも、大きく避けるのではなく最小限の動きで躱す。当て付けなのだろう、この方法では俺は殺せないという。それをわかっていながら私は矢を放つ、悪魔を殺すために。
「お前のやっていることは無意味なことだ。例え、速度が速くても直進の攻撃。その上、単発の矢では俺に当てることは不可能だ」
行動による当て付けの次は言葉での宣告。本当に悪魔という奴は人を玩具にする。
「なら、お前はどうやって私を殺す」
私が自分を殺す方法を訊くと悪魔は盛大に笑い、私に解説をする。
「そうだな。敵を殺すには多種の攻撃を同時に行えばいいだけで、速度など必要ない。要するに敵が回避するのを防げばいいだけだ」
解説を終え、悪魔が残っている片腕を掲げる。それを合図にし、壁となっていた魔力の塊が全て私に牙を剥く。
先程までは悪魔は遊んでいたので単調な攻撃だった。しかし、今の悪魔に遊ぶつもりなどない。悪魔は魔力の塊を私の周りに包囲するように配置する。おそらく、大量の魔力の塊を一斉に発射するつもりだろう。俗に言う数の暴力というものだ。
しかし、悪魔はそれせず、包囲する壁の一部だけを発射する。一つ一つの種類が違うので防護術ではなく躱さなければならないのだが、数が少なく速度も速くないので躱すことができる。




