第三話 人殺し 前編
青をベースに白と金の糸で装飾された聖衣。白と青の十字架。持つ部分にサファイアを取り付けたナイフとそれを収めた鞘。悪魔殺しではなく人殺しの装備を整えて、最後に変装の術で装備を隠す。尤も、変装の術は人間には問題ないが悪魔に対しては意味が無い。低位とはいえ悪魔は悪魔。力は私よりも全てが上で、伝説や神話に語られる神器か天使の力を借りた術でもないと一対一で人間は悪魔に勝つことができない。勝てることがあれば知能ぐらいだ。だが、悪魔の力は人間の策など力で粉砕してしまう。
変装するのは平日の朝と同じで浮かないようにするのが目的だ。シスターっぽい人がナイフを持って歩いていたら下手すると補導されてしまう。変装の姿は大学生の男性で目立たないように普通っぽい感じにしている。平日の朝は置いとくとして、任務の時は移動系の術が使えればそんな心配も減るのだが、残念ながら使えないので移動には電車やバスなどの公共交通機関を利用している。
問題の魔術師がいるのは教会から三駅離れたビル街のビルの一つ。ここ周辺は都会でビルがいくつも建っている。それは、悪魔の餌が多いことを示し、魔術師にとっては都合が良かったのだろう。
電車を降りてすぐに感じ取った異変に歯をかみしめる。異変の正体は魔術師の張った馬鹿でかい範囲に効果をもたらす術、陣だ。この陣の効果は意識を奪い、術者の下に呼び出す。対象は不明だが、おそらく精神的に弱った人間だろう。陣は規模を大きくするほど力が強くなるが、同時に感知も解析もしやすくなってしまう。この陣は余りにも馬鹿でかすぎるので基礎を覚えれば簡単にできる。それは同時に、この陣の危険性を示す。神術師や魔術師は抵抗できるが、一般人がこの陣に取り込まれてしまえば、そこで人生終了してしまう。そして、この陣は暴走している。術者の力が足りずに暴走してしまったのか、最初から解除する気がないのかはわからないが、私がこの陣を壊すには魔術師を殺すしかない。
おそらく、餌の数は新聞に記されている数以上だ。新聞の内容から適当に一人一人餌にしていたと思っていたから余計に苛立ってしまう。
「上等。安らかに死ねると思うなよ、馬鹿魔術師」
これは宣言だ。私が事件の犯人である魔術師を人間と認識するのをやめることの。
神の手は問答無用で魔術師や悪魔崇拝者を殺しているわけではない。神の手が殺すと決めた魔術師や悪魔崇拝者は何かをしでかしている。悪魔の召喚や一般人の殺害等がその例の一部である。
私は魔術師や悪魔崇拝者を神の敵ではなく私と同じ人間だと思っている。神の敵と烙印された魔術師や悪魔崇拝者にも何らかの想いがあったのかもしれないのだから。
だが、こいつは例外だ。どんな願いがあってもここまでする意味は無い。人間が召喚し契約できる低位悪魔は人間よりすごいって程度だ。そんな低位悪魔に餌を与え続けても高位悪魔になることはないし、人間ができないことをすることもできない。
だから、ここまで大暴れしたこの馬鹿魔術師を人間扱いする気など私には無かった。
「さて、どうするかな?」
呟き、考える。犯人がどうしようもないほどの馬鹿だというのはわかったし、居場所の特定も簡単だ。そこに突撃すればいいだけだと思うのだが、もしかしたら生きている人がいる可能性があるし、悪魔に真っ向勝負をして生きる自身は無い。悪魔は契約者が生きている限り殺せないし。
「……そうだ!」
自分でも名案過ぎてグーにした片手でパーにしたもう片方の手をポンッ、と自分で言いながら叩く。漫画とか、アニメでありそうな感じで。
早速、その案を実行する。
名案だと思ったが、欠点があった。自分の体を誰かに使われるというのがここまで不愉快だと、私は想像することができなかった。
今、私は陣の誘いに乗ることで悪魔の餌になった。餌になることで術者に近寄ろうというのが私の名案だ。馬鹿魔術師なら私がわざと餌になったこともわからないだろうし、餌が引っ掛かったことすらわからないのかもしれない。
そうして、引っ張られながらどこかのビルの一室に入る。
悪魔の笑い声を背に馬鹿魔術師の男が歓喜の声をあげる。
「おお、これは上玉だ。悪魔の餌になどもったいないな」
近くで見てもまだ私の変装に気づかないのか、こいつは。尤も、今は変装っていうより幻影を見せているのだが、内容は理想の異性。
何が楽しいのかわからないが悪魔は笑う。私が変装をしているのが楽しいのか、契約者が馬鹿すぎて楽しいのか。
体は陣に引っ張らせて、頭の方は馬鹿魔術師や悪魔、部屋の観察に集中させる。
馬鹿魔術師の容姿は黒い髪で目がほとんど隠れてしまっているのが根暗そうな雰囲気を漂わせ、馬鹿魔術師の着ている黒一色のローブが余計に強くしている。悪魔も低位悪魔らしく人間形状ではない。体全体が青に黒を混ぜた感じで翼や角を生やしていたりする人間の空想に出てくる悪魔みたいな感じだ。
部屋――というより儀式場を見るとこいつがどの程度の魔術師なのかもわかってしまう。カーテンを閉め切って暗くされた部屋には巨大な魔法陣、おそらく悪魔の召喚に使った召喚陣が描かれている。召喚陣は円にポピュラーな六芒星だけしか描かれていない。魔法陣も陣と同様なので大きくするほど力も強くなるし、何より大きくするほど、内容も複雑にすることができる。魔法陣は図形だけでなく文字も描くことが可能だし。それなのに六芒星だけというのが馬鹿魔術師どれだけ無能かを表している。
まだ、餌の振りをしているので体は馬鹿魔術師の方に引っ張られる。そして、私は馬鹿魔術師に手が届く距離に近づいた時に餌の振りをやめる。正直な話、こいつに髪の毛一本でさえ触れられるが嫌だ。
餌の振りも幻惑の術も止めて、ナイフに自分の力を込めて馬鹿魔術師の心臓を貫く。普段なら弔い言葉でも掛けてやるのだが今は不愉快なのでやめる。不愉快すぎる、こいつの行いも、自分の契約者が殺されても愉快に笑う悪魔の声が。




