第十五話 幸福
幸せな日常が続く。願い通り、カッシアも目覚め、学校に通えている。今の幸せに不満があるとすれば、私が今でも神の手で人殺しを行っていることだ。
満足できないが、妥協するしかないと思う。幸せを与えられるためには妥協が必要なのだから。だが、その事に違和感を抱いている。
少し不安だった学園生活も今では楽しいものになっていた。クラスメイトに友人ができて、今日も遊ぶ約束をしていた。だが……。
「ごめん、急用ができちゃって。この埋め合わせはまた今度するから」
手を合わせて、友人に謝る。急用とは人殺しだ。日常の幸せを優先したかったが、私が優先しなければならないものは人殺し。でなければ、私は幸せを与えられない。
「またー。しょうがないなー、じゃあ、いつもの埋め合わせ方法で」
「了解」
白い壁が夕日によって赤く染まった教会の前にどこかで見たような男性がいた。
「幸せそうだな?お前」
声もどこかで聞いたことがありそうな感じだった。だから、知らない人だというのに警戒心が全く働かない。
「幸せですよ。私は、幸せを与えられていますから」
「そうか。お前は……」
「与えられる幸福で満足するのか。だとしたらつまらない奴だな」
「つまらないなんて言わないでください!」
口より手を先に出して、叫んでしまう。
どうしてなのかわからないが、この人に、そんなことを言われたくない。
「事実だろ。俺には与えられる幸せで満足する奴は面白いとは思えないからな」
その言葉と共に男性は消えていく。そして、私は無意識に手を伸ばしていた。だが、私の手は何も掴めなかった。
自分が幸せだと思うと違和感を抱いていた。どうして、妥協をして、諦めたのかわからない。私は人を利用して幸せを求める人間であって、与えられる幸せだけで満足できない人間だ。ましてや、完全に願いが叶ってないのに走るのをやめてしまうのは私なんかではないはずだ。
そもそも、私はいつ、この幸せを与えられた?この私は本当に私なのか?
「気がついたか」
「この声、ベルフェか?どうして、ここに?私はファエルと話していて」
横になっている体を起こし、状況を整理する。この部屋には私とベルフェしかいない。ということは。
「ラファエルなら俺が食った。残念なことに、奴は分身で本物じゃなかったけどな」
「そう……よかった」
「よかった?ラファエルはお前の大事な奴を呪ったのだろ。そいつが生きているのが嬉しいのか、お前」
「違う。私が嬉しいのはベルフェが殺さなかったことだ」
ベルフェは自分のために天使を殺すのであり、私のためではない。それでも、私といる間だけでもベルフェには誰も殺して欲しくない。できれば、その後もだが。
「……悪い。俺にはそれがどうして嬉しいのかわからない」
「それが人間としての醜い我が儘だから、ベルフェがわからないのは当然か。でも、わからないのなら探してみればいい。ベルフェなら絶対に答えを見つけられると思うから」
「そうか。お前がそう言うなら、俺はその答えを見つけられるだろうな。だが、俺にもお前が嬉しいと思うことが一つはわかる」
その言葉を聞いて、すぐに部屋を飛び出す。
ベルフェにもこの喜びはわかったのだろう。願いがかなった喜びは……。




