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一直線の強欲  作者: icemea
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第十三話 悪魔の話

 十日目。

 普段、朝食は自炊している。だが、今日は昨日の疲れが残っているので近くの、ベルフェと出会った日に食事したファミレスで朝食をとることにした。

「意外だな」

 ベルフェの血が入った小瓶を受け取ると、ベルフェはそう言った。

「意外って?」

「お前のことだ、すぐに解呪しに行くと思ったのだが」

 ベルフェの言う通り、血をくれると言った時にはもらったらすぐに解呪して、ベルフェとは別れようと思っていた。それなのに、私は解呪をしに行かず、ベルフェとの別れを惜しんでいる。

「……解呪はするよ。ここで朝食をとったら……だけど」

「そうか。そうだな、血を渡してそれで別れっていうのは良くないな。最後に二人で食事をするのも悪くないな」

「……私もそう思う」

 これ以上話しを続けると墓穴を掘ってしまいそうなので、話を終了させる。その事を、入れてきたメロンソーダを飲むことで知らせる。

「名残惜しいのか?お前」

 墓穴を掘られてしまい、口に含んだメロンソーダを噴出してしまう。

「悪い。今後、図星を突く時には気をつけるよ」

 微妙に謝られてしまったのが、逆に私に火をつける。

「ああ、そうだよ。名残惜しくなったよ、私は。ベルフェとの別れが」

 変な文法で返答しながら、テーブルを拭く。文法が変になってしまうのはいじけているからなのだろうか。

「お前が望むのなら解呪に付き合ってもいいぞ。その血だけで解呪できないこともあるし」

 ベルフェの提案は、別れを惜しむ私には渡りに船だった。

「その提案乗った。血だけで解呪できない可能性もあるし、付き合ってもらうよ」

 ベルフェがとんでもない悪魔だったから、この血も万能薬みたいに思っていた。だが、ベルフェには同格の兄妹がいる。そいつらの呪いだったらこの血では解けない。

「先に言っとくが、俺の兄妹達はそんなことしてないぞ。俺達が仮に人間に手出しをするならば、一人一人に呪いを掛けていくなんて面倒なことはしない。いい機会だし、俺と兄妹達のことを話しておくか」


 ベルフェは語る。

 世界というものは存在せず無色の空という空間に神は誕生した。神は人間が語るように全てを手にする存在。要するに、神の持っていないものは何も無かった。影すらも神は持っていた。だが、神は神であるために影を祓う必要があった。神は自分の影を背負う7人の魔王を創る。7人の魔王、それがベルフェとその兄妹達。

 神は完全な神となるため、魔王を殺そうとするが、魔王は抵抗した。そして、神と魔王は戦いを始まった。神は天使という兵を創り、魔王は悪魔を創り対抗する。決着がつくことは無かった。何故なら、ベルフェ達は神の半身。自分と戦い勝つことなどできないのだから。

 そして、時間が経ち、天使でも悪魔でもない生命体が誕生した。その生命体は後に人間と名づけられる無色の空に漂う神と魔王の力の集合体。神と魔王は力が未知数の生命体を利用することを考え、檻を作る。しかし、この檻は生命体を閉じ込めた瞬間、生命体は檻を吸収してしまう。だが、完全に吸収することはできず、檻は壊れたが残っていた。

 神も魔王も考えは同じで、二つの檻を手に入れ生命体を完全に閉じ込める檻を完成させようとした。しかし、神と魔王が手出しをする前に檻は一つとなり、檻の中の生命体は檻を世界に変えてしまった。

 やがて、神と魔王は意思を持った生命体、人間を道具にするために育てる。


「要するに、お前ら人間は魔王と神にとってはただの道具って訳だ」

 教会の教えとは全く違った真実だが、驚くことはなかった。私は、教会の教えを信じる神に仕える神徒ではない。そんな私が神の真実を知ったところで意味が無い。

「ふーん、で、その道具はどこまで完成した?」

「完成度については10%にも満たない。お前みたいな聖人は優秀だが、その聖人を使っても神に傷をつけることすらできない。そもそも、高位悪魔も大天使もお前と同じ聖人、歪曲主だ。それも、お前よりも優秀な」

 聖人、それも私達人間よりも優秀なものをベルフェ達は創れる。だから、ベルフェ達はまだ何もしないと言ったのか。しかし、ベルフェ達はいずれ人間を殺す。人間を使い、神を殺すために。それは神も同様だが。

「意外な反応だな。道具扱いされても何とも思わないのは」

「だって、どうでもいいだろ。神や魔王なんてどこにいるかわかんないとんでもない化け物にどう思われていようが。それに、そいつらは私を殺せてもその逆は不可能だろ」

 私が神に抗うのは不可能なのだから、気にしても意味が無い。気にすることがあるとすれば、目の前にいる魔王の一人の機嫌をとることだと思う。遠くの神より近くの魔王を気にするほうが賢明な判断だ。

「それもそうだな。不可能に抗うのは無意味にも程がある」

 だが、神も魔王も人間を道具として完成しなければ何もしない。まだ、10%にも達していないのならば、私が生きている間は問題ないだろ。しかし、別の問題がある。

「なあ、悪魔達も人間を道具として完成させるのが目的だよな。低位悪魔の行動もそうなのか?低位悪魔は快楽のためだけに人間と契約をするし、人間を殺す。その行為ってベルフェ達の目的に背いてないか」

 少なくとも、最近殺した悪魔が人間を育てていたとは思えない。あれは、自分の快楽のためだけに動いている。

「背いているのではなく、低位悪魔は俺達の目的を知らないだけだ。俺達が創った高位悪魔と神の創った天使は知能を持っているから管理ができる。だが、高位悪魔は創った低位悪魔に知能を持たせることができず、低位悪魔はただ快楽を求めるだけの毒となった。最初は俺達も神も処分しようと思ったが、低位悪魔という毒で人間が滅んでしまうのなら人間は道具にならないし、成長させるには適度な刺激も必要だと俺達も神も判断し放置することにした。実際、人間は俺達と神の思惑通りに強くなってくれただろ」

 ベルフェの言葉通り、神術師達は低位悪魔に対向する術を日々模索したからこそ昔は封印が精一杯でも、今では殺すこともできる。そのことを考えれば、人間は神と魔王が望むように成長したということか。

「となると、低位悪魔が人間の脅威でなくなってしまったらお前らは高位悪魔を毒にするのか?」

 慣れてしまった毒では刺激を与えることができない。それでも刺激を与える必要があるのなら、強力な猛毒を与えなければならない。

「正解。人間が高位悪魔にも対向できるようになった時が収穫の時期だと俺は考えている。他に聞きたいことはあるか?」

「何でこの話をした?私がお前らの目的を阻止するとは考えなかったのか」

 阻止するのは無理だとわかっていながら言ってしまう。私には一方的に殺されてやる意思はないのだから。

「阻止するのは無理だとお前もわかっているだろ。で、こんな話をしたのはお前が面白い奴だからご褒美と忠告を兼ねてだな。お前は突っ走ってしまうからな。何も知らずに」

 何も知らず突っ走るから忠告をする。ということは、私は何かを知る必要があるのか?

「後はお前が食事の邪魔をするのを防ぐためだ。お前、邪魔するだろ、俺の食事」

「食……じ?」

 ベルフェの態度が普段通り過ぎて、自分が恐怖を感じていることに気づくのに時間がかかる。以前もそうだったが、ベルフェは自然過ぎる。だからこそ、ベルフェの言葉は私を縛る。

 多分、ベルフェがどんな声で言おうと、殺す気で殺すと言われてしまえば私は抵抗することができない。

「何を……食う?」

 聞いたところで意味が無い。ベルフェがどう答えても私には止められない。ただ、自分の想像が外れていて欲しいだけだ。

「人間……って、言ったらお前はどうする?止めるのか?」

「……止めたい。私はお前に人殺しをして欲しくない」

「意外な答えだ。自分のためだけに人殺しを行ってきたお前がそんなことを言うとは思わなかった」

 その声は冷たいだけで恐怖を感じない。そして、肯定と感想の意味がある。ただ、私の返答がベルフェにとって予想外だったのだろう。だから、ベルフェの声は冷たくなった。間違いを言った私が気に入らなくて。

「違う、私は……」

 私は……何を言おうとしていた。

「私は私のために人殺しをしていないって言いたかったのか?それなら、お前は誰かのために人殺しをして、人殺しの責任を誰かに押し付けるのか?で、その誰かにお前のために」

 ベルフェが私の言おうとしていたことを冷たい声で代弁する。そして、それが表すことを言うベルフェに手を上げてしまう。そうしてまで、ベルフェの口を止めたかった。

「そんなわけない。私はお前の言う通り、私のためだけに人殺しを行っている!」

 ここが店の中で、周囲に人がいるのに叫んでしまう。どうしても、ベルフェの言葉を否定したくて、ベルフェにそう思われたくなかった。

「……お前なー、店内で叫ぶなよ。そういう客は迷惑だぞ。しかも、人殺しなんて物騒な言葉を」

 ふざけた声で当然のことを言われてしまったので、一気に興奮していた感情が冷めて冷静になれる。

「別にいいだろ。ベルフェの術で私達の会話は全部周辺の人々に聞こえないし。それとも、魔王ベルフェの術は私の叫び声を覆うこともできないのか?」

 仮に周辺の人に私の叫び声が聞こえていたら叫んだ私の責任だ。だが、素直に自分が悪いと認めるのが嫌なので、こじつけをしてベルフェに責任を押し付ける。

「わかった、わかった。俺が悪いでいいよ。で、お前が自分のために人を殺すように、俺が自分のために人間を食ってもいいだろ?」

「いや、人間としては止めたいのだが」

 人殺しの私が言うのもなんだが、魔王に人間を食っていいよというのは、人間としてはダメな気がする。

「俺の趣味じゃないが、犯罪者でもか?」

「犯罪者でも、だ。後、犯罪者はまずいのか?」

「場合によるな。お前みたいな奴なら珍味で美味しいが、愉快犯はまずいな。俺の兄妹にはそれを美味しくいただく変わり者もいるけど」

「前にも言われた、珍味って。それは珍しいってことか?」

「珍味は珍味だ。それ以外の意味は無いが、珍しいって捉えるのが人間にはわかりやすいか。実際にお前みたいなのは珍しいだろ。独特な価値観を持ち、他人とは分かり合えない。人間にも異常と扱われる奴は俺達にとっては珍味だ。犯罪者は大抵が珍味だが、愉快犯という奴はまずい。逆にお前みたいな奴なら美味しいぞ」

「……褒めているのか?」

 だとしたら、すごく微妙な褒め方だ。人間にはそんな褒め方はないし、仮に使う奴がいたら変人扱いを受けてしまう。

「ああ、褒めているぞ。俺らにとっては神や天使は迷わずがっつきたいごちそうだ。美味しい人間は魂が神に近いからな」

「神に近い魂か。だが、そいつはお前らにとっては良い道具だろ。それをお前は食うのか?」

「そいつが俺の機嫌を損ねたら、俺は食う。そのことは、俺の兄妹達も同じだ。誰であろうと自分を不愉快にする奴には容赦せずに食い殺す。例え、そいつが悪魔や俺の兄妹だろうと、俺は食う。無論、お前も例外ではない」

「それは、食事の邪魔をするなってことか?」

「安心しろ。俺には人間を食うつもりはない。むしろ喜べ。俺が食いたいのはお前の憎んでいる奴だ。そうすれば解呪は確実、お前の怨みも晴れるだろ」

 ベルフェが悪魔を殺してくれる。そうすれば、ベルフェの言うとおり、私の願いは叶い、怨みが晴れる。だが、それと同時にベルフェの手を穢すこと。

「……させない。その悪魔は私の獲物だ。それに、高位悪魔はベルフェ達魔王にとって子みたいなものじゃないのか。少なくとも、ベルフェにとってはそうだろ」

「子か。そうだな、高位悪魔なら俺にとっては子みたいなもの。だが、人間は実の子を殺せるのと同様、俺も子を殺すことができる。少なくとも、お前の獲物が高位悪魔だとしても、そいつは低位悪魔と同じで快楽に溺れている。そんな高位悪魔なら毒と同じだ」

「それだけで子を殺すのか?」

「お前ら人間も似たような事するだろ」

「……そうかもしれない」

 人間にも子殺しをする親はいるし、親殺しをする子もいる。だからといって、ベルフェが子を殺すのは理由にはならない。物事を行うのは自分の意思であり、誰かがやったから自分もやるという主張は通らない。まあ、その行為を誰かに責められた時に他人もやっていることで正当性を主張することはできると思うのだが、道徳や倫理から外れた行いはどうやっても正当性は主張できない。

「けど、それとこれは関係ない。私はお前に手を穢してほしくない。ましてや、どんな事情があってもお前に子殺しなんてさせたくない」

 ベルフェは高位悪魔達の親でもあるが、同時に神の子である。ベルフェは神に子として求めているのに、それを高位悪魔もベルフェと同様に同じものを求めることに気づいてない。私には、その時、その事に気づかず子を殺したベルフェが自分を保てるとは思えない。

「お前が何を心配しているかはわからないが、俺がそいつを食うのは何の問題もない。だが、お前のその思いを汲み取って一日だけ猶予をやる」

 言葉の途中からベルフェが透けていく。それに気づいた時にはベルフェの後ろの光景が見えそうなくらいに透けていた。

「待って。ベルフェ」

 透けていくベルフェに手を伸ばす。だが、私の手はベルフェを掴むことができず、虚空を掴んでしまう。

「明日、解呪の時までにお前の獲物を見つけろ。でないと、俺がそいつを食う」

 声だけを残し、ベルフェは消えてしまった。

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