序章 願いの果て
地獄のようなこの光景は願いの果て。強すぎて狂ってしまった願いの。
扉を開けた私にはこの部屋が地獄のように思えた。その中心に白色のローブで全身を包む魔術師が私に背を向けて座っていた。魔術師が誰かを抱いていることはわかったが、顔や胴体の辺りは魔術師の体に隠れて見えないので、長い黒髪、足の長さや体型から幼い少女だということしかわからない。
「教会の者か?」
魔術師は振り向かず、私に訊く。私は教会の聖衣を着て、首には十字架を掛けている。魔術師なら見るだけで私が敵だとわかるのに、私の目の前にいる魔術師はそれをせずに訊いてくる。
「ああ。私はお前を裁く教会の神術師」
「そうか」
敵に背を向け魔術師は腕の中にいる幼い少女を見続ける。少女も魔術師と同様で私に関心が無いようで、全く動かない。もしくは、魔術師に抱かれ眠っているのかもしれない。
「無関心だな。私はお前を殺し、この地獄を破壊する神術師だというのに」
魔術師が無関心なことをいいことに、地獄を観察する。
地獄といっても、この部屋に死体があるわけではない。あるものは血で描かれた異常な魔法陣。魔法陣を血で描くのが珍しいというわけではないし、その血でどのような魔法陣を描いても異常ではない。異常なのは魔法陣の上に置かれ、魔法陣の一部として組み込まれたものだ。組み込まれたものは人間の動いている体。
血で描かれた魔法陣は二重円で、二つの術を同時に行い組み合わせるものだ。外側の円には首から下だけを無色透明な液体の満たされた円筒のガラスケースに入れたものを五つ、五芒星になるように配置し、内側の円も外側と同じように脳が配置されていた。どれも、ガラスケース内の液体や何らかの術で動かされていて死体とは言えなかった。だが、再び正常な人間として生きていくことができないのだから、これは生者とも言えない。言うならば動く死体。
生者を使うのも死体を使うのも魔術師には異常ではない。しかし、動く死体を作り使うのは異常だとしか言えない。そんなものを使うのならば、生者を使った方がこの魔法陣も簡単に作れるだろう。
「地獄か。お前らにはそうかもしれないが、私と私の娘には楽園だよ、ここは」
動く死体を使い、脳を切り離す理由はわからないが、人間の生命活動を利用した用途は延命。おそらく、少女はこの魔法陣から出ると死んでしまうのだろう。だが、延命だけなら首から下があればいい。脳を使う意味が無い。
「お前にとっては楽園なのか、この地獄は。だが、お前のような穢れし魂に楽園を求めることを神は許さない」
「神か。本当に全てを幸福で満たす神がいるのなら、私も穢れることはなかっただろうな」
「そうかもしれない。だが、お前が穢れていることに違いはない」
「そうだな、私は穢れている。でなければ、こんな楽園を作れないだろう。しかし、その穢れた魂を神の代わりに裁くお前らはどうだ?」
「我ら教会は神の意思によって動く。我らの行為は神の行為。我らを貶めることは神を貶めることと同意」
「お決まりの言葉だな、お前ら教会の。だからこそ、お前ら教会のものは私の思いを理解することができないだろう。娘を失う父親の想いなど」
「そうだな。神には理解できないな。他人を殺してまで自分の子を守る父親の想いなんて」
神には理解できないことだ。全てを手にし、失うことなどない神には。
「まあ、私も理解してもらおうと思っていない。私は私の楽園を壊されないことだけを願うだけだ。尤も、私の夢の楽園を壊すことなどできないが」
壊すことができない。だからこそ、魔術師は敵である私に背を向けて話していた。私が攻撃をしても意味が無いと魔術師にはわかっているから。
魔術師が私に背を向けて、抵抗をする気がないことをいいことに、私は十字架を掲げ神の言葉を唱え始める。
世界には神の力が存在する。神術はその力を使い、神の真似事をする行為。そして、神術師はその力で神の意思に従い穢れた魂を裁く。そう言えば聞こえはいいが行っているのは人殺しだ。
私の神術が発動し、魔法陣を覆うように数え切れない程の光の矢が出現する。そして、その矢は一斉に射出され、目標を貫き粉砕する……。
「無駄だ。我が楽園は夢の中にある。いかなる手段でも、夢を壊すことはできない」
矢は目標を貫いた。だが、何も壊すことができなかった。
「夢の中?」
「楽園は夢の中と現実の魔法陣で作られている。破壊するためには二つの魔法陣を壊さなければ、再生することも可能なことだ」
夢を使うためにこの魔法陣は異常になった。夢を見させるためには脳に外部の刺激を与えず眠らせなければならない。だから、外部の刺激を受け取らないように脳だけ切り離した。
「確かに壊せないな、現実からでは夢には届かないし、眠ったところで楽園に行けるわけではないのだから」
魔術師が種明かしをした理由もそれだ。種明かしをされたところで、人間は夢に干渉できないのだから。そして、私が諦めるのを期待しているのだろう。魔術師は殺人ではなく平穏が願いなのだから。
だが、夢に干渉できるものが存在しないというわけではない。右手の甲に左手で十字を切り、鞘に収めたナイフを取り出す。
「しかし、現実も夢も変わらない。どちらもこの世界にあるものだ」
目標を定める。私の目に映る虚像の魔術師を目標にしても意味が無い。狙うべきは楽園という夢にいる魔術師。それさえわかれば十分だ、魔術師を殺せる。
「故に世界に逆らうことはできない。世界の命を受け、我がナイフは一直線にお前を撃つ」
虚像の魔術師に向けナイフを投げる。
私の投げたナイフは魔術師の心臓を刺し、命を奪う。そして、魔術師が死んだことで楽園の魔法陣は壊れ、魔法陣に命を支えられた魔術師の娘は死んだ。
魔術師にはお決まり言葉を言ったが、本音は違う。私も魔術師と同類、自分のために人殺しをする穢れた魂。それに、穢れた魂を裁く手も穢れていると思う。
お決まりの言葉を言ったのは私が魔術師を敵になりたかったからだ。魔術師と同類だと自覚してしまうと殺せなくなりそうだった。だが、私は教会で人を殺す必要がある。私の願いを叶えるために。
初めまして、icemeaです。文章を書くのが苦手なのでわかりにくいのかもしれません(特に背景や人物の描写、戦闘シーン)。ですので、icemeaはその辺りも上達したいので、より良い文章表現や方法があるのなら指摘してくださると嬉しいです。せめて、内容が読者の方々が楽しめるものだったら幸いです。




