第1話 配属
注意
この文章では実在する、あるいは実在した国家、組織、人物を取り扱っておりますが、
それらのいずれをも貶める意図は作者になく、
あくまで純粋な架空戦記として執筆、投稿したものです。予めご了承ください。
1915年 フィンランド カレリア地方 レクリム村付近
雪の中、彼は佇んでいた。周りは雪で覆われていた。凄まじい寒さが身を裂く。何故自分はここに居るのか。ふと手元を見てみると、体は毛布に包まれていた。が、胸から下がない。しかし、確かに、足の感触は彼に存在していた。
しばらく後、彼は状況を理解した。彼は赤子となっていたのだ。
「そんな馬鹿な。」
彼はそう言ったはずだった。だが、彼の耳に届いたのは赤ん坊の泣き声だけだった。
そうしている間にも意識が遠くなる。極寒は容易に凶器となり得るのだ。徐々に寒さを感じなくなり、目の前が薄暗くなる。
彼は死の淵に立ちながら強い無念を感じていた。「守らなくてはいけない」という意識があったのだ。自分が何者なのか、何故ここに居るのかはわからない。だが、何かを守らなくてはならない。強い義務感だけはあった。だが、力無い赤子の身では意思は意思のまま。どうにもなりはしない。そのまま意識は遠のいていった。
1939年 11月28日 ラドガ湖北部
「やあ、君が新しく来た小隊長か。」
「はい。シウナウス・ハータイネン少尉であります。」
兵舎の中隊長の部屋で予備役だった中尉と、新任の少尉が向かい合っていた。
「堅苦しいのは抜きでいこう。よろしくな。」
「あ、はい。よろしくお願いします。中隊長。」
戦争直前だというのに緊張感の感じられない中尉から差し出された手を少し困惑しながら少尉が握る。
「改めて自己紹介をしよう。元予備役中尉。現陸軍第12師団第34連隊第6中隊中隊長、アールネ・エドヴァルド・ユーティライネン中尉だ。ようこそ『カワウ中隊』へ。」
「失礼いたします。中隊長。ヘイヘ兵長です。」
「ヘイヘか、入れ。」
部屋に次の来客がやって来た。兵長の階級章を付けた小柄な男だ。
「おや、お取り込み中でしたか。」
「いや構わんさ。呼んだのは俺だしな。少尉、こいつはシモ・ヘイヘだ。予備役だったんだがとにかく腕が立つそうだ。まったく、俺やコイツみたいな優秀な人間ばっか予備役にするんだよなうちの軍は。」
「あの、中隊長、ヘイヘ兵長にお話があったのでは。」
「ああ、そうそう。ヘイヘ兵長、君には狙撃手の任を与える。頑張って一人で遊撃しててくれ。小隊に入って足手まとい達と一緒に居るより、単独行動をした方が君ほどの腕の場合何かとやりやすいだろう。というわけで頼んだ。」
「・・・かしこまりました。」
やたらとノリの軽い中隊長に少々困惑したようではあったが、ヘイヘ兵長は二つ返事で引き受けた。
「よし、それじゃ解散!」
こうしてシウナウス・ハータイネン、シモ・ヘイヘ、アールネ・ユーティライネン、3人の英雄はこうして邂逅した。己が英雄となることをまだ知りもせずに。
1939年冬、宿敵ナチスドイツとの密約によって労せずしてポーランド東部とバルト三国を手中に収めたソ連、もとい書記長ヨシフ・スターリンの矛先はフィンランドへと向かった。ソ連からの不条理な割譲要求を断固拒否したフィンランドに対し、ソ連は武力行使の準備を進めた。
そして11月26日、ソ連軍はフィンランド国境付近の自軍を砲撃。これをフィンランドの仕業であるとして30日よりフィンランドへの侵攻を開始した。世界最大の国土を誇るソ連と、北欧の小国フィンランドの戦い。戦力差はおよそ3倍。戦車や航空機に至っては文字通り桁が違い、装備の質においてもフィンランドは完敗だった。
「守り抜いてみせる」
ソ連軍の攻勢が始まった事を告げる報を聞き、シウナウス・ハータイネンはそう誓った。
生後間もない体で極寒の森で死にかけていたのを、通りがかった猟師、ハータイネン夫婦に助けられ、彼らの元で育てられて早24年。シウナウスの心の中には片時も離れないある思いがあった。
「守りたい」
そう思い続けてきたのだ。長いこと守りたいが何かはわからないままであった。しかし4年前、兵役義務で軍に入隊した彼は気がついたのだ。己が守るべきものはこの国、「スオミ」なのだと。以後国を守ろうと軍務に尽くしてきた折、いよいよ来たるべき時が来たのだ。
今こそ国を守るのだ。研ぎ続けてきた牙を剥いて敵へ食らいつく時なのだ。そして敵が音を上げるまで決して離してはならない。
若き小隊長はそう決意した。