第9話 帰宅
五年ぶりに帰ってきた我が屋敷は相変わらず大きく、城下町は五年前と変わらない活気を誇っていた。
「さすがね、素晴らしい活気だわ。お父様にお母様、アランお兄様はお元気かしら。手紙では元気にやっているとあっても実際は無理をなさっているなんてことがあるかもしれないし……。ああ、館がこんなに大きく見えるのに遠いわね……」
「きっと大丈夫でしょう。それにこの街を抜ければすぐそこです。そうしたら、成長したシンシア様を存分に御両親にお見せしてください」
「ええ。帰ったらお父様とお母様にこんなに頑張ったのよって褒めてもらうの。そして、お兄様とは仲直りしたいわ。だって、喧嘩別れみたいになってしまったのだから」
「きっと叶うでしょう。もう少しの辛抱です」
久しぶりの家族へ思いを馳せていると、馬車が急停止した。どうやら馬車の前方で何やら人だかりができているようだ。
「何事でしょうか」
「私が様子を見てきます。シンシア様は馬車を決して降りないで下さい」
「トリム先生もご無理をなさらないように」
トライさんは軽く会釈をして馬車を降りていった。城下町に入ってから馬車のカーテンは締め切られていて隙間すらなく、外から見られる事はないが、こちらも外の様子を伺うことは普通は出来ない。私はどんなことが起きても良いように魔力を高め、待機していた。すると声かけすらなく馬車の扉が開いた。そして、口元をスカーフで隠した男が音もなく入ってきた。
「誰かっ……!?」
「声を上げたらこの刃がお前の首を切り落とす」
私が声を上げ助けを呼ぼうとしたら、男は蛇のように滑らかに私に近づき慣れた手つきで私の口を布で塞ぎナイフをちらつかせた。男は私が黙ったことを確認し、腰に下げていた袋から手錠のようなものを取り出し私の腕に着けようとしたところで私は思いっきり男の顎を蹴り上げた。男は私の腕に一瞬視線を落としており、かつ私がこんな大胆なことをするとは思っていなかったのか簡単に私の蹴りは入ってしまった。男は真上に吹っ飛び馬車の天井に突き刺さった。
「シンシア様ご無事ですか!あっ……」
「見ての通り怪我一つないわ。ただこの邪魔なオブジェは少し不快だけれども」
「屋敷で改めて検査しましょう。とりあえずこの者は街の騎士に引き渡しましょう」
「私も一緒に行きます。この者が何の意図あって私を襲撃したのか気になりますから。先生と一緒なら大丈夫でしょう?」
「そうは参りません。十年も前ならいざ知らず、今の私はただの老いぼれにすぎません。騎士に護衛を頼みますので先に屋敷へとお戻りください。詳細は後で知らせますのでご勘弁ください」
「……わかりました。トリム先生を困らすのは良くありませんね。では先に戻っています」
私は異変に駆け付けた騎士に簡単な事情説明の後、屋敷まで護衛してもらった。あれだけ遠いと思っていた屋敷があっさりと着いてしまったことに拍子抜けしながらも、折角の帰宅が慌ただしいものになってしまい私の気分は大分下がってしまった。しかしこのとき私は、これが始まりであることを知らなかった。
騎士を連れて帰宅した私を待っていたのは、一瞬驚いた母マリアと笑顔を崩さない父バルトであった。
「おかえり、シンシア。久しぶりのシンシアから話を色々聞きたいところだけど、その前に何があったかを聞かなければならないようだね」
「その話はトリム先生が来てからでもよろしいでしょうか。今トリム先生がその事について色々してくださっているので」
「構わないよ。さぁ久しぶりの我が家だ。中にお入り。あぁ君は護衛をありがとう。もう帰って構わないよ」
騎士は緊張した面持ちで、しかし綺麗な騎士の礼をして街へと戻っていった。
久しぶりの屋敷では使用人が総出で迎えてくれた。そこで、私は修行によって習得した気配を読む力とより敏感になった五感で見てしまった。使用人の大多数が動揺しているのだ。入るまではそんなことがなかったのにどうしてだろうと思っていると、兄であるアランが下りてきた。兄は下りてきて私を見て絶句していた。
「えっ……。お前シンシアだよな?」
「はい、お兄様。シンシアが帰って参りました」
私は兄に対しドレスの裾を軽く摘み淑女の礼をした。すると、ますます困惑したような顔になってしまった。
「本当にシンシアなのか?影武者とかじゃなくて?」
「本物のシンシアですわ、お兄様」
「ではなぜ、そんな綺麗な身体でいられる!お爺様の訓練は地獄すら生ぬるいという話ではなかったのか!?」
「それもう……。まぁ話は奥でしませんか?こんなところで話をしていたら風邪をひいてしまいますわ」
「あ、あぁそうだな」
「それなら少し早いが食事の支度をさせよう。五年もの話が簡単に終わるわけがないからね。こういうのは早めに終わらせてしまおう」
父が使用人に食事の準備をするように指示を出し、その場を解散させた。私は五年ぶりに自室へと戻った。久しぶりの自室は五年前と全く変わらなかった。
「それもそうか。今は私は貴族で、部屋も使用人が掃除してくれるものね」
懐かしさに触れ、思い出を見つけると止まっていた思考が動き出す。
「これは五年前、私が目覚めてからお母様がくれたネックレスね。確か悪い事から守ってくれる護り石を加工したって言ってたっけ。こっちは私が7歳の誕生日にくれた指輪。これは……8歳の誕生日にくれた髪留め……ってあれ?なんで私転生してくる前のことを知っているの?」
訓練の日々で思考する暇など無かった脳が回り始める。
「普通生まれ直したのじゃなくてキャラクターに憑依する形で転生したのなら記憶は思い出じゃなくて、知識として保存されるはずよ。なんで私はこの世界の思い出を持っているの!」
私は頭を抱えて蹲る。自分が見ていたラノベやアニメでは少なくともそうであったし、二つの人生を思い出として持つなら赤子に転生するとか、新しい人生で始めないとおかしいではないか!自分が自分ではなくなってしまったような感じがし目の前が遠くなり、踏みしめている絨毯でさえ現実感をなくし呆然としてしまった。
「お嬢様、お食事の準備が整いました」
ノックの音と共に使用人が食事に呼びにきた。私は現実感がないまま立ち上がった。
「今行きますわ」
訓練の賜物か染み付いた貴族のプライドか分からないが私の体を自動で動かした。
使用人に連れられている間にどうにか落ち着いた私はさっきまでの考えを一度置いておき、私はすでに着席していた家族に遅れた事を謝罪し席に着く。
「申し訳ございませんお父様、お母様、お兄様」
「構わないよ。シンシアも疲れているようだし食事は軽めのものにした」
「ありがとうございます」
「今宵も食事がとれる事に感謝して、祈りを」
4人は目を瞑り黙祷を捧げ、その後食事を始めた。ロサード家の家訓には「民に感謝を」というものがある。日々食事が出来るのは民のおかげであるとし、その感謝を忘れない為に食事前には祈りを捧げる事となっている。
食事はいたって質素である。貴族といえど毎日豪華絢爛な食事などは食べる事は出来ない。民に寄り添うことを第一に考えるロサード家は特に庶民と大差ない食事をとるのであった。
「ところで、エルライ様はまだ帰っては来ないのだな」
「トリム先生は賊の取り調べを終えたらとの事ですので時間がかかっているのかと思われます」
「そうか、まぁ何にせよシンシア、お前が無事帰ってきてくれて良かったよ」
「お爺様のところでも居心地は良かったのですが、ここでこうして4人揃って食事をすると帰ってきた実感が感じられます」
「そうだな。食事が終わったら向こうでの生活を聞かせて欲しいのだが……、それは明日にしよう」
「何故ですか?」
「あなた、ひどい顔色しているわ。よっぽど疲れたのね。食事を終えたら部屋で休みなさい」
「お母様ま
「とりあえず何かやるのは明日からだ。いいね」
「……はいお父様、お母様」
私は食事を終えたらすぐに部屋まで連れて行かれ、あれよあれよという間に寝間着に着替えさせられ、ベッドに寝かされた。トリム先生の報告や自分の体験談など色々話したいことがあったのだが、思った以上に疲弊していたのか、色々と想いを馳せる前に眠りについてしまった。
読んで頂いた皆様ありがとうございます。そして3ヶ月以上も投稿せず申し訳ありません。慣れない生活や体調不良など様々な理由により投稿出来ませんでした……。
これからも定期的な投稿はできないかも知れませんが読んで頂けることを励みに頑張りたいと思うますのでよろしくお願いします。
それと初めて感想を頂きました!ありがとうございました!