第6話 お爺様と私
お爺様は驚いていたが、私の顔を見るとすぐに真剣な顔に戻った。
「わしに鍛えてほしい、か。なぜだ。わしの噂は聞いておろう。なぜわしの指導がいるのだ?」
「えぇっと、その……」
(ま、間違えた……。鍛えてほしいじゃなくて、鍛え方を聞くだけだったのに……)
「なんだ。はっきりしろ!」
「は、はい!」
私のはっきりしない答えにお爺様は苛立ったような声をした。それを聞くだけですくみ上りそうになったが、意を決し答えようとする。
「私はっ……」
そこで私は気付いた。ここには私の密かな願いをばらしそうな者が一人いる。途中で回答を止めた私をお爺様は訝し気に見るが、私は家族にばれたら余計に騎士になるという願いが遠くなってしまうため、私は庇ったお兄様の方に顔を向けた。するとお兄様は、涎を垂らし白目を向いていた。
「お、お兄様!大丈夫ですか」
「アランはわしの威圧だけで気絶しおった。わしに企みごとをする、もしくは加担させたいならもう少し上手くやるべきだったな」
お爺様はそういって鼻を鳴らしたが、私は人がそんな風になるところなどほとんど見たことがなく、急いで部屋の外に待機しているメイドを呼びお兄様を私室へと運ばせた。私も看病しようとメイドについていこうとするとお爺様に呼び止められた。
「なんですかお爺様。私はお兄様の看病に……」
「アランはお前を図ろうとしておったのだぞ。そんな兄放っておけばよいではないか」
お爺様の言葉はもっともなことだった。私を突き飛ばしたり、いわれのない暴言を吐かれたりととんでもないことをする兄だ。しかし私は迷いはしなかった。
「そんなのでも私の唯一の兄ですもの。手がかかり、すこし自己顕示欲が高いやっかいな兄ですけどね」
そして扉の前でお爺様に向き直りドレスの裾を軽く持ち上げ一礼した後、私はお兄様の部屋まで走っていった。
私が部屋に着くとお兄様はベッドに横になっていた。彼専属のメイドが慌てていない様子から大事はないと分かった。私はベッドの脇に座りお兄様の顔を眺める。
「……」
(こんなに小さくて、あどけない寝顔をするお兄様。私にできた初めての兄。きっともっと愛情が欲しい時期なんだろうな)
「………」
(でも、なんで私まで危害を加えるのだろうか。反抗期っていうなら、普通親に矛先が向くものでしょ。でも親の前じゃ演技なしでニコニコしてるし、不機嫌な時は不機嫌そうな顔をしてる。親には普通なのになんでなんだろ……)
「……」
(まいっか。考えても人の考えることは分かんないし)
気が付いたら私はお兄様の髪をなでていたようだった。起きていないお兄様の頭を存分に堪能した後、私は自分の部屋に戻ろうと思いメイドにそう伝えると。赤い顔で慌てて隣にいたお兄様専属のメイドに一言言い私と共に部屋から出た。
その後しばらく、メイドたちの私を見る目が少し熱っぽいものになった。
夕食後、私はお爺様の部屋に向かっていた。お兄様の部屋から出た時、部屋の前で待機していたお爺様の護衛が「夕食後ノラン様の部屋まで来るようにと言伝を任されました」と私に耳打ちしたのだった。
(やっぱり鍛えてもらう理由を言えってことだよね……。あの時は覚悟を決めたから言えそうだったけど、やっぱり後になると言いたくなくなるよね……)
心臓が飛び出しそうな程緊張しながら私はお爺様の部屋へと向かった。前世から比べるとずっと固い靴が廊下を叩きリズムを刻む。その音が自分を攻め立てているようで嫌になり、ゆっくり歩くと道程が長くなり帰りたくなってくる。
そうこうしているうちにお爺様の部屋の前まで着いてしまった。最低三回は深呼吸をしようと決意した瞬間扉が勝手に開いた。びっくりして息を飲んだが、逆に落ち着いてきた。扉を開けたのはお爺様の護衛の一人だったようだ。真正面に座るお爺様はゆったりと座り柔和な顔をしていた。
「失礼します、お爺様」
「うむ、ここに呼んだ理由はわかるな?」
「はい、答え損ねた理由を話すためです」
「よろしい。では理由を聞かせてくれるかね?」
私は一瞬間を置いたが、その後すぐに話し始めた。
「はい。私がお爺様に鍛えて欲しい理由は真剣に騎士になりたいと思ったからです」
思ったよりも簡単に噛む事も詰まることもなく、滑らかに言葉が出てきた。当然自分は公爵家の長女としての働き、つまりより適切な家に嫁ぎ国家の歯車として貴族社会を回していく事を強要される筈だ。私は上手く嘘をつくなどと言う事が出来ない。それは身内なら尚更で、これで貴族を望まれたら私の小さな夢は終わる。私は目を伏せ、お爺様からの叱責を待った。
しかし、やって来たのは祖父の大きなごつごつとした手だった。私の頭をぼさぼさに、それでいて労わるように撫でた。どの位かされるがままになっていると、お爺様が優しい表情で話し始めた。
「お前がどれだけ悩んだのかは想像も付かない。ただ昔から空っぽだの虚だの、謂れの無い事を言われてきたお前がずっと腹に抱えていたものを吐かずに我慢してきた事だけは分かる。その一因がわしにある事も」
お爺様は私の頭から手を離し、椅子に座り直した。
「わしは貴族である誇りを、責任を、義務を忘れてはいけないと事あるごとに言ってきた。勿論これからもそれは違えるつもりは無いが、それが重荷なってしまったのも事実。わしはお前の望む事をさせてやろうと思う」
「お爺様…… 」
「お前が騎士になりたいと言うのであれば、それに見合う力をつけてやる。わしの全てを使ってな」
「ならば私はお願いがもう一つあります」
「なんだ?」
「お兄様に辛く当たる理由を聞かせて欲しいのです」
お爺様は驚いた顔をして私を見つめた。私は何故それほど驚かれたのか分からず小首を傾げた。
「お前、いや、あれ程の事をされていて……」
「お兄様の私への対応はきっと認めて欲しいのですよ。だってお兄様といっても、まだ子供なのですから」
お爺様の顔がより驚いた、というか目が飛び出しそうなほど目を見開いた。そして険しい顔に変え、思案顔になり、百面相をした後溜息をついた。
「そうだな。確かにあれは子供だ。わしも息子等もお前を可愛がりすぎたかもしれん。だが、あのいじめは度が過ぎている」
「えっと……兄弟喧嘩ならそんなものではないでしょうか?」
「ん?」
「ん?」
私達は互いに頭に疑問符を付けて固まった。
「お前が笑わなくなったのはアランが原因ではないのか?」
「いえ、元々ですが…… 」
「…… 」
お爺様は黙り込んだ。私は何となく察したが何も言わなかった。
「……。分かった。お前の騎士になる訓練とアランの対応を変える事、両方なんとかしよう。わしも大人気なかったな」
「お爺様……。ありがとうございます」
「うむ。遅いからお前はもう部屋へ戻りなさい」
そうしてお爺様とのお話は終わった。お爺様は次の日、お父様とお話して私が騎士になる事などを出来るように取り付けた。お父様は寂しそうな顔をしていたが、「やはり大英雄の孫か……」と苦笑した。お兄様は私が進んでお爺様の訓練を受けようとしている事に面白くなかったようだが、お爺様のひと睨みで静かになった。こうして、私が騎士となる生活が始まりを告げようとしていた。
キャンプやらなんやらが入って執筆が滞ってしまいました……
読んで頂きありがとうございます。