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第九話 センテンスシンセサイザー

大手出版社に勤める栃川のもとに、原稿を持ち込んだ人物とは……

 大手出版社に勤める栃川とちかわは、知り合いからどうしても会ってやって欲しいと頼まれ、応接室で初老の男と向かい合っていた。

 男は和服姿だったが、生地きじ色褪いろあせ、すそり切れている。そんなみすぼらしい外見とは裏腹うらはらに、昂然こうぜんと顔を上げ、値踏ねぶみするように栃川を見た。

 男はフンと鼻で笑うと、持参していた風呂敷包ふろしきづつみを開き、中から取り出した分厚いA4サイズの封筒をテーブルの中央に置いた。原稿のようである。

 戸惑とまどった栃川が改めて自己紹介すると、男は黙ったまま名刺を差し出した。そこには『茶川賞作家 飯野守男』とあった。

 名刺をそっと原稿の横に置くと、栃川は首を振った。

「残念ですが、当社では自費出版は取りあつかっておりません」

 飯野が気色けしきばんだ。

「バカなことを言うんじゃない! 名刺を良く見たまえ。わしは茶川賞作家だ。素人じゃあるまいし、自費出版なんぞ、するわけがなかろう!」

「いずれにせよ、持ち込み原稿はお断りしています」

 高飛車たかびしゃだった飯野の表情に、あせりの色が浮かんだ。

「つれないことを言わず、とにかく一遍いっぺん読んでみてくれ。わしの二十年ぶりの新作だ。こんな傑作けっさく、野にもれさせてはしいと、あんたも思うはずだ」

「そういうことではないんです。これは規則なので」

「そんな規則などクソくらえ、だ。ええい、あんたじゃ話にならん。編集長を呼べ!」

「すみませんが、当社にはそういう役職はありません」

「どういうことだ。ここは出版社じゃないのか?」

 栃川は肩をすくめてみせた。

「失礼ですが、現在の出版界のことをあまりご存知ないようですね。平成の頃とは違うんですよ。今、紙の本というのは、新規にられることなど滅多めったにありません」

「そんなバカな。昨日も本屋をブラブラしたが、たなは全部埋まっていたぞ」

「ああ、現在本屋に並んでいるのは、ほとんど復刻版ふっこくばんですよ」

「どいうことだ?」

「まあ、簡単に言えば、新刊本は、もう商売として成り立たないのです」

「そんなに本が売れないのか?」

「いえ、復刻版など過去の名作は、今でも一定数売れていますよ。もちろん、新刊で出る本もなくはないのですが、ほとんどは昔から続いているシリーズものです。しかし、問題は、その購入者がほぼ高齢者である、ということです」

「そんなことはないだろう」

「いいえ、そうなのです。高齢者は冒険を好みません。名前も知らないような作家の本など、最初から手に取らないのです」

「だったら、若者が読むだろう。あんたは知らんだろうが、わしはかつて青春のカリスマと呼ばれておったのだぞ。この新作も、若さゆえの苦悩くのうがテーマで」

 栃川は苦笑した。

「そういうのは、今時の若者には流行はやらないんですよ。何の能力もない若者が、何の努力もせずに大成功を収めて、ハッピーエンド。そういうストーリーでなければ、誰も読みません」

「ウソだ。そんなもの、本屋のどこにも売ってなかったぞ」

 栃川は指をパチンと鳴らした。

「そうなんです! かつては書店の一角いっかくを占めていた、その手の本は消えてしまった。何故なぜだと思います?」

 飯野は少し自信なげに答えた。

「そりゃ、その、売れないからだろう」

「正解です」

「そうなのか。いや、そうだろうとも」

 飯野は、少しは溜飲りゅういんが下がった、という顔をした。

「ああ、勘違かんちがいされては困ります。売れないのは人気がないからじゃありませんよ。先ほども申し上げたとおり、人気は抜群ばつぐんです」

「それなら売れるはずじゃないか」

「まあ、お聞きください。以前からそういう小説はネットで公開されていました。その中から人気作が出れば、出版されるという流れもあったのです。しかし、今はそれ以上のレベルの作品が、ネットでいくらでも読めるのです。しかも、全部無料です」

「無料? それじゃ、もうからんだろう。あ、いや、正当な報酬ほうしゅうが得られないだろう」

「そうです、儲かりません。まあ、中には、ちゃっかり掲載広告料をかせぐ人もいますが、ほとんどはボランティアです。しかも、作品はメチャメチャたくさん公開されています。去年の統計では、一億作を超えたそうです」

「い、一億? 日本だけで?」

「もちろんです。今後さらに増える見込みです。これでは、わざわざお金を出してその手の本を買う人などいませんよ」

「そんなに素人作家が多いのか?」

「これまた去年の統計では、全国で三百万人ぐらいいます。しかも、みんなプロ並みに上手じょうずですよ」

「あり得ん」

「まあ、半ばは、センテンスシンセサイザーのおかげでしょう」

「何だ、それは?」

「コンピューターに小説を書かせるという試みは、かなり以前から行われていました。しかし、人生経験も価値観もないコンピューターには、面白いストーリーなど作れません。そこで、テーマやキャラクターや基本的なプロットなどを人間が設定し、好みの文体を指定すれば、自動的に小説を書く機械が開発されました。それが、センテンスシンセサイザーです。これさえ使えば、どんな長編でもパパパッと書き上がります。後は、それをネットに載せるだけです」

「どうせそんなもの、どれも似たり寄ったりの作品だろう」

「そのとおりです。そして、それがウケるのです。いえ、そうでなければ、ウケないのです」

「バカバカしい。わしの傑作を世に出してくれさえすれば、そんな駄作ださくには負けんのに」

「残念ですが、万が一、その原稿をなんとか出版にこぎつけ、書店に並べたとしても、読まれなければしょうがありませんよ。誰もいない森で、木が一本倒れました。さて、音はしたでしょうか?」

「ううー、したとも!」

 栃川は、笑顔で首を振った。

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