表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第七話 新人賞なんか怖くない

新人賞に応募する青島を批判した空野だったが……

節操せっそうがないな」

 約束した喫茶店におくれて来て、最初の一言ひとことがこれである。

 青島はコーヒーカップを持つ手をめ、ムッとした表情で空野の顔を見返した。

「え、なんだよ。ぼくが新人賞に応募したことがそんなに悪いことか?」

 背広スーツの上着をいで自分もコーヒーを注文すると、空野は肩をすくめて見せた。

「悪いなんて言ってないだろ。節操がない、と言ったはずだ」

 気持ちを静めるようにコーヒーを一口飲んで、青島はうでを組んだ。

「ぼくのどこが節操がないんだよ」

 苦笑しながら、空野も腕を組んだ。

「おれたちの現状は、いわばネット作家だろ。今までどおりネットで公開すればいいじゃないか。それなりに読者も付いてるし、今さら紙媒体かみばいたいたよる必要なんかないさ。それとも、大手出版社の権威けんいすがって、夢の印税生活とやらを目指すのか?」

 青島は残りのコーヒーを一気に飲みし、カップを置いた。

「そういうことじゃないんだ。ぼくも二年ぐらいやってみて、ネットの反応のはやさにはおどろいている。作品をアップしたら、早ければ数分後にはレスが来る。でもさ、アクティブな読者は未だに二ケタだ。しかも、ほとんどが無料公開作品の読者で、電子出版してる有料の作品の読者はもっと少ないんだ。そりゃ、空野みたいなサラリーマンなら、それでもいいだろう。だけど、ぼくみたいな」

 だが、空野は組んでいた腕をほどき、片手を振って青島の言葉を止めた。

「言っちゃ悪いが、おまえが二十八にもなってフリーターなのはおれの責任じゃない。そのわり、おまえには自由に使える時間がくさるほどあるだろう。おれは毎日のように残業して働いて、クタクタになった体にムチ打って原稿を書いてるんだぞ。それは何故だと思う。生活の安定を確保して、これからもずっと創作を続け、いつかはプロになりたいからさ。まあ、おまえの考えるようなプロとは違うがな。とにかく、おれが片手間かたてまの趣味でやってるような言い方はやめてくれ」

 キツイことを言われたのに、逆に青島は身を乗り出した。

「だからだよ。プロを目指すからこそ、新人賞をねらうんじゃないか。賞さえれれば、グンと知名度が上がる。今は一年に数冊しか売れていないぼくの電子書籍だって、もっと売れるようになるだろう。万が一、出版社の目にまって印刷物として出版されるようなことになれば」

 再び、空野が片手を振った。

「そんなの幻想だよ。おまえだって今の出版事情を知ってるだろう。よっぽど大きな賞でも獲らない限り、本になんかにしてくれっこない。元が取れないからな。おれがプロと言ってるのは、専業の作家って意味じゃない。有料配信してもちゃんと読んでもらえるレベルの作品を、コンスタントに出せればそれでいいじゃないか。これからの時代、一握ひとにぎりの流行作家以外、それしか生き残る道はないよ。二極化だな。おれはひたすらネットに書き続けるよ。何かのキッカケで読者が爆発的に増える可能性だってゼロじゃない。有名人にリツイートされるとかな。そうとも。すべてはネットから始まって、ネットで完結する。まあ、結果的に出版物になるなら、それも悪くはないがね」

 青島は不満そうに口をとがらせた。

「そっちこそ幻想じゃないか。ネット配信された電子書籍からリアルな本になることの方が、奇跡きせきに近いよ」

 何か反論しようとしたところでスマホが鳴った為、空野は人差し指を立ててくちびるに当てて見せると、電話に出た。

「はい、空野です。ええ、本人ですよ。はい、『おれは冒険の旅なんか行かないぜ』の作者です。えっ、マジ、あ、いや、本当ですか。もちろん、出版をお願いしたいです。え、ハードカバーですか。あ、ありがとうございます。はあ、全国の書店に。わかりました。詳細しょうさいはお会いして、ですね。はい、はい。それでは」

 電話を切った後も呆然ぼうぜんとしている空野を、うたがわしそうに見ていた青島が、我慢がまんしきれずにいた。

「おい、どうしたんだ。もしかして、本が出るのか?」

 空野は耳まで真っ赤になった。

「あ、うん、まあな。おれが去年出した電子書籍をハードカバーで出版したいらしい」

 青島はちょっとうらやましそうに、空野の肩をたたいた。

「奇跡って、あるんだな。おめでとう。これで空野もリアル作家の仲間入りだな」

 しかし、空野の赤かった顔が、急速に青ざめてきた。

「ああ、しまった。うっかりオーケーしちまったが、出版費用として、最低でも三百万円かかるそうだ。ど、どうしよう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ