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第六話 情景描写してみた

放課後の教室で……

 ぼくのショートショートを読んだ池尻くんが、「これって、コントの台本か?」と聞くので、ぼくのプライドは少々傷ついた。

「コントじゃないよ、小説だよ。まあ、超短いバージョンだけどさ」

 池尻くんはこまったような笑顔になった。

「言っちゃ悪いけど、これは違うと思うぜ。だって、セリフ以外、人物の喜怒哀楽きどあいらくか、ちょっとした動きしか書いてないじゃないか。これじゃ、ト書きだよ」

 ぼくはほほふくらませた。

「いいんだよ。ごちゃごちゃ書くと、読む人の想像する余地よちがなくなるからね」

 池尻くんの笑顔が、苦笑に近いものに変わった。

「想像の余地というか、ほぼ真っ白だな。せめて、もう少し情景を描写した方がいいと思うぜ」

「情景って、具体的に何だよ。言ってみろよ」

 かなりキツく言い返したのに、池尻くんは怒らずに真顔になって考えている。

「そうだなあ。例えば、今のおれたちの状況でもいいや。言葉で描写してみなよ。作家を目指してるなら、それぐらい簡単だろ?」

 シャクだけど、そこまで言われたんじゃ引き下がれない。

「いいとも。ええと、まず、ぼくと池尻くんは高校の同級生。ぼくは文芸部で、池尻くんは陸上部」

 池尻くんが笑顔に戻って、片手を上げた。

「ちょっと待てよ」

「何だよ」

「それは描写じゃないな。説明してるだけだ。もっと、目に見えているままを言えよ」

「わかってるさ。ええと、今は放課後で、教室にはぼくと池尻くんしかいない。うんうん、わかってるって。ここまでは説明さ。これから描写するよ。校庭側の窓から、部活で残ってる生徒たちのけ声や、吹奏楽部の練習する変なメロディなんかが聞こえてくる。あ、そうか、音じゃなくて目に見えるものか。うーん、そうだな。教室は普通の大きさで、前の方に普通に黒板があって」

 池尻くんが手を横に振った。

「ダメダメ。普通って何だよ。逆に、普通じゃないって何だよ」

「ふん。わかったよ」

 ぼくは必死で目をらし、黒板を見つめた。

「えーっと、黒板はかなりきたない。誰かが雑巾ぞうきんいたあとが残ってる。本当は、黒板ってらしちゃダメなんだ」

「ほら、また説明になってるぜ」

「あ、そうか。うーん、チョークは白が四本と、短くなった赤が一本。新品の青が一本。黒板消しが一個」

 池尻くんがニヤリと笑った。

「さあ、全部したら何個でしょう、って言いたくなるぜ。そうじゃないだろ。いくら黒板を描写したって、何も伝わらない。大事なものはほかにあるんじゃないのか」

 ぼくはくちびるんだ。

「これからが本番だよ。うーん。とにかく、放課後の教室にぼくたちはいる。さっきまで夕焼けが差し込んでたけど、もう日がしずんだみたいだ。ぼくは制服を着て自分の席に座ってる。池尻くんは部活用のランニングウエアを着て、横の机の上に座ってる」

「ぶつ切りだな」

「いいんだよ。こういう文体が今の流行はやりなんだ。ええと、池尻くんのランニングウエアは上がタンクトップで、下が短パン。短距離の選手らしい筋肉質な体をしてる。髪は極端に短い。もちろん、日に焼けて真っ黒な顔だ。逆に、歯はすごく白い。唇の上にうっすら産毛うぶげみたいなヒゲが生えてる。目はくりっと大きくて、意外にまつ毛が長い」

 池尻くんは少し頬を赤らめ、また、手を振った。

「よせよ。恥ずかしいじゃないか。おれはいいから、もっと大事なものを描写しろよ」

 池尻くんより大事なものなんかないよ、と続きを書こうとして、ぼくはノートから目を上げた。教室には、他に誰もいない。

 ぼくはノートを閉じ、立ち上がって窓際まどぎわに行った。ちょうど、薄暗うすぐらくなったグラウンドを全力疾走しっそうする池尻くんが見えた。

 ぼくは、小さくため息をついた。

 ぼくには情景描写はムズイ。それに、いくら流行りゅうこうでも、BLは無理だ。

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