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第一話 小説を書くということは

久しぶりに同窓会に出席した星野は、趣味を聞かれて……

 星野が同窓会に出席するのは、社会人になって今回が初めてだった。土日が休めない職業にいたため、転職でもしない限り参加は無理だろうと半ばあきらめていたのだが、奇跡的に休みがもらえたのだ。

 知らされた居酒屋に行ってみると、同級生たちのあまりの変わりように、一瞬、会場を間違えたのかと思った。当然だが、それは向こうも同じだった。

「おお、星野じゃないか!」

 比較的仲の良かった岩尾が気付いてくれなかったら、『おまえ誰だっけ?』という空気のまま、お開きまで過ごすところだった。

「久しぶりだな、岩尾」

「久しぶりどころじゃないぞ。卒業以来じゃねえか。まあ、とにかく元気そうで何よりだ。とりあえず、ここに座れよ。何を飲む? ビールか? 酎ハイか?」

「あ、いや、酒はやめたんだ」

「えーっ、なんでだよ。医者に止められたか?」

「まあ、いろいろあって」

「ふーん、それじゃ仕方ねえな。ウーロン茶でいいか?」

「ああ」

 岩尾が店のスタッフに頼み、自分の煙草に火を付けようとして、ふと、星野に尋ねた。

「おまえも、吸うんだったよな」

「いや、煙草もやめたんだ」

「ええー、なんだよー、健康優良児かよー」

 煙草をしまおうとする岩尾を、逆に星野が止めた。

「いいんだ。やめたのはもう随分前だから、となりでいくら吸われたって気にならない。思う存分ぞんぶん吸ってくれ」

 岩尾が苦笑した。

「そんなこと言われて、はい、そうですか、って吸えるかよ。後でいいさ。それより、どうしたんだ、そんなに健康を気づかって。本当に大丈夫なのか?」

 今度は星野が苦笑する番だった。

「いやいや、そうじゃないんだ。まあ、趣味のために節制せっせいしてる、ってとこかな」

「何だ? 釣りか? ゴルフか?」

「うーん、人に言えるほどのものじゃないけど、小説を書いてるんだよ」

 岩尾がニヤリと笑った。

「いやー、人は見かけによらないもんだなー。そんな真面目な顔して、このー、スケベ野郎!」

 まわりの視線が一気に集まったため、星野があわてて手を振った。

「ちょ、ちょっと、待ってくれ。何を勘違かんちがいしてるのか知らないが、ぼくが書いているのは、そういうのじゃないよ」

「へえ、失楽しつらくなんとかみたいのかと思ったよ。でも、そうじゃない小説ってあんのか?」

「そりゃ、いくらでもあるさ。推理小説とか、歴史小説とか。まあ、一部そういうシーンがあったりするけど、全部が全部ってことはない。特に、ぼくが書いてるのはSFだからね。あ、Fだよ、F!」

 再び岩尾が苦笑した。

「知ってるさ、それぐらい。あれだろ、今度映画が来る、スターなんとかみたいのだろ」

「うん、まあ、あんなにスケールのでっかい話じゃないけど」

「おまえには悪いけど、おれはああいう絵空事えそらごとは好きじゃないなー。地に足が着いてない、って感じでさ」

「いや、実際、そういう人は多いよ。ぼくは好きで書いてるだけで、それを好きな人が読んでくれればいいと思ってる」

「おれだって、別に、おまえの好みを否定しやしないさ。だが、それと禁酒禁煙に関係あんのか?」

「一応、日中は仕事してるからね。疲れて帰ってきて、酒なんか飲んじゃったら、バタンキューさ。それと、なかなかアイデアが出なくてイライラして、どんどん吸う本数が増えたから、煙草もキッパリやめたんだ」

「へー、そいつはご愁傷しゅうしょうさまだな。しかし、そこまで入れ込んで、ちっとは売れたのか。おまえの本なんか、本屋で見たことねえぞ」

 星野の顔が真っ赤になった。

「とてもとても、まだそんなレベルじゃないよ。ぼくがうんと金持ちなら、金にモノを言わせて自費出版するっていう手もあるだろうけどね。とにかく地道にコツコツ書いて、いいのが書けたら新人賞にでも応募するつもりさ」

「ふーん、そうなのか。しかし、おまえ平凡なサラリーマンだろう。小説になるようなドラマチックな体験なんかあるのか?」

「いや、もちろん、大した体験なんかないし、あったとしても、それをそのまま書いたんじゃ、ノンフィクションとかエッセイとかになってしまう。これは、ぼくだけの考えかもしれないけど、小説というのは想像力の芸術だと思うんだ。だから、今じゃない時代の、ここじゃない場所で、自分じゃない誰かになりきって書く、それが面白いんだよ」

 だが、岩尾はとっくに興味をなくしていたらしく、あくびをみ殺して立ち上がった。

「悪いけど、ちょっと煙草吸ってくるよ」

「ああ」

 小説を書くということは、孤独にえるということだなと思い、星野はため息をついた。

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