005◆トンネル内で追いかけっこ(1)
「ったく、なんでよりにもよってこんなのが……!」
「こっちにくるなでござるううううう!!」
山中にある広いトンネルの中、俺とドライは走っていた。
緑色のぬるぬるとした触手を、うねうねと動かすナメクジ状の大型モンスターに追われながら。
何故こんな状況になったのか。俺が不用心だったのか、ドライの注意喚起が足りなかったのか……まぁどちらに非があるかと問われれば、俺の方に九分九厘あるだろう。
事の発端は――すこし前に遡る。
「それでは一旦ここらへんで長時間休憩をとるでござるよ」
最初のトロッコに乗ってから数時間が経った頃、ちょうど何個めかのトロッコを乗り継ぎ終わった時にドライがそう提案した。
俺とドライはただ乗ってるだけでむしろ体を休める事ができたが、トロッコを漕ぎっぱなしだったドライの部下たちはすっかりヘトヘトになってしまっていた。
「すぐ近くに水源や休憩できる場所があるでござるよ~。一本道故に迷う事は無いと思うでござるが、しっかり拙者に着いてきて欲しいでござる。」
「わかった」
念のために前方を警戒しながらわんこ組が先頭を歩く。それこそ犬並の嗅覚や聴覚を利用し、進む彼等の邪魔にならぬよう、俺は彼等の後を黙って着いていった。
黙々とただ歩く。その単調な刺激が原因だった……いや、正確にはトロッコに乗ってるあたりでも感じていた事なのだが……。
(やばい……すごくおしっこしたい……)
ノエルがケーキを食べている間に、飲み過ぎてしまった紅茶によって俺は空前絶後の尿意を感じていた。意気揚々と魔王城を飛び出したのも不味かった。あの時に少しでも済ませておけば……っ!
(いやいや、後悔しても仕方ない。わんこ組は集中してて声かけにくいし、一本道なら追いつけるだろうし、バレないうちにこっそり端っこの方で済ますか……)
俺はそんな事を考えて、ほんの少しの間わんこ組から離れる事にした。
そして不運にも事件は俺が用を足そうとした時に起こった。
こみ上がる尿意のせいで注意力が散漫していた俺の足元に、周囲の岩とは違う赤色の石とそれを中心とした謎の魔法陣が浮き出ていた。
魔法陣が次第に大きく広がると同時に、地面からぬめりけのある緑色の触手が這い出てきていた。
「な、なんだこれ……」
普段の自分なら少なからずこの時点で何かしらの対処がとれただろう。だが尿をだしかけていた俺は身動きがとれず、魔法陣が浮かぶ地面から次々と這い出てくる触手を注意深く観察することしかできなかった。
「ウィル殿~マーキングしたくなる気持ちは拙者もよく分かるでござるが、声もかけずに勝手に離れられるのは……って、ああぁぁぁぁ!!」
「お、おうドライ。済まないが暫く俺の方は見ないでくれ。……というか何だこの触手は?」
考えてみれば嗅覚や聴覚に優れたドライなら、こちらが離れて変な事をしていたらすぐに気づいて当然である。やはり一声かけておくべきだったか……。
だが今はそれよりも触手を見て大声をあげた事が気になる。
「お、遅かったでござるか……これは侵入者捕獲用のトラップ。ぬるぬる触手のナメクジ君でござる! 早く逃げるでござるよ!!」
どうやら俺は用を足しながら侵入者用のトラップを作動させてしまったらしい。なんでよりにもよってこんなタイミングで……とんだ災難である。
「いや、逃げるたってまだ出してる途中だし……。っておい待て引っ張るな!」
「な、なんでこの非常時にまだマーキングを続けているでござるか!? ってああああぁぁ拙者にウィル殿のがかかったでござるううううぅぅ!! ウィル殿にマーキングされたでござるううううううううぅぅぅぅ!?」
引っ張られた拍子に、俺の体から出続ける生命の神秘がドライにかかる。とんだ災難は俺なんかよりドライの方である
「……いや、うん。本当にすまん。犬のマーキングと違って少量だけチビチビ出すとか、俺にはそんな器用な真似できない。それにそんな事したら膀胱炎とかになりそうだし……」
まさかのタイミングでカルチャーショックが発生し、ドライにかわいそうな事をしてしまった。
これに関しては本当にすまない事をしてしまったと思っている。今まで冒険者なんて荒事に長けた生き方をしてきたので、悪人相手とはいえ色々と酷い事をしてしまった事はあったが、今以上に他人に酷い事をした事はない。自分史上でもブッチギリの悪行である。
「うぅ……もうお嫁にいけないでござる……ってそんなことよりも早く逃げないとマズイでござる!」
「あぁ、うん。俺の方もやっと収まったよ……。あの触手ってそんなにヤバイのか?」
事を終えてスッキリした俺はズボンをきちんと穿きなおし、触手の数を増やしながら肥大化するモンスターを見る。
「……殺傷能力は無いでござるが、捕まったが最後自力脱出は困難でござる……。召還するにも人手が必要でござるから、万が一捕まったら相当足止めされてしまうでござる……」
「なるほど……そいつは厄介だな。」
暫く成長を続けていた触手だったが、巨大なナメクジの形状から無数の触手を生やす。といったおぞましい姿になったところで成長が止まり、俺達に向かって動き始めた。
こうして俺達と巨大なナメクジ触手との追いかけっこが始まった。