004◆一方その頃騎士達は
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魔族領域と人族領域の堺となる山々を越えた翼竜達が、休息のために森の中の開けた場所へ降り立った。
「ふむ、なんとか日が暮れる前に山越えが済んだか。お前達、今日はここで野営をするぞ」
先頭にいた翼竜から老齢の騎士が降り、3人の若い騎士達がそれに続く。
日が沈みかけた空は赤く、地面には長い影ができている。
「やれやれ……まーた野宿か。早く王都に帰ってゆっくり休んで遊びたいぜ」
「そうボヤくなよ。僕達は魔王を討伐したんだ、英雄として今後一生遊んで暮らせるだろう。野宿なんて今回限りだろうし我慢我慢」
辟易とした表情で文句を言うヘクターを、アーヴィンがなだめる。
2人とも端整な顔立ちをしていて、宮廷の女中や町娘から人気のある騎士だが、騎士道精神など全く持ち合わせていない人間だとヒューゴは知っていた。
「いやーそれにしても惜しい事をしたな。あの子達は殺すにしても、もう少し楽しんでからにしたかったぜ」
「上物揃いだったからね~。冒険者なんかにしとくのは勿体ないくらいに」
下卑た笑みを浮かべる2人。おそらく勇者の仲間である女性達の事を思い出しているのだろう。
「特にパメラさんが良かったなぁ……肉付きが良くて揉みごたえがあったぜあれは」
「僕は断然エメリナちゃん。小さくて可愛かったから」
「お前はほんと小さい子が好きだな~。このロリコンめ!」
「お互い趣味が違う方が取り合いにならなくていいだろう?」
「はは、確かにその通りだな」
民を守るはずの騎士がするとは思えない、虫唾の走る話を嬉々とした表情で話す2人。この手の輩は心底軽蔑するし、いっそこの場で斬り捨ててしまいたいという衝動にも駆られる。
必要以上に関わりを持ちたくなかったが、聞くに堪えない話を長々とされて、つい口を挟んでしまう。
「……騎士ともあろう者が、女子を辱めようなどとは嘆かわしい」
「す、すみませんヒューゴ伯。いやー俺らまだ若いじゃないですか? 死と隣り合わせの旅で本能的に子孫残さないと的な発想になっちゃいまして」
「そうですそうです。それにヒューゴ伯に止められてから、ちゃんとすぐに始末しましたし……。まだ魔物がいるかもしれないところでやる事では無かったですね」
思わず嘆息してしまう。こんな奴らに王国の未来を託さねばならないかと思うと、先が思いやられる
「な、なぁウィリアム。お前だってあの子達良いなって思わなかったか?」
「そうだそうだ。お前が一番痛めつけていたし、案外そういう趣向でもあるんじゃないか?」
自分達だけが責められてバツが悪くなったのだろう。ヘクターとアーヴィンは黙々と野営の準備をする無骨な男に声をかけた。
「……私が魔法で相手をしていた女は、前衛であの中でもかなりタフだったからな。万が一のために備えただけだ」
「そ、そうか……」
「それに私は……」
思わずぞっとしてしまった。
ウィリアムが今までの無表情から一変し、先ほどの2人以上に醜悪な笑みを浮かべたからだ。
「ジーナ王女以外の女性には興味が無い」
ジーナ王女。セシリア王国の第一王女で、優しく聡明で美しい女性だ。現在王家には男子がいないため、ジーナ王女と結ばれた者が新たな国王候補となる。そして今回の魔王討伐の功績により、おそらく今ここにいる3人の誰かが婿となると思われる。
「あ、安心しろよ! 俺もアーヴィンもジーナ王女と結ばれようなんて考えてないぜ! な、なぁ? アーヴィン?」
「そ、そうだね! ただ、あれだ。僕達はいわば秘密を共有する同士……ウィリアムが国王になったら、その時はよろしく頼むよ?」
「あぁ、わかっているさ。国王の座など別に興味は無いが、国王になった際には望むものをできる限り与えよう。君達のおかげで私の恋路を邪魔する者も始末できたしな。……あぁ、待っていてくれジーナ。私が今から迎えに行くよ……」
ウィリアムの雰囲気に気圧された2人は、どうやらウィリアムに玉座を譲る気らしい。まぁ元々この2人はある程度の地位と名声を得て、自由に暮らせればそれで良かったのだろう。
ジーナ王女には本当に申し訳無い事をしてしまったと思う。
よりによってこんな危ない男が将来の伴侶になってしまうのだから。そして何より想い人である勇者を殺めてしまったのだから……。
ご本人が公言した訳では無いが、ジーナ王女が勇者を好いているというのは国中の人間が察している事である。唯一知らない者がいるとしたら、好意を寄せられていた勇者自身くらいのものだろう。
「お前達、浮かれて話をするのも程々にしておけ。この事は公に知られる訳にはいかぬ。王国についてからは決して口外するな。国王への報告もホセ筆頭大臣への報告も私が行う」
これ以上私に小言を言われるのが嫌だったのだろう。軽い返事をした後、ヘクターもアーヴィンも黙って野営の準備をし始めた。
我々4人の関係は、ヘクターとアーヴィンの2人組を除いては、互いの利益や思惑によって成りたっていた。
そんな我らを引き合わせ、内密に勇者一行を始末しろという命令を出したのがホセ筆頭大臣だった。おそらく彼は新しい国王も御しやすい人間であって欲しかったのだろう。現国王は政治に疎く、実務のほとんどは彼が行っている。そしてその立場を最大限に活かし、かなり私腹を肥やしている。
私自身、最初は今回の命令を受けるか悩んだ。真正面から戦って勇者一行を倒せるとは思わなかったし、何より勇者が今後のセシリア王国にとって必要な人材だと思っていたからだ。
そんな私が勇者に手を下したのは、ホセに返しきれない恩がある事と、馴染みの占術師が勇者がいずれ王国に魔を呼び込むと占ったからだ。
だがその結果、ここにいる3人が将来の王国をしょって立つのだとすると、私は取り返しのつかない失敗をしてしまったのかもしれない。
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