003◆セシリア王国へ
「本当にこの道が近道なのか? 北に真っすぐ行った方が早いと思うのだが」
森の中、俺は前方を駆けるドライに声をかけた。今現在、俺達は王国へ向かっているのだが、俺が最初に魔王城へ来た道程と比べて、だいぶ西にずれたところにいる気がする。
ちなみにここまでの道中、ドライは自慢の聴覚で進行方向の出来事を正確に教えてくれた。最初は色々と疑ってしまったが、能力に関しては申し分ないようだ。
「ウィル殿達はたしか山を越えて行軍し、こちらまで来たのでござったな。人族側には知られておりませぬが、実は山中を繋ぐトンネルがあるのでござるよ」
「そんなものがあったのか……」
「それに今山を越えようとなると、凱旋中の王国軍と鉢合わせる可能性が高いでござる。ウィル殿の生存を知られてはならぬとの事なので、この道が最善という訳でござるな」
魔王とは8人で戦ったが、別動隊として他にも多くの部隊が来ていた。確かに今山に入るとそれらと出くわす可能性がある。
「……奴らは翼竜で先を行ったそうだが、そのトンネルを使うとどの程度で王国に着けるんだ?」
「騎士達が王国に着いてから、2日か3日遅れでこっちも着けると思うでござる」
「それは早いな」
歩いて山を越えるのだけで6日はかかったが、おそらく翼竜なら1日で山を越えれるだろう。それを数日程度の差で追いつけるというのは、かなりの時間短縮だ。
「トンネルの中にはトロッコがあるでござるよ。山を抜けるだけなら拙者達も1日でいけると思うでござるが、山を抜けてから王国に着くまでの道中で翼竜に差をつけられるでござるな」
「なるほどな」
そんな話をしているとやがて木々が無くなり、目の前に岩でできた天然の絶壁が姿を現した。
「ウィル殿、こっちでござる」
「え、ちょ、待て。引っ張るな。というかそっちは壁……って、あれ?」
本来ぶつかるはずであった岩壁を、俺達の体はすり抜けた。
抜けた先にはかなり大きく開けた坑道があり、よく見るとトロッコやレールが複数あった。
「驚いた……幻覚の魔法か」
「そうでござる。王国側の出口も同様に、かもふらーじゅされているでござる!」
えへん! と僅かに膨らんでいる胸を張るドライ。確かにこれならバレる事はそうそう無さそうだった。
「さぁ、さっそくトロッコに乗り込むでござるよ」
「わかった……ところでこれはどうやったら動くんだ?」
とりあえずトロッコに乗り込んでみたものの、動かし方が分からないので聞いてみた。
「運転手を呼ぶでござる。ちょっと待つでござるよ~」
そういってドライが指笛を鳴らすと、視界の外から小さな人影? が近づいてくる。
「「たいちょー! およびで!?」」
ドライと同様の黒装束を着た、コボルトが2匹やってきた。
ドライを隊長と呼んでいる事からおそらくは部下なのだろう。傍から見るとペットの犬と、忍者ごっこをして遊んでいる女の子にしか見えないけれど。
「セシリア王国に行くでござる! 運転を頼むでござるよ!」
「「りょーかい!」」
コボルトがトロッコに飛び乗ると、内部の点検を始める。それと同時にドライも乗り込み、何故か俺の足の上に座ってきた。
「……隣とか後ろとか空いてるのに何故わざわざ俺の上に座るんだ」
「拙者、お尻が弱いでござる! だからウィル殿には、くっしょん代わりになって頂きたいでござる!」
「そ、そうか……まぁ別にいいけど」
コボルト達が出っ張った棒を交互に引くと、トロッコが動きだす。
トロッコが徐々にスピードを上げていくと、風を切る爽快感を味わう事ができた。
「うっひゃー! 気持ち良いでござるー! もっと風を感じるでござるよー!」
ドライは被っていた頭巾を捲り、気持ちよさそうに風を受ける。
あらわになった頭部には、大きな犬のたれ耳がついていた。
「……ドライは獣人族だったのか」
並外れた聴覚や嗅覚をしている事に対して得心がいった。獣人族なら動物並の感覚を持っていても不思議ではない。
「拙者はハイコボルトという獣魔族でござるよ! まぁ見た目は犬系の獣人族さん方と大差ないでござるし、具体的に何が違うのか拙者もよく知らぬでござるが……」
魔族の獣魔族と亜人族の獣人族、何をもってしてこの二つを分けているのかは定かではない。よく似た外見をしているし元を辿れば同じものなのかもしれない。
「……なるほどな。それで部下がコボルトなのか」
「そうでござるよ~! ちなみに拙者の姉上達が、シノビ組第1、第2部隊の隊長をやっているのでござるが、そちらもコボルトの皆がたくさんいるでござるよ!」
そんな事を楽しそうに語るドライ。だが暫くしてから少し物悲しい顔になり、虚空を見つめる。
「コボルト種は獣魔族……魔族全体から見ても弱いの種でござる。かつて奴隷扱いされていた同胞達に、居場所を与えてくれたノエル様には感謝してもしきれないでござる……」
「……ノエルは、お前から見てどんな奴なんだ?」
なんとなくあの魔王らしからぬ魔王が、部下からどう思われているのか気になった。
ノエルの事を聞かれたドライは、先ほどまでの表情から一転して明るくなる。
「ノエル様は素晴らしい主君でござるよ! 弱い種族を庇護下に置き、皆が平和に暮らせるように尽力してくれているでござる!」
「俺が小さい頃から伝え聞かされていた魔王像とは随分違うな……。暴虐の限りを尽くした魔王は一度は王国の領土も制圧して、その牙は北にある帝国まで迫っていたと聞いたが」
実際に話をしてみたり、こうやって部下からの印象を聞く限り、伝承の魔王とはまるで別人のようだ。
「拙者も生まれる前の事なので詳しくは知らないでござるが、人族の領土に侵攻していた時期もあったらしいでござるな」
「……そうなのか」
暴虐の魔王と優しい君主、どちらがノエルの本性なのだろうか?
それとも暴君から今の姿に変わったのだろうか? それなら何が切っ掛けでそこまで真逆の性格になったのか……そんな事が少し気になった。
気になったといえば……。
「ドライは今、歳はいくつなんだ?」
外見や言動から少女のように思えるが、妙に大人びたところもあるドライの年齢が気になった。
「拙者の歳でござるか? 拙者は今年で24歳になったでござる!」
……マジかよ。このチビっ子、俺より年上なのか……。
確かに魔族の外見と年齢は、人族と比べてまるで違う事が多いと聞くが……。
「ウィル殿はおいくつなのでござるか?」
「お、俺か……。俺は18だ」
「ほ、本当でござるか……? 拙者よりだいぶ体が大きい故てっきり年上だと思ったでござる……」
どうやらドライも同じ感想だったらしい。
「そうでござるな……。それなら特別に拙者の事を姐さんと呼んでも良いでござるよ!?」
「謹んでお断り申し上げます」
ドライは目を輝かせ、嬉しそうに耳をパタパタと揺り動かして提案するが、丁重にお断りした。
自分の足の上に座る小さい子を姐さん呼びするのはちょっと……。
「そ、そうでござるか……」
俺に断られると、今度はしゅんと耳がうなだれる。
犬によく似たその反応に、不覚にも可愛いと思ってしまったがその事は黙っておこう……。