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001◆勇者は蘇る

 ――きろ……しゃ。

 誰かの声が聞こえる。女性の、綺麗な澄んだ声だ。


 ――起きろ、勇者。

 あぁ、そういえば俺は死んだんだっけ。だとするとこの声の主は、天使かそれとも女神か……。姿を確認しようと思い、閉じられていた瞼を開いた。


 美しい女性が心配そうに、俺の顔を覗き込むようにして見ていた。

 長く鮮やかな赤髪に気怠げな金色の瞳を持つ女性だ。どこか少し儚げだが、優しい表情をしている。彼女が着ているゆったりとした黒いドレスは露出度が高く、肩や臍、大きな胸の谷間がチラリと見える。


 この世のものとは思えない美しさの彼女だが、天使や女神といった類のものでは無いことはすぐに察した。何故なら彼女の頭に高位魔族を象徴する、大きな巻き角が対になって生えていたからだ。


「起きたか、勇者」

「君はいったい……俺は死んだはずじゃ……」


 女性の存在を認識してから、辺りを見渡すと瓦礫が散らばる魔王城の跡地にいる事が分かった。女性は俺が起きたのを確認すると、優しそうな表情を更にほっとしたようにほころばせてから、急に凛々しい顔つきになった。

 いや、意識が朦朧とした俺が幻覚を見ていただけで、彼女は最初からそういう表情をしていたのかもしれない。


「我は魔王ノエル。お前は確かに死んでいたが我が蘇生した」

「魔王は俺が倒したはずだが……」

「残念だが我は不死身だ。お前に頼みたい事があり、分体を使い倒れたフリをした」


 分体……あぁ、どうりで見た目が全然違う訳だ。

 俺達が戦っていた魔王は、最初は年老いた魔族の魔術師、途中からは変身して筋骨隆々の大男……といった風体だった。目の前にいる美女とは似ても似つかない。

 だが、相対したからこそ分かる。今の姿が本来の姿で、先ほど戦っていた時よりも遥かに強い力を秘めているという事が。


「悪いがお前の頼みを聞くつもりはない。早く殺せ」


 目を閉じる。どういうつもりか知らないが、魔王の言いなりになるつもりなど俺には毛頭無かった。魔王の頼みなんてどうせ碌でもない事に決まっている。

 そう、例えば俺に王国を襲わせるとか……。そんな事になってまた仲間が人質にとられたりしたら、たまったものでは無い。俺はどうせ死んだんだ、皆が無事でさえいてくれたらそれでいい。


「当然の反応だな。だがまぁ最後まで話を聞け。お前にとっても、これは悪い話では無いはずだ……。なにせ殺された仲間達を蘇らせ、騎士共に復讐するチャンスを与えてやるのだからな」

「……え? 仲間達を蘇らせ……?」

「……勇者よ、お前は随分と真っすぐに生きてきたようだな。奴らが素直に約束を守ると信じていたとは。……そろそろ体も動かせるだろう。ついてこい、仲間に会わせてやる」


 魔王は俺の頭を地面に優しく置くと、立ち上がり歩き始めた。今まであまり意識してなかったが、どうやら俺は魔王の膝の上で寝かされていたようだ。


 俺はなんとか立ち上がり、ふらつきながらも魔王を追う。

 最初に見た内観と比べ、随分と荒れてしまっているが、魔王が戦場だった玉座の間に向かっているのが分かった。


 たどり着いた玉座の間で俺が見たものは――血の海に横たわる仲間達の姿だった。


「……ッ!! パメラ! エメリナ! アニー!」


 俺はすぐさま仲間の元へかけよる。皆一様に装備や服がボロボロになってしまっているが、不思議な事に目立った外傷はなく目を閉じている。その姿はまるで疲れ果てて眠っているようだった。

 ただ眠っているだけならどんなに良かったか……。誰1人として息をしていない。


「いつでも蘇生できるよう、傷を治し腐敗は止めている。ちなみに我が傷を治す前は中々にむごたらしい様子であったぞ」

「……なんだよ……なんなんだよこれは! いったいどういう事なんだよ!!」


 思わず叫んだ俺は、魔王をにらみつける。なんでみんなが死んでいるんだ……。


「……お前が老騎士に殺された後の事を話そう。お前の仲間の1人は泣き叫び、1人は怒り狂い、1人は意識を失った。そして抵抗できぬよう若い騎士3人によって痛めつけられた。その後2人の騎士から辱めを受ける直前に老騎士がそれを制止し、一思いに止めをさして騎士達は王国に帰還していった」


 魔王は一息にそこまで話す。だが俺は仲間の死を目の当たりにしたショックで、その話の半分も聞けてなかったと思う。それでも今までかつてない程の、ドス黒い感情が湧きあがるには十分だった。


「まぁ敵であった我の話を信じるか、人質をとりお前達を殺した奴らのどちらを信じるかはお前の自由だ。……だがどうだ? 少しは我の頼みについて聞く気になったのではないか?」

「……本当に、皆を生き返らせる事ができるのか?」


 あまりの怒りで逆に冷静になった俺は、魔王が先ほど言っていた言葉を思い出す。


「お前を蘇らせる事ができたのだ。他の者にできないという道理は無いだろう? ……まぁこれも信じるかどうかはお前の自由だが」


 確かに、俺自身が今こうして生きているのが何よりの証拠か……。


「自然の摂理を捻じ曲げる死者の蘇生……。もちろん何かしらの代償があるんだよな?」


 蘇生とは神による奇跡の現象――。一般的にそう言われている。

 そして外法の類で行われるものは不完全なもので、術者か被術者に何かしらの犠牲がつきまとうとも言われている。


「そうだな、代償はある。生き返った時点で肉体の成長が止まり、老死する事が無くなる。……よって普通の人間として生きていく事は今後できなくなるだろうな。これについては今のお前に対しても言える事だが」

「そうか……他には無いのか?」

「無い。不老不死の是非については様々な意見があるが、まぁそんな悪いものでは無いとだけ言っておこう。不死身ではないから死にたくなれば自害するという手段もあるしな」


 ……流石は魔王といったところか。この話が本当なら、神による蘇生となんら遜色は無かった。不老不死も神の加護と言えなくも無い。


「……あいつらへの復讐もしていいんだな?」


 怒りや憎しみの感情が、先ほどからずっと自分の中に渦巻いている。

 約束を守らずに皆を痛めつけて殺した事、必ず後悔させてやる。あいつらにも同じ苦しみを味わわせない限り、この怒りが消える事は無いだろう。


「あぁ、もちろんだ。……だが全員を()るのは少し待て。機が訪れるまでお前には姿を隠してもらう必要がある」

「……わかった。だいたいどれくらい待てばいい?」


 横たわる仲間達の姿を見る。

 本当なら今すぐにでも騎士共を皆殺しにしてやりたいところだが、皆が復活するかどうかが魔王次第な以上、自分の我を通す訳にはいかなかった。


「聞き分けが良くて助かる。……下準備自体はおおよそ終わっている。後はお前次第と言ったところだな」

「俺次第? どういうことだ?」

「お前の事はある程度調べたつもりだが、作戦を細部まで詰めるにはもっとお前について知る必要がある。……そういうことだ」


 この魔王をどこまで信用して良いかはわからない。だが他に皆を蘇らせる手段が無い以上、取るべき道は一つだ。


「……わかった。お前の頼みを聞こう」

「そうか。ならば……」


 魔王が俺に近寄る。ふわりとした良い匂いが鼻孔をくすぐる。

 そして魔王は少し笑みを浮かべてから、目を閉じるといきなり俺の唇を奪った。


「……ッ!?」


 ほんの一瞬、触れるだけのキス。魔王の美しい顔はすぐに離れた。


「これで契約完了だ。……よろしく頼むぞ、我が同士」

「……そ、それで俺は何をすればいいんだ?」


 思わぬ不意打ちをくらった俺は、魔王から目を背け動揺をごまかすように質問した。


「そうだな。細かい説明は後回しで、我の頼みについて端的に言うと……」


 魔王がじっと俺を見据える。


「お前には、お前達が冒険者として活動していた国――セシリア王国の新たな国王になってもらいたい」


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