000◆プロローグ
魔族領域の森の中、俺は3人の仲間と一緒に野営を行っていた。
「……ふあぁ……ご飯食べたら眠くなった……」
仲間の1人、エメリナがあくびをしながら呟く。外見や言動こそ幼さを感じさせる銀髪の少女だが、いざ戦闘になれば数々の魔法を操る立派な魔術師だ。
「もう、エメリナってばまたご飯残して……勿体ない。ご飯の前にお菓子食べちゃダメっていつも言ってるのに」
「うー……だって保存食は美味しくない。……残ったの、パメラが食べて良いよ」
「まったく、しょうがないんだからぁ……」
エメリナにお説教をしているのが、もう1人の仲間のパメラだ。金髪のプリーストで、彼女の回復魔法が俺達の生命線である。
歳の離れた姉妹……下手をしたら親子にも見える程、対照的な体型をしているエメリナとパメラだが、ここにいる仲間は俺を含め皆同い年だ。
「こうして勿体ない病のパメラが、余りものを食べた結果どんどん胸とお尻にお肉がついて、好き嫌いしてお菓子ばっか食べるエメリナは幼児体型のままと」
「「うぅっ」」
気にしている事を指摘されたエメリナとパメラは、その場で固まってしまった。
2人に手痛い口撃を浴びせたのが、仲間の最後の1人であるアニーだ。黒髪の拳闘士で俺と一緒に前衛で戦う彼女は、口撃だけでなく攻撃も一流だ。
ちなみにアニーは2人のちょうど中間、同年代と比べても平均的な体型をしている。
「まぁそれにウィルだって色んなタイプの女の子に囲まれた方が嬉しいんじゃないかな? そうだろうウィル?」
「あぁ、そうだな。皆それぞれ秀でた力を持ってるから凄く頼もしいよ」
単純な戦闘能力もだが、敵地で普段通りに振舞える精神的な強さが何よりも頼もしかった。彼女達とは同郷の幼馴染で小さい頃からずっと一緒にいるが、本気で動揺したり慌てたり我を見失うといった姿は、全くと言っていいほど見た事が無かった。
「ボクはそういう事を聞いたつもりは無いんだけどなぁ……」
「まったく……ほんとうにウィルってば……」
「……朴念仁」
あれ……? おかしいな……。俺は皆の事を褒めたのに、何故だか非難するような眼差しを感じるぞ。
「勇者殿、今少しよろしいですかな?」
俺が無言の圧力に押し潰されそうになっていたところに、1人の老齢の騎士と3人の若い騎士が現れた。
「だ、大丈夫ですよ。どうかしましたかヒューゴさん」
「斥候が戻ってきたので、明日の事について改めて話をしておこうかと……。お取込み中でしたらまた後ほど来ますが?」
「いやほんと全然大丈夫です! 是非今お願いします!」
この重苦しい空気を今すぐに変えてもらうために、俺は老騎士――ヒューゴさんに話の続きを促した。
「まず斥候からの情報ですが、ここより南にいったところに城を発見したようです。今まで得た情報に間違いがなければ、そこが魔王の居城で間違いないかと。それと相変わらず敵の姿がまったく見えません。何か罠の可能性もありますが、この機を逃す手は無いかと」
魔族領域に入ってからというものの、不自然なまでに順調に行軍できていた。確かに何かしらの罠の可能性もあるが、どちらにせよ先に進むしかないだろう。
「次に魔王との戦闘についてですが、事前にお伝えしましたが勇者殿ご一行は普段通り動いて頂ければ大丈夫です。それに私と後ろの3人が加勢し、他の兵達には外で陽動や退路の確保等を行わせます。」
ヒューゴがそう言うと後ろにいた3人の若い騎士が軽く会釈をする。
「ヘクターとアーヴィンの2人には後衛の守りを、ウィリアムには魔法での後方支援、そして私は前衛で戦わせて頂きます」
「パメラさんの事はこのヘクターがお守りしましょう。どうぞご安心下さい」
「エメリナちゃんの事は僕が守ってあげるからね~」
端正な顔立ちをした2人の騎士がにこやかに笑う。少々軽薄なところはあるが、防御に関してはこの2人に任せて問題ないであろう。
「……お前達、私は余計な事は喋らず黙ってついてこいと言ったはずだが?」
「「も、申し訳ございませんヒューゴ伯!」」
ヒューゴに睨まれ恐縮する2人。歳が近い事や身内によく怒られる事など、なんとなくこの2人には親近感を覚える。
「あはは、構いませんよ。これから一緒に戦うんですし仲良くしましょう。……ウィリアムもよろしく頼む。君の魔法、頼りにさせてもらうよ」
「……あぁ」
先ほどから黙っている無骨な男、ウィリアムに声をかけたが返ってきたのは愛想のない返事だった。単にそういう性格なのか、知らない間に俺が何か嫌われるような事をしてしまったのか……。この男を理解するにはきっと時間が必要なのだろう。
「それでは我々はそろそろ戻ります。周辺の警戒などは兵士達が行いますので、皆さんは明日のために英気を養って下さい」
その後もいくつかの事を再度確認しあい、ヒューゴさん達は去っていった
順当にいけば明日はついに魔王との決戦だ。お言葉に甘えて今日はゆっくり体を休めるとしよう。
◇ ◇ ◇
夜。勇者達に割り当てられたテントの中。
寝袋にくるまり、4人仲良く並んで眠る勇者一行。
そんな彼らの様子を、水晶玉を通して我は見聞きしていた。
「ねぇ、みんな起きてる……?」
金髪の少女――パメラが少し不安そうな声で問いかける。
「……ん、起きてる。……どしたの?」
「ボクも起きてるよ。……ウィルは相変わらずぐっすり眠ってるみたいだね」
起きていた2人の少女、エメリナとアニーが問いかけに応じる。どうやら我の可愛い勇者は眠っているらしい。
「私達、魔王に勝てるかな……」
パメラも自分達の実力に自信をもっているだろうが、それでも相手は魔王と称される存在……不安になるのは仕方がない事だ。
だが安心するといい、魔王がお前達を殺す事は無い。もっとも魔王が殺されるというのもありえない事だが……。
「……無理そうなら、逃げればいい」
「え、えぇっ」
エメリナの言葉が意外だったのか、パメラが素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ボクもエメリナの意見に賛成だよ。報酬が貰えなくなるのは残念だけどね」
「い、いいのかなぁ……それ」
アニーも同調するが、それでもまだ困惑するパメラ。
我も2人の意見に賛成だ。勝てない相手からは逃げるべきだと思うぞ?
「死んだら元も子もないからね。仮に魔王から逃げて王国から追い出されるような事になったとしても、もともと今回の仕事が終わったら皆で諸国を漫遊する予定だったし、路銀が減る事以外は何も問題ないよ」
「……私達、4人一緒なら……どこででもやってける」
「……そっか。そうだよね。皆生きて一緒にいればなんとかなるよね」
仲間の頼もしい言葉に、パメラはやっと安堵した表情を見せる。
なんとも美しい友情だと素直に思う。我もいつかこの輪に混ざりたいものだ……。
「……どうしても不安なら……思い残す事が無いよう、ウィルの寝込み襲う……?」
「し、しないよ! そんなこと!」
エメリナのとんでも発言に顔を赤くして否定するパメラ。1番幼い容姿をしているのに、なかなか凄い事を言う娘だと我は思わず関心してしまった。
「でもさーそれくらい直接的な事しないと、ウィルとの関係って絶対進展しないとボクは思うな」
「う、うぅ……。確かに……。す、する時は皆一緒にしようね!?」
「……わかってる。……抜け駆けは禁止」
……ふむ。そういう感じになっているのか。3人には悪いが我は抜け駆けさせてもらおう。お前達が生まれる前から我はずっと待っていたのだ……許せ。
その後も他愛ないガールズトークが暫く続いたが、次第に会話が寝息に変わり始めた。
そこでふと勇者達を映す水晶玉の外側、自身の寝室の扉が開き明かりが僅かに入り込んでいることに気づく。
「ノエル様、まだ起きていらしたのですね。明日は勇者達を来るのですから、早くお休みになられた方がよろしいのでは?」
「あぁ、わかっている。我もそろそろ眠ろうと思っていたところだ」
明かりを消しているせいで、声の主の表情は見えない。それでも長い付き合いだ、声の調子からして呆れ顔をしているだろうと予想がつく。
「それと住民達の避難に関してですが問題無く終わりました。念のため私も明日の朝食を作り次第確認に回りますが、勇者と交渉される頃には戻るつもりです」
「わかった。民の事、くれぐれも頼むぞオリヴィア。……おやすみ」
「お任せください。……おやすみなさいませ、ノエル様」
開いていた扉が閉まり、室内はまた暗闇に包まれる。
我は唯一の光源である水晶玉を、もう1度少しだけ眺める。
そこには穏やかな表情で眠る勇者達の姿が映し出されていた。
明日、彼らは己の運命を大きく狂わせる出来事に見舞われるだろう。我の力をもってすれば、今ならまだどうとでも対処する事はできる。
だが我は、それを止めようとはしない。勇者と、彼の仲間達と少しでも長く共に過ごしてみたい。そんな自分自身の身勝手な望みのために……。
「……これから起こる一部始終を見て見ぬフリをする我に、そんな事を願う資格は無いかもしれないがな……」
水晶玉の光が消え、完全な暗闇となった室内で一人呟く。
だがそれでも……。いや、だからこそ……それから先の出来事を、最良のものと思われるように我は頑張らなくてはならない。
そう決意を固め、我は――魔王ノエルは眠りについた。
◇ ◇ ◇
夜明けと共に森を出た俺達は、何事も無く魔王の城へと辿り着いた。
禍々しさや無機質さを感じさせながらも、どこか品の良い美しい城だった。
そんな美しかったはずの城も、今では激しい戦いの影響で天井や壁に大穴が開き、辺りには瓦礫が散乱している。
天井に空いた大穴から――魔王の影響で先ほどまで暗雲に覆われていた空から、暖かい日の光がさしこむ。
それはきっと魔王を倒した証明であり、まるで魔王との戦いに勝利した俺たちを、天が祝福しているかのようだった。
長く苦しい……ギリギリの戦いだった。それでも誰1人欠ける事無く王国に帰れることに、俺は喜びを感じていた。
――なのになぜ、何故なんだ。
「や、やめてください! はなして!」
「すみませんねパメラさん。暫く大人しくしてもらいます」
癒しの力で皆を支えてくれたパメラが、ヘクターに押さえつけられている。
「……なんの、つもり?」
「ごめんねエメリナちゃん。痛い思いしたくなかったら動かないでね?」
卓越した魔法で皆を支援し続けたエメリナに、アーヴィンの剣の切っ先が向いている。
「うっ……ぅ……ぁ……」
「……そのまま眠れ」
研鑽した武術で魔王に痛手を負わせたアニーが、ウィリアムの魔法で意識を奪われていく。
「勇者殿、仲間を無事に解放して欲しくばお覚悟を」
魔王に止めをさした、俺の首に槍の矛先が突きつけられる。
魔王を倒した事で、俺達は完全に油断してしまっていた。
まさかつい先ほどまで一緒に戦っていた者達に裏切られるだなんて、夢にも思わなかった。
「ウィル! お願い逃げて!!」
「……私達の事はいいから!」
「に、げ……ろ……」
仲間達が俺に逃げるよう説得する。だけど……。
見捨てられるはずないだろ? 3人とは小さい頃からずっと一緒で、これまでたくさん冒険してきたんだ。これからだってきっと……。
「いったい何のつもりですかヒューゴさん。悪い冗談はやめて下さい」
俺は槍を持った老騎士を見据える。
「……冗談ではありませぬ。我々の判断で勇者殿にはここで死んでいただきます」
「……ッ!」
「動かないでくだされ、勇者殿。抵抗しないでいただければ、私如きの槍でも苦しませずに済むでしょう」
目の前の男は本気だった。
「俺が抵抗しなければ、仲間達を解放すると約束してくれ」
「……わかりました。約束しましょう」
そう言ってヒューゴはゆっくりとした動作で力を溜めて、俺の首に狙いをつける。……そして意を決したのか目を大きく見開き、槍が放たれた。
迫りくる矛先。
普段であれば容易く避けられる。万が一食らっても体内の魔力を操り、決して痛手にはならない。その程度の一撃。
しかし仲間を人質にとられた俺は、何もする事ができなかった。
――仲間たちの声が聞こえる。
すまない、皆。……どうやら俺はここまでのようだ。
「勇者殿……ご免!」
首に燃えるような痛みが走る。
何も抵抗しなかった。……おそらく俺はこのまま死ぬだろう。
死を意識する事により、やっと俺に怒りという感情が芽生えた。それも単なる怒りなんてものでは無い。生まれて初めて感じる激しい憎しみだった。
――ヒューゴ、ヘクター、アーヴィン、ウィリアム……。
死に際に、騎士達の勝ち誇ったような顔が目に入る。
許さない。貴様らだけは……絶対に……!
呪詛の念を残しながら――俺は命を落とした。