Ep.6 謝罪と食事と襲撃と捜査 前編
間が空いてすみませんでした。
これだけで長くなったので、四つぐらいに分けての投稿になります。
6-1
昼休みが間もなく終わる頃、学園生たちは午後の授業の場所へと向かっていた。
真來はクエストに出ていたため、授業を受ける必要は無い。
だが、自室にいてもただただ暇であり、戦闘の練習をするにも面倒な訓練所の手続きがあるため、仕方なく授業に出ることにした。
デバイスを起動すると、真來のクラスのこの後の授業は、どうやら「魔術史」のようだ。
一度寮に戻り、昼食を済ませてから、荷物を持って寮から出る。
再度デバイスを起動し、学園の地図を開く。
やたらと生い茂った林を通り抜け、なんとか大講堂に辿り着いた。
適当な座席に座り、教授が来るのを待つ。
授業開始の鐘と同時に、魔術史の教授が入ってきた。
「授業を始める。では、まずは前回のおさらいから──」
教授が黒板に「The Monster」と大書した。この科学技術が発展した社会でも、学園は敢えて電子機器での授業を行っていない。
「よし、シンライ。こいつの名前は『物怪』だ。こいつが初めて現れた時はいつだ?」
この程度なら真來にも分かる。一般常識の一つだ。
「……第一次魔族大侵攻」
「そうだ。今から八九七年前、ロンドンで世界最初の魔族大侵攻が発生した」
教授が黒板に書かれた「The Monster」を示す。
「先程言ったように、物怪が現れたのは魔族大侵攻だ。ところが、西暦一四九〇年の第五次魔族大侵攻での出現を最後に、物怪は出現していない。聖霊が物怪を封印したからだ」
物怪は世界で最初の魔物とされている。物怪はその後、全ての魔族を生み出したという。
「魔物たちは永い時の流れの中で進化した。まずは、大気中のエーテルからの出現だ。これにより、厄介なことにエーテルより生まれ、エーテルに還るという永遠のサイクルが誕生した。二つ目は──」
教授は、「The Monster」の下に「Intellect」と記した。
「知性を身に着けたと思われる行動だ」
知性。それはつまり、魔族が進化の中で人語を解し、考えることができるということだろうか?
「これはまだ噂の段階に過ぎないがな。魔物はどうやら、知恵だけでなく、我々人類のような科学技術や魔術でさえも身に着けたらしい。魔物たちは戦略を考えて人間を襲い、戦うようになった。何よりも、魂端末を使う奴が出たという情報があるのもその証拠だ」
魂端末を扱う。これが事実なら、おそらく次の侵攻では──
「人類が敗北する可能性がある……?」
「かもしれないな。今までの侵攻では常に防戦一方。魔物たちが勝つことも十分にありうる」
誰かの呟きが、その場にいた学園生たちに、大きな不安を与えていた。
「だったら、こっちから魔物たちを攻めれば──」
また誰かが呟いたが、教授は首を横に振った。
「生憎、現在出現する魔物は全てエーテルから生まれた存在でね。魔物どもの本拠地と呼べるようなものがあるにしろ、どこにあるのか、我々人類には到底分からないだろうさ」
◇ ◇ ◇
その数十分後。真來は白夜と共に、寮への帰路に着いていた。
『どうですか、真來?うまく馴染めそうですか?」
「まだ異国の言葉には慣れないけどな。うまくやっていけそうだ」
『……真來、<精霊の天敵>についてなんですが』
「どうかしたか?」
『はい。ファルシアさんの能力とイヴさんの長剣について、聞いてもらいたいことがあります』
「分かった。理由はこっちでつけておく」
白夜にも何か考えがあるのだろう。真來は詮索はせず、寮へと向かった。
自室に戻り、学園の校則を調べる。
その中の禁止事項の欄には、『学園内での私闘は禁止しない』と記されていた。
「これなら、戦争でなくても、あいつとやれる…!」
真來の頭に思い浮かぶのは、<支配者>の姿。
俺が、必ずあいつを殺さなければ。
決意を固め、真來が拳を握り締めたそのとき、コンコンと、ドアをノックする音が部屋に響いた。
いや、ドアではない。窓だ。
真來が窓に目をやると、窓の外側に一頭の小さな白馬が浮遊していた。
体長はおそらく二五センチメートルほどしかないだろう。十中八九、精霊や召喚獣の類だ。
窓を開けると、「それ」は部屋の中へ入り、真來に頭を下げた。
「先程は、君に危害を加えてしまった。申し訳ない」
言葉を発するが、元々空中に浮遊していたのだ。真來は驚かない。
しかし、別の意味で真來は驚いていた。
馬の声は、とても渋い声──若者を諭すような、教育者の響きがある──をしていたからだ。
真來は、僅かに感じる魔力の波動がクエスト時に感じたものと同じであることを認識し、「それ」が何者であるかを特定した。
「よう。オーディーン、だったよな?イヴのおつかいか?」
「いや、私の独断だ。先程のことを詫びておきたいと思ってな」
「気にしなくていいさ。──つか、詫びを入れに来るとすれば、イヴだよな?」
あの瞬間、イヴから魔力が放出されていた。『熱の伝導』はオーディーンの意思によるものではなく、イヴの意志によるものだ。
オーディーンは小さな首を下に向け、すまなそうに言った。
「悪く思わないでやってくれ。本来は、私を強制的に支配するような娘ではないのだが」
「気が立ってたんだろ。犬でも猫でも、そういうときに手を出すと噛まれるんだよ」
「猫か。それは言い得て妙だな」
馬の表情はよく分からないが、苦笑したようだ。
「イヴは……」
言いにくそうにする。やがてオーディーンは思い切ったように、
「特異な事情があってな。時々、神経過敏になる。間違ったこともする。決して素直ではない。だが、心根は優しい、手芸が趣味の、無害な娘だ」
真來は耳を疑った。手芸?手芸ってあの……編み物とか、縫い物とか?
うわあ、似合わねぇ。
「何で、そんなことを俺に言うんだ?」
「なぜかな。ただ、君には言っておきたいと思ったのだ」
(どういう意味だ?)
「そうだ、オーディーン。聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「別に構わんよ。私は君に危害を加えてしまったからね」
真來は白夜に言われたことを、オーディーンに伝えた。
「お前の能力って何だ?あの光と、熱……炎系統の魔術か?」
オーディーンはクエストの際、イヴを閃光のように変化させる魔術を使っていたが、イヴがオーディーンを支配したときには熱の魔術を使用していた。
本来、複数の魔術は一つの器──すなわちボディに共存することはできない。これを一般的に、「魔術不活性協和の原理」という。
だが実際に、オーディーンは複数の魔術を使用した。
「ふむ……難しい質問だな。詳しくは教えられないが、簡単に言えば、『能力の複製』だ」
真來は目を丸くしたが、納得できる理屈だ。能力を複製できるのなら、魔術不活性協和の原理を簡単に越えることができる。
「次の質問だ。どうしてお前は、姿を現すことができるんだ?」
魂端末に封印された精霊及び召喚獣は、原則的に召喚されない限り、姿を現すことはできない。
「それは学園に張られた結界によるものだ。もっとも、戦争を行うときこそ召喚は必須だがな」
そう言えば、学園の敷地内で、生徒が召喚獣や精霊を引き連れているのを見かけた気がする。
真來が白夜の魂端末に軽く魔力を流すと、真來の隣に白い着物を纏った少女が出現した。
「ふむ、精霊か。魔力の流れを見る限りだと、君は『力』を司る精霊のようだな」
「えっ、どうして分かったんですか?」
言い当てられ、白夜が驚きの声を上げた。
「幾多の魔術を所有しているからな。経験というやつだ」
なるほど、と思う。しかし、真來の頭の中に、一つの疑問が浮かび上がった。
「そういえば、お前はどれくらいイヴと一緒にいるんだ?」
「イヴが生まれたときから、私はイヴと共に過ごしてきた。私は、かれこれ一五〇年はアレスターナ家と共にある」
一五〇年。それだけ長く生きていると、扱える魔術はどれほどの数になるのだろう?
そんなことを考えているうちに、オーディーンは窓枠に立った。
「今夜のところは、これで失礼する。また会おう、真來」
オーディーンが窓枠を蹴る。宙を駆けるように飛行して、小さな影は闇の中に消えていった。