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こちら、<対魔族魔法精霊学園>  作者: 海鼠なまこ
1 精霊の天敵
4/15

Ep.3 煌めく紅き翼(フレアフェニックス)前編

Ep.3以降長くなる可能性が非常に高いので、いくつかの部分に分けて投稿します。

 3-1


 その重厚そうな扉を、イヴはノックした。

「どうぞ。中に入って」

 声がかかり、部屋の中に通される。

 学園生有志の集まりとはいえ、風紀委員は学園の風紀を守る重要な組織──その働き相応にいい待遇は受けられるらしい。

 風紀委員室は、委員長が使う執務室と、風紀委員の待機場所、集会所の三部屋からなっている。

 入ってすぐの待機場所のソファに、一人の青年が座っていた。

 一見したところ、害意は感じられない。青年は微笑んでいるだけだし、魂端末(ソウルガジェット)も見当たらない。

 彼の左腕には、『Censor』と刺繍された金モールの腕章。

 右手には、戦争の参加予定者であることを示す、反転石(リバーストン)──魔力を増幅させる力を持つ魔石だ──がはめ込まれた指輪をはめている。

 成績優秀な風紀委員。疑う理由は見当たらない。

 青年は立ち上がると、人の好さそうな微笑みを浮かべ、会釈した。

「はじめまして。ミスター・クロガネ。少し、時間をくれないかな?」

「驚いたな。円卓(ラウンドテーブル)()十一人(デクリメント)の一人にして学園自治の要──風紀委員長のファルシア・ポールニアさんが直々にごあいさつとはな。序列中位の俺に何の用だ?」

「驚いたのは僕の方だよ。僕のこともとっくにご存知だったとはね」

 ファルシアはイヴに待機場所で待つよう告げ、執務室のドアを開け、真來(しんらい)を中へ招き入れた。

「ソファにどうぞ。お茶を淹れるよ」

 ぱちん、と指を鳴らす。すると、虚空からティーカップが出現し、カップに茶が注がれた。

「へぇ、うまいな。あんたの能力(ヤツ)か?」

「いや、素の力さ。念動というものは、思いのほか便利でね」

 真來は素直に驚嘆した。まさか念動だけでこれをやってのけるとは……。

 ファルシアは真來の向かいに腰を下ろし、にっこりと微笑んだ。

「まずはようこそ、と言っておくよ。僕の話に興味を持ってくれたのだと、そう理解していいんだね?」

 真來は静かに頷いた。

「興味は持った。ただ事じゃないってことは理解したからな」

「つまり、僕の作戦勝ちだね」

 冗談めかして笑う。イヤミのない綺麗な笑顔に、真來は若干げんなりした。

(ハラの読めない男だな……)

 やりづらいものを感じながら、会話の続きをうながす。

「それで?何の用だ?」

「イヴから話は聞いているはずだ。話はもう分かっただろう?<精霊の天敵(アンノウン)>と呼ばれる存在がいる中、そこへ君がやってきた。だから僕は、君に目をつけたんだ」

「なぜ、俺なんだ?」

「おや、イヴから聞かなかったかい?」

 ファルシアはぴんと指を二本立てた。

「理由は二つあるよ。ひとつは、君は<精霊の天敵>じゃないということ」

「おや、あんたは違うのか?」

「学園生も、教授も、みんな容疑者だよ。僕も含めてね。でも、君は違う。ほんの数日前、この学園を訪れたばかりだ」

「……二つ目の理由は?」

「君が十分に強いってことさ」

 煽っているわけでも、おだてているのでもない。ファルシアは真剣な口調で言った。

「敵の実力は<十一人(デクリメント)>にも匹敵すると僕は見ている。並みの使い手では返り討ちだ」

「額面通りに受け取る気はないぜ。俺は実質最下位みたいなものだからな」

「ずいぶんと自己評価が低いんだね、君は」

 ファルシアは苦笑いした。

「知ってるかい?この<対魔族要塞都市>の列車は、もし<魔族大侵攻>が起きたとしても、住民の避難ができるように万が一のときは緊急制御モードに移行する」

 記憶を掘り返した。確かにあの時、車掌は『緊急制御モードに入る』と言っていたような気がする。

「緊急制御モードに移行すると、あらゆる外部干渉を受け付けない。内部からの干渉ならともかく、ね。君がどういう手を使ったのかは知らないけれど、君はその<結界>を断ち切った。そして列車を止めた。<結界>を無力化するほどの魔力量なら、君は<十一人>に及んでいる」

 話を切り替えるためか、ファルシアはカップの紅茶を一口飲んだ。

「さて、ここまでで質問は?」

「俺にメリットがあるのか?メリットがないなら、俺はこの件は降りる」

 真來が<精霊の天敵>に勝てればよし、負けても風紀委員に損はない。結局は、ファルシアの一人勝ちだ。

「ふむ……そうだね、これなんてどうだい?」

 少し思案するような素振りを見せてから、ファルシアは提案した。

「君の戦争序列を第百位まで上げる、っていうのは?」

 真來は仰天した。

「な──!?」

「戦争はね、開催前こそ参加は無制限だけど、本選に出られるのは第百位以上の百名のみ。君の順位じゃ、君の実力がどうであれ、万に一つも勝ち目はないだろうね。それに、君くらいの順位になると、皆諦めて、戦争には参加しないんだ」

「……でも、俺が参加資格(エントリー)を得たら──」

「当然、はじき出される者が出るよ。ただし」

 ファルシアは笑顔のまま、切り捨てるように言った。

「この学園で戦争が開催されるようになってから八九七年──約九百年の歴史の中で、九九位や百位の者が<大魔導師(ウィザード)>になったためしはない。君にはじき出されたところで、大勢に影響はないさ」

 思ったよりも──いや、思ったとおり、冷徹な人間性の持ち主だ。

 それゆえに、信用できる気がする。

 案外、この話に乗るのも悪くないのでは……と考えた、そのとき。

「委員長!」

 ノックもなしに、駆け込んでくる者がいた。

 肩までの金髪が活動的な、妖精のごとき美貌を持つ碧眼の少女──イヴだ。

 こうして見ると、きらきらと周囲の空気が光って見えるほどの美少女だ。均整のとれたプロポーションに、端正な顔立ちをしている。

「そんなにあわてて君らしくもないね、イヴ。<精霊の天敵>でも出たのかい?」

「はい」

 冗談に真顔で返され、さすがのファルシアでも笑みを引っ込めた。

「科学技術棟の木立ちで『喰われた』召喚獣と、破壊された魂端末が見つかりました。昨晩、やられたようです」

 ファルシアはため息をつき、やれやれといった様子で真來を振り返った。

「何て間の悪い……いや、良すぎる、と言うべきかな?」

 肩をすくめ、膝をたたいて立ち上がる。

「行ってみよう、シンライ。食べ残しが見られるよ」


 3-2


 その姿に、最初に気付いたのはファルシアだった。

 科学技術棟に向かう細い小道。一行が無言で歩く中、ファルシアはぴくりと反応し、警戒する猫のような感じで、疑わしそうに前方を見つめた。

 木立ちの暗がりの中、学生たちが人垣をなしている。真珠色の髪の兄妹、銀の仮面をつけた男子生徒に、黒髪の東洋人──実に様々な国の生徒がいる。

「それにしても、イヴ。相変わらず、情報が早いね」

「……別におかしくはないでしょう。<精霊の天敵>は無差別犯──私だって狙われる可能性があります。他人事じゃありません」

「はは、そうだね。気を悪くしたのなら謝るよ」

 ファルシアは人垣をかき分け、イヴと並んで木立ちの奥に入っていった。

「シンライ、こっちへ」

 ファルシアが人垣の向こうから手招きをする。真來はそちらに向かって歩き出した。

 木立ちを少し入ると、『Keep Out』のロープが巡らされていた。風紀委員がその前を固め、野次馬が現場を荒らさないように見張っている。

 まるで殺人現場だな、と思いながら、真來はロープをくぐる。その感想はあながち間違いでもなさそうだ。そこに放置されていたものは──

 ほとんど、死体だった。

 真來は、思わず眉をひそめてしまった。

 人型の召喚獣は、上半身と下半身が、少し離れて転がっていた。

 断面からのぞくのは腹腔だ。人間の体内をのぞいているような気分になる。はみ出した魔力伝導管(マナ・パイプ)や擬似生体部分が、かえって本物以上の不気味さを演出していた。

 顔面は、下半分がつぶされていて、原形をとどめていない。辺りには肉片や血痕のようなものが飛び散っていて、まるで獣に喰い散らかされたようなありさまだ。

 そして、ひときわ目を惹く、奇妙な傷口。

 本来なら、霊晶(コア)のあるべき場所が、丸く抉り取られている。

 その傷痕はひどくなめらかで、まるで舐め溶かされたキャンディのようだ。

(なるほど、確かに<天敵>だな……)

 霊晶をもつもの──精霊や召喚獣を襲う、天敵。通り魔のように犯行を行う、正体不明(アンノウン)の敵。犯行の特徴を、一言で表現できている。

 真來はあごに手を当て、考え込んだ。

 これとよく似た傷痕を、先ほど見ている。

(まさか、な……)

 真來はファルシアに視線を戻し、気付いたことを確かめた。

「霊晶がないな?」

「それが敵の手口だ。必ず心臓部を──霊晶のある部分を消滅させる」

「それがイヴが言っていた『喰った』、ってことなのか?」

「それはわからない。誰も『食事』の現場を見ていないからね」

 召喚獣や精霊の自我は、霊晶が生み出す……だそうだ。霊晶さえ無事なら、エーテルと時間、(あるじ)の協力さえあれば修復することができる。自己修復するものもいるほどだ。

 しかし、逆に言えば、そこを破壊されることは、召喚獣や精霊にとって死を意味する。

「……これは誰のものなんだ?使い手──こいつの主はどうした?」

 その問いに、ファルシアではなくイヴが答えた。

「どちらも確認中です。ですが、状況から見て、犯人は鉄球使いと思われます」

 確かに、棘の生えた鉄球──いわゆるモーニングスターだ──が、召喚獣の足を圧し潰している。

 しかし、召喚獣の右腕には短剣が刺さっていた。

「いや、待て。腕に短剣が刺さっている。犯人は短剣使いじゃ──」

 そこに、ファルシアが口を挟んだ。

「待つんだ。もしかするとそれは──犯行は複数人で行われた可能性が高い」

「なあ、イヴ。おまえはどう思う──」

 イヴに声をかけようとして、どきりとする。

 イヴは唇を引き結び、肩をわななかせて虚空を睨みつけてた。

「どうしたんだ、お前」

 イヴは返事もせずにきびすを返し、どこかへ行こうとした。

 様子がおかしい。真來はその腕を掴み、引き止める。

「おい、ちょっと待てよ」

「放してください。不愉快です」

「お前、何か妙なこと考えてるだろ。闇雲に動いてもロクなことには」

「オーディーン!」

 魔力の伝導。イヴから真來に高熱が流れ込み、真來の右腕に激痛が走った。

「熱っ──!?」

 真來が身をかがめ、痛みに耐えているうちに、イヴの背中は見えなくなっていた。

「……行っちまった」

 明らかに、イヴは何かに焦っている。決して、妙な気を起こさないとも考えられない。

「彼女は冷静そうに見えて直情径行だからね。じっとしていられなくなったんだろう」

 ファルシアが取り成すように言う。

「かく言う僕も、はらわたが煮えくり返る思いさ」

 いつも通りに笑ってはいるが──その目には鋭い光があった。

「僕に力を貸してくれないか、シンライ」

 じっと真來を見つめる。いつも細められているような目が、しっかりと見開かれている。その瞳が淡いブルーだと初めて気付いた。

「他人に貸すほど力はない……が」

 真來はぽりぽりと頭をかき、そして自嘲の笑みを浮かべた。

「生憎、俺は俺の都合で参加資格が必要でね」

「それじゃ……?」

「少し、考えさせてくれ」

「もちろん。『取引先』の意向もあるだろうしね」

 見透かしたように言う。ひょっとしたら、ファルシアはもう、真來の背後に何が控えているのか、掴んでいるのかもしれない。

「今日のところはお開きにしよう。僕も僕で、仕事をしなくちゃならないからね」

 色よい返事を期待しているよ、と言って、ファルシアは現場の方へ戻っていった。学園の自治権は強力で、警察権も例外ではなく、それこそ殺人事件でも起きない限り、市警が出張ってくることはない。そのぶん、風紀委員が重責が負うのだ。

 彼らの邪魔をしても仕方がない、と思ったところで、昼休みの始まりを告げる鐘の音が響いた。

 途端に、メインストリートが賑やかになる。その人の波に流されるようにして、真來は食堂へ向かった。

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