Ep.2 適性試験
2-1
小人鬼が真來との距離を少しずつ縮め、突然、肉迫する。
小人鬼の持つナイフが真來に迫るが、真來は身を投げ出してナイフを避け、敵を観察した。
小人鬼の肌は植物の葉のように深い緑色で、原住民が身に着けるような毛皮──山中の獣を狩ったのかは定かではないが──を身に纏い、磨製石器のようなナイフを握っている。
橙色の瞳は真來を見据え、脚には力が籠められる。
その様子を見て、真來は構えを解いた。
「──キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
真來を見て神経を逆撫でされたのか、奇声とも鳴き声ともつかない声を発しながら小人鬼は再び突進する。
が、真來は棒立ちしていて、一歩たりとも動こうとしない。
危ない、という声がのどまで出かけたが、イヴは口をつぐんだ。
小人鬼の持つナイフが、真來の喉元で小刻みに震え、真來の喉を断ち切ろうとしない。
いや、ナイフが動かないのではない。小人鬼の身体が、小人鬼の思うように動かないのだ。何者かによって動きが妨害されているようだ。
自らの身体の制御が利かず、小人鬼は苦悶の表情を浮かべた。
隙だらけな小人鬼のそのどてっ腹に、真來は鋭い蹴りを入れた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」
小人鬼は数メートルも吹っ飛び、霧散した。
間髪入れず、真來は次の『獲物』を狩ると言わんばかりに突進。
一匹、また一匹と、次々と獲物を獣のように屠っていく。
途端に、真來の動きが止んだ。
様子を見ているのか、小人鬼の動きを観察したまま、攻撃の素振りを見せない。
やがて真來は魂端末に手を伸ばし、魂端末のレバーを押し込んだ。
濃密な魔力が真來の周囲を満たし、小人鬼たちは苦しそうにもがく。
そして、<ホゥリィドライヴ>のレバーを閉じる。
直後、一瞬の間もなく、残っていた小人鬼たちは全てエーテルと化して霧散した。
そう、本当に、時間の経過を感じさせないほど一瞬に、だ。
いくら多少は戦闘経験があるイヴであっても、あの攻撃を初見で避けられるかと問われると、答えは否だ。
よく見ると、真來の<ホゥリィドライヴ>のレバーは展開されている。
(あの技は一体……)
疑問が浮かぶと同時に、納得した。
委員長が彼に目をつけた理由がわかる。
彼は、底が見えない強さを秘めている。そして、得体の知れない精霊の能力も。
これなら、任せられるかもしれない。
イヴが真來のもとに歩き出そうとした直後、イヴに黒い影がかかった。
反射的に身構え、イヴは<ホゥリィドライヴ>を装着した。
「親玉……にしては、種類が違うな?」
「そうみたいですね。これは<一目人鬼>──討伐対象外です。私も手伝います」
真來たちの目には、巨大な小人鬼──もとい一目人鬼が映っていた。
ゆうに六メートルはありそうな体格。顔の中心には、人の頭四つ分はありそうな瞳が見開かれている。
イヴは腰につけたホルダーから魂端末を引き抜き、起動した。
『Odin』
すばやく魂端末を回転し、<ドライヴ>に挿す。
『Import』
イヴの頭上に白金の魔法陣が出現し、イヴの髪の一部と右目が、アメジスト色に染まった。
『Ready?』
そして、<ドライヴ>のレバーを展開した。
「召喚」
刹那、魔法陣からは山吹色の光を放つ鎧が出現し、イヴの体に装着される。
それと同時に、虚空からは長剣が現れ、イヴの右手に収まった。
「最初から全力で行くわ。オーディーン」
『心得た』
その声は、イヴの持つ長剣から聞こえた。
ややしわがれた声。その声はまさに長剣から発せられており、イヴの声に反応した。つまり、あの長剣はイヴの魂端末に封印されたもの──オーディーンだろう。
そして、すばやく一目人鬼に接近する。
真來は目を見張った。わずか数瞬で、ざっと十メートル以上は間合いを詰めている。
そして、長剣を切り払う。
すれ違いざま振り抜かれた長剣は、見事に一目人鬼の片足を切断した。
「ギュァァァオォォォォォォオオオオオァァァァッ!」
傷口から血液のようなエーテルがあふれ出し、一目人鬼は苦痛の雄たけびを上げる。
一目人鬼が前のめりに倒れたところを、真來はここぞと言わんばかりに握り締めたこぶしを一目人鬼の目に叩き込んだ。
圧倒的な物理攻撃の前に、一目人鬼は転がりながら大きく吹っ飛び、岩に頭を打って気絶した。
イヴは魂端末のレバーを押し込むと、大きく跳躍する。
「はあああああああああああああああ─────ッ!」
そして、雷電を纏ったイヴの長剣が一閃した。
その斬撃は正確に一目人鬼の霊晶のある部分を丸く消滅させると同時に霊晶を砕き、一目人鬼は断末魔を上げることなく、静かに霧散した。
実に鮮やかな剣さばき。一度手合わせしてみたいと、真來は思った。
「……これで、このあたりの魔物は一掃できたようですね。状況終了です。お疲れ様でした」
<ドライヴ>のレバーを閉じ、魂端末を引き抜いて武装を解除すると、イヴは真來に歩み寄った。
イヴはデバイスを少しいじると、デバイスを地面に向けた。
「さて、学園への報告も終わりましたし、学園に戻りましょう」
真來も同様に武装を解除するが──
地面に出現していた青白い魔法陣の光に飲み込まれ、声を発することもできずに光に埋もれた。
◇ ◇ ◇
光に支配されていた視界が、少しずつ自由を取り戻す。
辺りを確認すると、真來たちは学園の門の前に立っていた。
「さて、シンライさん。貴方は適正試験に合格しました。これから、事件の概要を説明するので、風紀委員室に案内します。ついてきてください」
そう言うと、イヴは学園の敷地内へ入っていった。真来も、従者のようにその後ろを歩く。
しばらく歩くと、白塗りの高級感のある建物に到着した。
入り口に掛けられた看板によると、この建物は『執行部・委員会棟』というそうだ。
中に入ると、吹き抜けになったロビーには巨大なシャンデリアがあった。
その豪華なロビーを通り抜け、さらに廊下の奥へと向かう。
そして、イヴたちの足はある一室の前で止まった。
ドアの横には、『Censor』と流麗な書体で書かれた札が掛けられている。